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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第五章 名前を奪う光、歪に癒着する箱庭
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解けた髪と、想定外の引力

 ――side. 折崎 美琴――


 休日の駅前広場。

 待ち合わせの十分前、私はショーウィンドウのガラスに映る自分の姿を軽く確認した。


 普段、学校ではきっちりとポニーテールに結い上げている長い髪を、今日は真っ直ぐに下ろしている。

 髪を下ろすのは久しぶりだ。校内では必要のない柔らかさが、ガラスの中にあった。


 少しだけ大人びたシルエットのコートを羽織り、私は静かに目を閉じた。


 玲茄ちゃんからの、事実上の招待状。

『箱庭が安定した今なら、彼はもっと素直に、あなたと向き合えるかもしれない』


 その言葉の裏にある意図は、痛いほど理解している。

 彼女は、今の凉ちゃんが抱える"異常性"を私に見せつけ、私をこの盤面から退場させるつもりなのだ。

 だが、私は負けない。彼らがどれほど歪に癒着していようと、私はその均衡を壊さず、同時に私自身の居場所をあの中に確保する。

 それが、生徒会長として、そしてかつての"姉"としての余裕だ。


「……お待たせ、みこねぇ」


 不意に、落ち着いた低い声が鼓膜を揺らした。

 目を開けると、すぐ目の前に凉が立っていた。


「いや、私も今来たところだ。……今日は、会長ではなくみこねぇって呼んでくれるんだな」

「……うん。今日は、学校じゃないから」


 凉ちゃんは静かに微笑んだ。

 その表情を見た瞬間、私の背筋に、微かな電流のようなものが走った。


(……なんだ、今の感覚は)


 私たちは並んで歩き出し、駅前の商業施設でウィンドウショッピングを楽しんだ。

 彼の方から私の歩幅に合わせ、自然に私を庇う位置に立つ。レストランに入れば、私の好みを先回りしてスムーズに注文を済ませた。


 昔の凉ちゃんは、もっと頼りなくて、すぐに私に泣きついてくるような可愛らしい弟分だった。

 それが今はどうだ。隣を歩いているのは、一人の自立した、圧倒的な余裕を持つ"男"だ。


 想定はしていた。彼が、あの三人を束ねる管理者として成長していることは。

 だが、隣で直に触れるその"体感"は、私の想定をはるかに超えていた。


「改めて……文化祭、お疲れ様。中里姉たちも、あの後ゆっくり休めているか?」


 食後のコーヒーを飲みながら、私はあえて三人の話題を振ってみた。

 凉ちゃんの深淵を覗くための、探り針。


「うん。茉依も、今はすごく落ち着いてるよ。俺たちの"日常"は……元通りだ」


 凉ちゃんはコーヒーカップを置き、私を真っ直ぐに見つめた。

 その瞳には、迷いがない。

 私の言葉を測る気配すら、ない。


 玲茄ちゃんが私に見せたかったのは、これか。


 だが。


「……そうか。それは、良かった」


 私はカップに口をつけ、ほんの少しだけ口角を上げた。


 怖いわけではない。

 むしろ――

 この圧倒的な支配力を持つ男に――かつて私が守ってあげていたはずの少年に、完全にリードされているという事実が、私の奥底にある何かを甘く痺れさせていた。


「なあ、凉ちゃん」

「ん?」

「午後なんだが……久しぶりに、私の家に来ないか? 少し、昔のアルバムでも見ながら話したい」


 それは、私のテリトリーへの誘い。

 彼の拒絶を覚悟した上での、ギリギリの一手だった。


 凉ちゃんは数秒、無表情のまま私を見つめ返し――やがて、小さく息を吐いた。


「……いいよ。行こうか」

「え……?」

「みこねぇの家、昔よくゲームさせてもらったよね。懐かしいな」


 彼は、一切の警戒もなく私の領域に足を踏み入れた。

 いや、違う。踏み入れたのではない。

 彼は――


 この瞬間。

 私は、ピンと張り詰めていた背筋をふっと緩め、テーブルにそっと両肘をついて、カップ越しに彼を少しだけ上目遣いに見つめた。


「……ああ。行こう、凉ちゃん」


 席を立ち、私に背を向けて歩き出した彼の大きな背中を見つめる。


 玲茄ちゃん。君の計算は、少しだけ甘かったよ。

 君の"王様"は、君たちが思っているより、ずっと欲張りだ。


 私は解けた長い髪を揺らしながら、彼の隣へと小走りで歩み寄った。

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