第二章 エピローグ
――side. 井神 凉――
夏は、いつの間にか終わりに近づいていた。
蝉の声は相変わらず騒がしいのに、肌を撫でる夕方の風からは、はっきりとあのまとわりつくような湿った重さが抜けている。
季節が、俺たちの都合などお構いなしに、次のフェーズへ進もうとしていた。
壁に掛けられたカレンダーの、マジックで埋まった予定と、これからの空白を眺めながら。
そんなことをぼんやりと考えていたときだった。
ポケットの中で、スマホが短く、ひどく事務的な震え方をした。
――母さんからのメッセージだった。
『9月の中旬に一時帰国できそうです。一週間ほど滞在するわね。約束が守られているかどうか、直接確認させてもらうから』
画面を見つめたまま、しばらく指が動かなかった。
「……そっか」
海外で離れて暮らしている家族が帰ってくる。
本来なら、手放しで喜ぶべき再会のはずだ。
けれど、文面の最後の一行が、まるで氷のような冷たい指先となって俺の胸の奥をなぞっていく。
ふと視線をキッチンへ移すと、並んだ四人分のグラスが目に入った。
色も形もバラバラな、けれど確かに一つの場所に寄り添うように積み重なっている、俺たちの愛おしい時間。
スマホの画面を伏せて机に置き、深く息を吸い込む。
窓の外では、血のように赤い、逃げ場のない夕焼けが。
俺たちのこの小さな世界をすべて飲み込むように、ゆっくりと沈んでいった。
二章の最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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