真夏の喜劇
――side. 井神 凉――
砂浜に足を踏み入れた時点で、周囲からの視線の量がはっきりと変わった。
別荘から下りてきた時とは、明らかに違う。もう、外側の空気がざわついている。
そんなことは意に介さず、俺と隆一は手早くビーチテントを設営し、陣地を確保する。
「じゃ、着替えてくるわね」
「待っててねー」
「すぐ戻ります」
「二人とも、浮き輪よろしく」
そう言って、女子四人は連れ立って更衣室の方向へ向かった。
残されたのは、俺と隆一。
視界が広く取れる場所を選んで腰を下ろす。
「……お前、めっちゃ見られてるぞ」
「……いや、見られてるのはお前のその無駄な筋肉だろ」
人も、視線も。特に、俺たちが座った周囲を遠巻きに窺っている。
もちろん、俺たちの存在も理由の一つなことは否定しないが、一番の理由は、さっきまでここに"あの四人"がいたからだ。
隆一は、手と足を器用に使い、二つの浮き輪に空気を送り込みながら、遠くを見るように砂浜を見渡している。
「……ほんと助かるよ。色々な意味で」
「おうよ」
カモメの鳴く声が、波音に混じって遠くで響いていた。
――
突如、空気が変わった。
周囲のざわめいた視線が、ある一点に吸い寄せられている。
更衣室の方から、四人が戻ってきた。
玲茄。
ところどころにチェーンがあしらわれた黒のホルターネックビキニ。非常に派手なデザインのはずなのに、彼女が着ると決して品が崩れない。その圧倒的なスタイルと相まって、凄まじい存在感を放っている。
茉依。
少し遊びのあるフリルビキニ。普段の可愛らしさとマッチした明るい色合いで、歩くたびに揺れるフリルに思わず目を奪われる。
悠希。
身体のラインがはっきりとわかるモノキニのワンピースタイプ。淡く上品なデザインが、彼女の静かな色気をそのまま映し出している。
そして白峰。
機能性を重視したタンキニだが、彼女のボーイッシュな可愛らしさを十分に引き出している。それでいて、女性らしい柔らかなラインも損なわれていない。
「めっちゃくちゃ似合ってるな」
「めちゃくちゃ似合ってるぞ」
俺と隆一は、ほとんど同時に口を開いた。
四人はそれぞれ視線を交わし、満足そうに微笑む。
「ふふっ、ありがとう」
「ありがとー」
「ありがとうございます」
「ボクも、なんか照れるね」
いつもより、少しだけ上気した暖かい温度で。
けれど、いつも通りの六人が、確かにここにいる。
――
その時だった。
「ねえねえ」
軽い声。だが、嫌味の無い、カラッとした印象。
日に焼けた二人組の男。年は、俺たちより少し上か、同じくらいだろう。
「一緒に遊ばない?」
言葉自体は、ありふれている。悪意も、過剰な下心も感じられない。
「ほら、そっち男二人で女の子四人でしょ? 俺ら二人が混ざれば、ちょうど男四人、女四人でバランスいい感じじゃん?」
なるほど。そういう計算か。
だが――
隆一が、瞬時に半歩前に出る。
威圧するような大きな動きじゃない。ただ、自然に相手の視界を遮る位置へ。
「悪い。今、満席なんだ」
隆一の低い声と同時に、俺も四人を背で庇うように、ほんの少しだけ前へ移動した。
相手の視線が、ピタリと止まる。
二人組の男は、俺たちの空気に一瞬飲まれつつも、食い下がろうと言葉を探す。
「いや、もしよかったら、でいいからさ。どう?」
この手のタイプはどう処理するか。
隆一と一瞬だけ目が合う。
方針は、決まった。
「あー、言いにくいんだけど」
隆一が頭を掻きながら、親指で俺を指し示した。
「実はさ、ここの女の子たち全員、こいつのなんだよ」
「……ああ」
俺も、瞬時にそれに乗る。
隆一の広い肩にポンと手を乗せ、二人組の男たちをねっとりと熱っぽく見つめ返した。
「でも、俺は特にこいつが一番タイプなんだ。……あんたたちも、なかなか好みだぞ。どうだ?」
二人に妖しく微笑みながら、爽やかにウインクを飛ばす。
直後、後ろから空気が漏れるような音が聞こえた。
「……ぶはっ」
「はっはっは! なんだそれ!」
二人組は一瞬ポカンとした後、耐え切れずに吹き出した。
「わかったよ、あきらめるよ! はっはっは!」
「笑いすぎて腹いてぇ……悪かったな、お前らのアツい仲を邪魔してよ!」
腹を抱えて笑いながら、二人はそのまま別の方向へ手を振って歩いていった。
――
後ろを振り向くと、四人が肩を震わせてぷるぷるしていた。
「……もう大丈夫?笑っていい?いいよね?あははははは!」
「『どうだ?』の言い方がガチすぎて、お腹いたいよー!」
「お二人は、やっぱりそういう関係だったんですね……ブフッ」
「ボクは許すよ……ひっ、ひひっ……あははは!」
全くそっちの気はない。
でも、隆一の仕上がった筋肉は素直にうらやましいと思うことはある。
思わず、じっと隆一の上半身を眺めてしまう。
「やだ……本気で狙われてる……?」
隆一が、両腕で胸を隠して本気で怯えたような仕草をとった。
それを見た四人が、また腹を抱えて笑い出す。
……こんな時間も、いいな。
眩しい水平線を見つめながら、俺は心からそう思った。
――
一連の流れを見ていた周囲の人たちは、繰り広げられた唐突な喜劇を堪能し、笑い、興味を失って離れていく。
ざわついていた空気は、再び波の音に溶けていった。
「なんか、楽しそうだな」
それくらいの無害な印象だけを残して、砂浜は、またそれぞれの時間に戻っていった。




