蒼色のプレリュード
――side. 井神 凉――
駅の改札を抜けた瞬間、世界を包む"色"が鮮やかに塗り替えられた。
アスファルトから立ち昇る陽炎。まとわりつくような、潮の匂いを含んだ湿った風。遠くから波の音に混じって聞こえてくる、断続的な歓声。
海は、音が多い。
さっきまでの空調の効いた車内の静けさが、嘘みたいに薄れていく。人の流れも、肌を刺す熱気も、明らかに俺たちの住む街のそれとは異なっていた。
「こっちだ」
隆一が指差したのは、海沿いの坂道を少し登った先だった。
観光客の流れから外れ、喧騒が背中へと遠ざかっていく。
門を開けた先にあったのは、隆一の家族が所有しているという別荘だった。
新しめではあるが、周囲の景観に馴染んだ落ち着いた佇まい。六人で数日を過ごすには、十分すぎるほどの広さと風通しの良さがある。
「一応、念のための確認だけど」
隆一がリビングに自分の荷物を下ろしながら、振り返って俺たちを見た。
「お前ら、洋室より和室だよな。……で、当然"一間"でいいんだろ?」
「もちろん」
「畳しか勝たん!」
「和室一択ですね」
三人が食い気味に即答した。
「相変わらずだね、キミたちは」
白峰が呆れたように肩をすくめながらも、どこか楽しげな笑みを浮かべる。
彼女は、年頃の男女四人が同じ部屋に固まることに何の疑問も抱かない。それがこの"グループ"のルールだと、すでに理解しているからだ。
部屋割りとも呼べない確認を終え、それぞれ指定された部屋に荷物を下ろす。
和室の窓を開けると、眩いばかりの海の青が目に飛び込んできた。
「……いい場所だな」
俺がそう呟くと、並んで外を眺めていた三人も自然に頷いた。
「隆一、ありがとうね」
「ありがとー、隆一!」
「最高の旅行ですね。ありがとうございます」
面と向かって礼を言われるのが苦手なのか、隆一は「おう」とだけ短く返し、照れ隠しのように玄関の鍵を棚へ放り投げた。
着替えと最低限の準備を済ませ、再び外へ出る。
別荘を背にして、海へ向かう下り坂。
さっきよりも、波の音が近い。鼓動を急かすように、その音は一歩進むごとに確実に大きくなっていく。
自然と、歩く陣形が決まる。
女子四人が前。少し後ろに、俺と隆一。
誰かが指揮を執ったわけではない。外の世界を歩くとき、俺たちは自然とこの配置に収束する。
「楽しみだねー、ゆき」
「うん。早く泳ぎたいです」
「やっぱり日差しが強いわね」
「玲茄のその肌、焼けるともっと濃くなるの?」
前を歩く四人の弾んだ会話が、潮風に乗って届く。
隣を歩く隆一も、前を行く白峰の姿を見守りながら、満足げに目を細めていた。
やがて坂道を曲がると、一気に視界が開けた。
白く照り返す砂浜。林立する極彩色のパラソル。
そして、圧倒的な密度の人、人、人。
「……うわ」
「すごい人……」
「想像以上ですね」
喧騒の波に気圧されたように、前を歩いていた女子たちが一瞬、立ち止まる。
その瞬間だった。
俺の隣にいた隆一が、ごく自然な足取りで前へ出ると、白峰の隣へ移動してその肩に軽く触れた。
示し合わせたわけではない。ごく自然な引力。
俺もまた、立ち止まった三人の元へと歩み寄り、その空間の中心へと収まる。
俺たちは再び歩調を合わせ、熱気を帯びた砂浜へと踏み出した。
海は騒がしい。
音も、視線も、熱も。
さっきまで別荘で感じていた静けさが、暴力的な夏に強制的に塗り替えられていく。
けれど――不思議と、胸の奥は凪いでいた。
どれだけ外が騒がしくても、手の届く範囲にいつもの体温がある。
「……楽しまないとな」
俺がそう呟くと、少し離れた場所に立つ隆一が小さく頷いた。
「ああ。そのための海だからな」
その言葉に、特別な意味はない。
でも、普段の生活では決して感じることのない高揚感が、潮騒と同じリズムで胸の奥を満たしていくのを、俺は確かに感じていた。




