1.ロヴィーサ嬢の白いドレス
夏の間に僕とロヴィーサ嬢は王城の庭を散歩した。そのときに僕はロヴィーサ嬢にお願いをしていた。
「ロヴィーサ嬢は薄紫色の服も似合うのですが、白がとても似合うと思うのです。白い夏用のドレスを作られませんか?」
「白は婚約や結婚の式典で使われます。それにどうしても汚れが目立ってしまうのです」
「白を基調としたドレスでいいですから、お願いします!」
海に行ったときにロヴィーサ嬢は白い水着を着ていた。それが僕には眩しくて美しくて、強く印象に残ったのだ。ロヴィーサ嬢には白が似合う。僕に合わせて薄紫を着てくれるのは嬉しいが、白を着たロヴィーサ嬢を見てしまった今では、僕はロヴィーサ嬢に白を着て欲しいとお願いするしかなかった。
王城の庭を散歩するときに、ロヴィーサ嬢はつば広の白い帽子を被って、白地に薄紫の花柄のドレスを着ていた。
あまりに美しくて僕は言葉を失う。
僕にはまだしたいことがあった。
ロヴィーサ嬢の前に手の平を上にして手を差し出す。するとロヴィーサ嬢が僕の手に手を重ねてくれた。
これはエルランド兄上がセシーリア嬢をエスコートするときにやっていた仕草だ。これまでは僕とロヴィーサ嬢は手を繋いでいたが、僕がロヴィーサ嬢の手を引いてエスコートする形になる。
自分の願いが叶って僕はとても満足だった。
ロヴィーサ嬢と歩く王城の庭は暑かったが、その暑さの中で健気に白薔薇が咲いている。白薔薇を見ていると、手入れをしている庭師さんがこちらを気にしている気がする。
「何かな?」
僕が声をかけると、庭師さんは頭を下げながら近寄って来た。
「白薔薇をお切りいたしましょうか? 棘も外します」
「いいのか?」
「これから国王陛下とお会いになるのでしょう? 先帝陛下も白薔薇がお好きでした」
「ありがとう。お願いする」
僕が言えば庭師さんは嬉しそうに白薔薇を切って、棘を取って花束にしてくれた。
散歩が終わると僕とロヴィーサ嬢は白薔薇の花束を持って王城の王家の人間だけが入れる私的な客間に入った。
王家の人間とその関係者しか入れない部屋は涼しく保たれていて、僕とロヴィーサ嬢が入ると薔薇の香りが部屋に満ちる。
「白薔薇を持って来てくれたのか、エド」
「庭師さんが切ってくれました。父上とエリアス兄上とエルランド兄上にお見せしようと思って」
「綺麗な薔薇だな、エド」
「ロヴィーサ嬢は今日はドレスの雰囲気が違いますね。とてもよくお似合いです」
白薔薇に合わせたようなロヴィーサ嬢のドレスに、エルランド兄上が反応している。父上とエリアス兄上は白薔薇のことを話していた。
「エド殿下が白を着て欲しいと仰ったのです。それで、着て来ました」
「ロヴィーサ嬢の豪奢な黒髪を引き立てるいい色合いですね」
「お褒めに預かり光栄です」
エルランド兄上があまりにロヴィーサ嬢を褒めるので、僕はだんだんと面白くなくなってくる。僕がロヴィーサ嬢に白を勧めて、やっとのことで着てもらったのに、エルランド兄上とロヴィーサ嬢が仲良くしていると、兄でも嫉妬してしまうのだ。
「エルランド兄上、もうロヴィーサ嬢を見ないでください!」
「おや、エドはヤキモチかな?」
「エルランド兄上にはセシーリア嬢がいらっしゃるでしょう!」
「悪かったよ、エドの大事なロヴィーサ嬢を不躾に見るようなことをして」
僕の一方的な嫉妬なのに、エルランド兄上は僕に謝ってくれた。
出されたアイスティーを僕は喉が渇いていたので、ごくごくと飲んでしまう。ロヴィーサ嬢は少しずつ上品に飲んでいる。
「白薔薇の花束は二つあるのだな。一つはロヴィーサ嬢が持ち帰るといい」
「よろしいのですか?」
「ロヴィーサ嬢の部屋に飾れば、エドの母親も喜ぶだろう」
母上が好きだったという父上が作った薔薇園の薔薇。それをもらうというのはとても名誉なことだ。
「ありがとうございます。長くもつように大切に飾ります」
「花は枯れるもの。気にするな」
大らかに言う父上に、ロヴィーサ嬢は白薔薇の花束を抱いて頭を下げていた。
王城でのお茶会が終わると、帰ろうとする僕にユリウス義兄上が声をかけてきた。
「隣国で妙な疫病が流行り始めていると聞いています。隣国に行く際には十分お気を付け下さい」
「疫病?」
「まだ数は少ないようですが、高熱を伴い、何日も寝込むもののようで、酷いものは命が危うくなると聞いています」
まだ国の一部でしか流行っていないので大々的に噂にはなっていないが、隣国では疫病が流行り始めていた。
その話を聞いて僕はアルマスとアクセリとアンニーナ嬢のことを思い出していた。
同じような症状の病気がアクセリとアンニーナ嬢の幼年学校で流行ったときに、アルマスとアクセリとアンニーナ嬢はそれをマンドラゴラで治している。
隣国の疫病も同じように治せるのではないかと僕は考えていた。
夏休みが終わって、アクセリが高等学校に入学してきた。
昼休みにアクセリを中庭に呼んだアルマスは誇らし気な顔でアクセリに言っていた。
「これからは貴族の一員として恥じない行動をするんだぞ?」
「貴族としての振る舞いは分かってるよ」
「本当か?」
「兄上の方が大丈夫かなぁ?」
アルマスの方が逆に心配されている。
アクセリはアンニーナ嬢がミエト家に行儀作法を習いに来ているときに、一緒になって行儀作法を学んでいたので、僕も問題はないだろうと考えている。
どちらかと言えばアルマス自身の方が僕も心配だ。
「アルマスは大丈夫なの?」
「俺は完璧だ!」
本当かと懐疑的な目で見てしまう僕に、アルマスは胸を張っていた。
「そういえば、隣国で疫病が流行り始めているって話なんだ」
「どんな疫病ですか?」
僕が言えば、アクセリが興味を持って身を乗り出してくる。
「高熱が何日も続いて、酷い場合には命の危険もあるような病気だ」
「それは……私の幼年学校で流行ったものと似ていますね」
「僕もそう思っていたんだ。アクセリ、何かあったときのために薬を用意しておけるかな?」
「分かりました。兄上、帰ったら薬を調合しましょう」
マンドラゴラの調合に関しては、アルマスとアクセリの右に出る者はいない。アンニーナ嬢もそれを手伝うだろう。三人で作った薬が隣国を救えればいいと僕は願っていた。
ミエト家に帰ると、ロヴィーサ嬢がおやつを作って待っていてくれた。
ロヴィーサ嬢も研究課程最後の年で忙しいはずなのに、僕のおやつも食事もお弁当も全部きっちりと作ってくれる。僕も手伝うのだが、ロヴィーサ嬢のように上手にはできない。
ロヴィーサ嬢が作っていたのはサクサクのお煎餅だった。お餅を揚げて作るお煎餅は、手間がかかるのでなかなか食べることができない。
お煎餅は香りのいいスパイスの匂いがする。
「これは、カレーですか?」
「はい、カレー煎餅を作ってみました」
練り込まれたカレー粉と、上から振りかけられたカレー粉と塩の混じった粉がとても美味しい。
サクサクと食べ応えも軽くて、僕はたくさん食べてしまった。
ロヴィーサ嬢も上品にカレー煎餅を食べるのだが、どうしてもカレー粉と塩の混じった粉が落ちてしまう。
膝にハンカチを敷いていたのでロヴィーサ嬢は服を汚さなかったが、白い服だとこういうときに大変なんだろうと理解した。
「ロヴィーサ嬢に白を着て欲しいけど、汚れるのが困る……僕はどうすればいいのか」
僕が真剣に悩んでいると、爺やがそっと耳打ちしてくれる。
「私、実は染み抜きの魔法も得意でして」
「爺や!? 本当!?」
派手な魔法は使えないが、爺やは寄生虫や菌を消滅させる特殊処理の魔法や、濡れた髪や体を乾かす魔法、染み抜きの魔法が得意なようだ。こういうところを重宝されて、母上の結婚のときに連れて来られたのかもしれない。
「爺や、いざというときは頼むよ」
「心得ました」
爺やにお願いして、僕はこれからもロヴィーサ嬢に白い服を着てもらおうと決めていた。
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