23.剥かれたグレープフルーツの愛情
ロヴィーサ嬢は手先が器用だ。
それは特に料理方面に発揮されている。
高等学校から帰ると、ロヴィーサ嬢がいそいそとガラスの涼し気な器を持って来た。
その中には剥いたグレープフルーツが大量に入っている。
果肉だけになったグレープフルーツは瑞々しく、宝石のような輝きを放っている。
「もしかして、ロヴィーサ嬢、これを全部剥いたのですか?」
「はい。エド殿下と食べようと思って剥きました」
グレープフルーツは皮を剥いて中の房も剥いてしまうと、中身はかなり少なくなる。それがガラスの器に山盛りになっているのだから、一個や二個剥いたのではないだろう。
「何個グレープフルーツを剥いたのですか?」
「六個剥きました。さっぱりしているので、たくさん食べられると思いまして」
「六個も!?」
六個もグレープフルーツを果肉だけにする。
その努力は並大抵のものではなかっただろう。
僕はロヴィーサ嬢のしてくれたことの大きさに驚いていた。
爺やがお茶を淹れてくれて、グレープフルーツを食べる。綺麗に洗った手で摘まんで食べるのだが、よく冷やされていてとても美味しい。
「どれだけでも食べられてしまいそうです」
「いいのですよ、たくさん食べて」
「ロヴィーサ嬢の努力をこんなに簡単に消費していいのでしょうか」
「たくさん食べてくれる方がわたくしは嬉しいです」
グレープフルーツすら剥かないで食べられる。これはロヴィーサ嬢の愛情に違いなかった。
僕はロヴィーサ嬢に愛されている実感を味わっていた。
ロヴィーサ嬢は普段の食事だけでなくて、お弁当もとても手が込んでいる。
パプリカで彩りを添えたり、庭の家庭菜園で採れたてのトマトをグラタンにして入れてくれたり、いつも美味しいおかずがお弁当にはぎっしりと入っている。
アルマスやヘンリッキと比べると、その違いは明らかだった。
ロヴィーサ嬢のお弁当はおかずが五種類くらい入っているのに比べて、ヘンリッキやアルマスはほとんどサンドイッチや、ホットドッグや、パンケーキに野菜スティックなどのお弁当だ。
いつも僕がお弁当箱を開けるとアルマスもヘンリッキも羨ましそうにしている。
「今日のお弁当もとても美味しかったです。ありがとうございます」
「エド殿下は全部綺麗に食べてくれるので、作り甲斐があります」
「ロヴィーサ嬢のお弁当を残すなんてできないですよ」
食べられるものが少なかった時期が十二年あったせいか、僕は自分が食べられるものに貪欲だ。好き嫌いは基本的にないし、青魚がちょっとだけ苦手だが、それもロヴィーサ嬢が料理すれば食べることができる。
好物は白身魚で、鮭も大好きだ。
「僕は白身魚が好きですが、鮭も大好きですね」
「鮭は白身魚なのですよ。鮭が食べているのが海老などの赤い色素を持っているものなので、身が赤くなっているのです」
料理をするだけでなく、ロヴィーサ嬢は食材の知識まで持っている。
鮭が白身魚だったなんて僕は全然知らなかった。
「晩ご飯は何ですか?」
「何が食べたいですか?」
「話をしていたら、鮭が食べたくなりました」
僕が答えるとロヴィーサ嬢は晩ご飯のメニューを考える。
晩ご飯は鮭のフライにたっぷりのタルタルソースをかけたものになった。
晩ご飯が終わると、僕はシャワーを浴びて部屋に戻る。ロヴィーサ嬢が部屋に来てくれて、僕の勉強を見てくれる。
「エド殿下、最近は間違うことがなくなりましたね。満点が近いかもしれませんよ」
「そうですか? 予習もしておきます」
「ご立派です」
ロヴィーサ嬢は僕を大いに褒めてくれるので、僕は勉強が全く苦ではない。
歴史学の勉強も、政治学の勉強も、ロヴィーサ嬢は研究課程でさらに上の教育受けているので教えるのもとても上手だ。
「この年に起きた飢饉では大量の国民が亡くなりました。飢饉に対する対策は国策としてとても重要なのです」
「アルマスの研究はそこで役に立つのですね」
「そうです。モンスターを普通の人間が食べることができれば、飢饉対策になりますし、魔族の国からの援助も受けることができます。魔窟を管理することによって、飢饉のときに食料を確保することもできます」
政治学の話を聞いていると、アルマスがどれだけ重要な研究をしていたか理解できる。アルマスの開発した技術は国を救うものだった。
それと同時にロヴィーサ嬢が魔窟に管理人を置いたことに対して、父上が恩賞を与えると言っていた意味も分かる。
魔窟はモンスターの養殖場なのだから、飢饉のときには魔窟の中のモンスターを領地の住民に食べさせることによって救うことができるのだ。そのためには魔窟が常に富んでいるように管理されなければいけない。
お魚四号さんの力を借りて魔窟を管理しているミエト家が恩賞を与えられるのも当然のことだった。
ミエト家を先駆けとして、他の魔窟のある領地も魔窟に管理人を置き始めている。ただ、管理人がいても魔窟の中に入って溢れ出しそうなモンスターを狩る人物がいなければ完璧な管理は難しい。
どこの領地にもロヴィーサ嬢のようなSSクラスの冒険者がいるわけではないのだ。
「他の領地の魔窟からモンスターが溢れたら、ロヴィーサ嬢はどうしますか?」
「依頼があれば狩りに行くと思います」
「依頼がなければ?」
「手を出すのは難しいですね」
ロヴィーサ嬢の表情が曇っているのは、魔窟の近隣の住民のことを考えているからだろう。他の領地の魔窟からモンスターが溢れれば、近隣の住民は当然危険に晒される。
「わたくしも助けたいとは思うのですが、他の貴族の領地となると、簡単には手出しはできません」
「自分たちで解決するのだと意地を張っていたら、領民を守れないではありませんか?」
「そうなのですが、貴族は見栄と意地の社会ですから、他の領地の領主に守られたとなれば自分の名が落ちると考えるものもいます」
「領民の安全が一番ではないのですか?」
「わたくしはそう思いますが、全ての貴族がそう考えているわけではないのです」
ロヴィーサ嬢の説明に僕は貴族社会の汚さを知ったような気がした。
魔族の国ほど大量にではないが、この国にも魔窟は幾つかある。その全てに管理人が置かれたとしても、モンスターが溢れ出しそうになっている情報は入っても、それを倒せる相手がいないという現実に直面していた。
「他の領地の領主に助けを求めるくらいなら、近隣の住民を危険に晒す方がいいと思う貴族がいるのですね……」
「残念ながら、その通りです。恩を売られたくないと考えるものがいるのですよ」
ロヴィーサ嬢も助けに行きたいのだろうが、ミエト公爵家の当主という地位が邪魔をする。ミエト公爵家の名前を背負っているロヴィーサ嬢はそんなに簡単に動くことができないのだ。
「ロヴィーサ嬢が『赤毛のマティルダ』様として活動していた意味をやっと理解できた気がします」
「身分を隠していれば、どこの領地にでも行って、狩りができましたからね」
その話を聞いて僕は思い付く。
「『赤毛のマティルダ』様を復活させませんか?」
「どういうことですか?」
「ロヴィーサ嬢が、もう一度『赤毛のマティルダ』様になって、他の領地の魔窟が荒れた際には助けに行くのです」
身分を隠してただの冒険者として助けに行くのならば何の問題もないだろう。助けられた貴族たちも『赤毛のマティルダ』様の正体が分かっていても、別人だと言い張って誤魔化せばいい。
「貴族に助けを求める口実を与えるのですね」
「その通りです。ただの冒険者ならば自由に動けます」
この国を守るためならば、ロヴィーサ嬢は他の領地のモンスターも狩ってくれる。僕はそう信じていた。
「久しぶりに『赤毛のマティルダ』をやるので、ぼろが出ないようにしないといけませんね」
「さすがロヴィーサ嬢です」
「わたくしは、貴族の見栄や意地のために魔窟の近隣の住民が犠牲になるのは避けたいですからね」
ロヴィーサ嬢の立派な志を僕は尊敬していた。
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