22.春の王城の庭を散歩する
僕は王城の春の庭をロヴィーサ嬢と歩く約束を忘れていなかった。
王城でお茶に呼ばれたついでに、僕はロヴィーサ嬢と王城の庭を歩くことにした。
春の風は時折強く吹くが、大抵はそよそよと大人しい。
王族にこの後会うのでロヴィーサ嬢はドレス姿、僕はスーツ姿だった。
手を繋いで歩いていると、庭の端の花壇にチューリップが咲いているのが分かる。色とりどりのチューリップに僕は目を奪われる。
「可愛いチューリップですね」
「母上が好きだった花ですよね」
「庭師さんに聞いてみますか?」
「はい」
庭の手入れをしている庭師さんに僕が声をかける。
「このチューリップは、母上の好きだったものですか?」
「その通りでございます、王子殿下。国王陛下はお妃様が亡くなってから、お妃様の愛した庭を変えておりません」
庭師さんに教えられて、僕はチューリップを見詰める。
二色が混じっているチューリップもあれば、単色だが花びらがとても豪華なチューリップもある。
どれもとても美しい。
「綺麗ですね、ロヴィーサ嬢」
「たくさん植えてありますね。魔族の国では冬が長く春が待ち遠しいと聞きます。春がお好きだったのでしょうね」
ロヴィーサ嬢は魔族の国の気候にも詳しいようだ。僕はよく知らなかったので、そうなのだと納得する。
ひらりと落ちてきた淡いピンク色の花びらに顔を上げると、満開の桜が咲いていた。
「この木は桜だったのですね」
「ちょうど今が満開のようですね」
「空の青さに吸い込まれるような気がします」
満開の桜を見上げて僕が呟くと、ロヴィーサ嬢が不思議そうな顔になった。
「エド殿下は王城の庭なのに、何が植えてあるかをご存じなかったのですね」
「そうなのです。僕はずっと床に臥せっていたので、庭に出たこともなかったのです」
テラスに出たことはあったけれど、興味を持っていなかったから庭を見下ろすこともなかった。
僕は桜の木を見上げて、気付く。
「僕が住んでいた部屋のテラスから見える場所ですね」
「気にしていないと視界に入らないものなのですね」
「全然気付いていませんでした」
母上の好きだった花だと聞くまでは、僕は桜にもチューリップにも興味がなかった。だから視界に入ったとしても記憶に残っていないのだ。
「ここにいいものがあります」
「え? なんですか?」
問いかける僕の前でロヴィーサ嬢は桜の木の下に敷物を敷いて、お弁当箱と水筒を置いた。お弁当箱には焼き菓子が入っている。
「一口で摘まめるパンケーキを作って来ました。少しだけ摘まんでいきましょう」
「それは本当にいいものですね」
「お妃様も桜の下でお弁当を食べたかもしれません」
小さなヒルダ姉上とエリアス兄上とエルランド兄上を連れて、庭に散歩に出た母上が、桜の下に敷物を敷いてヒルダ姉上とエリアス兄上とエルランド兄上とおやつを食べたかもしれない。
それはあり得ない話ではなかった。
小さな一口パンケーキを摘まみながら、僕は水筒のお茶を飲む。
ロヴィーサ嬢と楽しい時間を共有できてとても満足だった。
王城に戻って父上とエルランド兄上とユリウス義兄上とお茶をする。
ユリウス義兄上はこんな風に王族の中に入るのは初めてで緊張しているようだった。
「ロヴィーサ嬢と庭を散歩してきました。母上の好きだったチューリップと桜を見て来ましたよ」
「母上は薔薇も好きだったぞ。いや、私が母上のために薔薇園を作ったから、好きと言ってくれていたのかもしれない」
「薔薇は見ませんでした。次は見ます」
「初夏には白薔薇が咲き誇る。私が母上に贈った花だ。見てくれ」
父上は母上のために薔薇園を作っていた。
この話も僕は初めて聞く。
父上が母上のために作った薔薇園の白薔薇は絶対に見たい。
また初夏にも僕は庭に行く楽しみができた。
「ロヴィーサ嬢と桜の下でおやつを食べました。エリアス兄上も、母上と桜の下に敷物を敷いておやつを食べたりしましたか?」
「母上は私たちが疲れたと言ったら、桜の下に行って水筒からお茶を飲ませてくれた。小さなエルランドには焼き菓子もあげていたな」
「やはりそうだったのですね」
僕とロヴィーサ嬢は母上と同じことをできていたようだ。
僕の知らない母上が身近になったようで嬉しくなる。
「エルランドは庭でよく泣いて抱っこされていた。母上はエルランドを抱っこしているから、私は手を繋がないので、よく逃げ出して、母上を困らせていたよ」
「その頃はエリアス兄上も小さかったでしょう」
「そうだな。かくれんぼのつもりだったけれど、母上は泣くエルランドを抱っこして、私を追い駆けて大変だっただろう。それでも庭に散歩に行くことは止めない方だったよ」
泣いている小さなエルランド兄上を抱っこして、散り散りになるエリアス兄上とヒルダ姉上を追い駆けて、母上は大変だったに違いない。それでも庭への散歩を止めないくらい母上は庭が好きだった。
話を聞いていると僕は王城の庭をもっと隅々まで見ておきたくなる。
ロヴィーサ嬢と婚約して王城を出てしまったが、ここは母上の思い出がたくさん残っている場所でもあった。
「新婚生活はどうですか、ユリウス義兄上」
話に入って来られないユリウス義兄上に問いかけると、微笑んで答えてくれる。
「とても幸せですよ、エド殿下」
「ユリウス義兄上は国王の配偶者になられるお方。夏にはエリアス兄上が王位を継ぎます」
「その覚悟をして王家に婿入りしてきたのです。エリアスと支え合って国を守りますよ」
ユリウス義兄上の決意は固いようだ。
僕はユリウス義兄上の顔をじっと見つめる。
ユリウス義兄上は大公家の出身で、王家の血を引いているのでエリアス兄上と顔立ちも雰囲気も似ている気がする。
「エリアス兄上とユリウス義兄上はまた従兄弟になるのですよね」
「国王陛下のお母上の弟が降下したニスラ大公家の出身ですからね。エド殿下ともまた従兄弟になりますよ」
僕は父上よりも母上に似ているので考えていなかったが、エリアス兄上のまた従兄弟ということは、当然僕のまた従兄弟ということになる。
「曾お祖父様と曾お祖母様が同じなのですね」
「そうなりますね」
本来ならば王族でも近親同士の結婚は喜ばれないものだが、エリアス兄上とユリウス義兄上が男性同士ということで特別に許されたのだろう。
ユリウス義兄上の話はもっと聞きたかった。
「エリアス兄上のどんなところが好きになったのですか?」
「それは……」
「その話は、私も聞きたいな」
僕が問いかけると、ユリウス義兄上は返答に困っているようだが、エリアス兄上が身を乗り出す。
ユリウス義兄上は苦笑しながら答えてくれた。
「私はエリアスよりも三つ年上で、王族の集まりのときに、六歳のエリアスが私を見た瞬間、近くの花瓶にあった花を取って来て、差し出したんです」
エリアス兄上は王族の集まりでユリウス義兄上に「けっこんしてください!」と申し込んだのだという。当時エリアス兄上は六歳、ユリウス義兄上は九歳。
「私は性別を間違えていないかと確かめたのですが、私がいいと言って聞かなくて、それからずっと会うたびに告白を受け続けました」
「私ばかりが好きなような言い方をする」
「エリアスのことは初めて見たときからとても可愛くて大好きだったよ。それでも、ヒルダ殿下が隣国に嫁ぐと聞いて、エリアスが国王になるのならば同性同士の結婚は難しいのではないかとずっと思っていた」
「それでも、ジュニア・プロムの誘いを受けてくれたね」
「そのときには、私もエリアスに夢中だったんだよ」
ユリウス義兄上とエリアス兄上の表情や声が甘くなっている。
それを聞きながら僕もにやけてしまった。
「ジュニア・プロムの誘いを受けてから、国王陛下に報告をして、婚約を許してもらいました。結婚の暁には、エルランド殿下かエド殿下のお子を養子に貰う約束で」
「両想いになるまで長かったけれど、私はユリウスを諦めたくなかった」
「エリアスがずっと想っていてくれたから叶ったようなものですね」
ユリウス義兄上とエリアス兄上の間にはロマンスがあった。
ミエト家に帰ってから僕はずっと黙って聞いていたロヴィーサ嬢に声をかけた。
「エリアス兄上とユリウス義兄上にあんなロマンスがあったなんて知りませんでした」
「幼い頃からお好きだったのですね」
「エリアス兄上は僕がロヴィーサ嬢と出会うよりも、ずっと長くユリウス義兄上をお好きでしたね」
僕は十二歳でロヴィーサ嬢と出会ったが、ユリウス義兄上は九歳、エリアス兄上は六歳のときに出会っている。
それから恋を叶えたのだという話はとてもロマンチックだった。
「僕とロヴィーサ嬢の子どもがエリアス兄上とユリウス義兄上の養子になるかもしれません」
「それは王族のエド殿下と結婚するのだから覚悟の上です。エリアス王太子殿下もユリウス様も子どもを愛して育ててくれると信じています」
父上がエリアス兄上とユリウス義兄上の結婚を許した条件に、僕かエルランド兄上の子どもを養子に貰うというのがあった。
僕の子どもだったら、養子に貰われたらきっと寂しいのだろう。
それでも、僕は王族なのだからそれを受け入れなければいけない。
ロヴィーサ嬢は覚悟はできていると話していた。
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