22.春の魔窟の大掃除
春になると魔窟のモンスターが増殖する。
ロヴィーサ嬢は魔窟のある所領を管理するミエト家の当主でもあるので、魔窟にモンスターを狩りに行っていた。
僕も同行するのだが、僕ができるのは他のひとが巻き込まれないようにすることくらいだった。
ミエト家として兵士を雇って魔窟のモンスター退治を大々的に行っているのだが、雇われた兵士がするのはロヴィーサ嬢が狩った獲物を魔窟から運び出したり、下処理をしたりすることで、狩るのは全部ロヴィーサ嬢がやっていた。
今回の一番の目玉は、オオライチョウだ。
巨大な雷を纏った鳥のモンスターで、肉質は鶏と似ているという。
魔窟から出て民家を襲おうとしているという話を聞いて、ロヴィーサ嬢は速やかに駆け付けたのだ。
羽で飛び上がるオオライチョウが放つ雷撃を避けて、ロヴィーサ嬢が飛び上がる。
大振りのナイフを構えて、オオライチョウの羽に切りつけた。
羽を切られて飛べなくなったオオライチョウが魔窟の中に逃げようとするのを、ロヴィーサ嬢は許さない。魔窟の中で傷を癒してまた外に出てくれば、被害があるのは分かっているのだ。
追いかけてオオライチョウを仕留めたロヴィーサ嬢は、他にも魔窟で増えていた魚のモンスターや貝や蛸を捕まえて、春の魔窟の大掃除は終わった。
僕にとっては美味しいものがたくさん持ち替えられるので、嬉しくてならない。
魔窟のモンスターは量が多かったので僕とロヴィーサ嬢だけでは食べきれない。
マンドラゴラの葉っぱを揉み込んで、僕が抱いて連れていた蕪マンドラゴラのエーメルに歌ってもらって毒素を抜くと、魔窟のある土地のひとたちにもお裾分けした。
「モンスターの肉が食べられるのですね」
「肉など最近食べておりません」
「美味しくいただきます」
分けられたモンスターの肉は魔窟のある土地のひとたちを喜ばせた。
帰ってから下処理を終えたオオライチョウの肉を、ロヴィーサ嬢が一口大に切っていく。
切られた肉は塩コショウをして焼かれていた。
「何を作るのですか?」
「新しい料理に挑戦してみたいのです」
「新しい料理……」
想像するだけで僕はお腹が鳴る気がした。朝から魔窟の管理に行っていて、まだお昼ご飯を食べていないのだ。
ロヴィーサ嬢は玉ねぎを飴色になるまで炒めて、焼き目を付けたオオライチョウの肉とジャガイモと人参を入れて、不思議な香りのするスパイスを混ぜて煮込み始めた。
いい香りが厨房中に漂っている。
煮込みながらロヴィーサ嬢はマンドラゴラの葉っぱを一枚鍋に入れて蕪マンドラゴラのエーメルに歌ってもらう。
これで鍋の中身の毒素は抜けた。
鍋の中には黄色いような茶色いような黄土色のような、どろりとした汁が入っている。あまりにもいい香りなので僕は食べたくてそわそわしていた。
ロヴィーサ嬢が小皿にご飯を少しだけ盛ってそこに汁をかける。
手渡されて僕はスプーンでそれを食べた。
ぴりっと口の中で辛みが弾け、その後で濃厚なスパイスの香りが鼻から抜ける。
「美味しい! すごく美味しいです!」
僕が身を乗り出すと、ロヴィーサ嬢が微笑んだ。
「これはカレーという料理です。ご飯にかけてもいいし、ナンというパンのようなものにつけて食べても美味しいのです」
「僕、ご飯にかけたいです。ご飯の甘みとカレーの辛さが相性がいいと思います」
「それでは、今日はご飯にかけましょうね」
ロヴィーサ嬢がご飯を盛ってカレーをかけてくれる。
食べるのが待ち遠しくてつらかったが、僕はカレーを食卓に運んでシーフードサラダも置いて、大人しく待っていた。
「私が一緒でもいいのですか?」
「せっかくのカレーなのですから、父上も食べてください」
「お父上も家族です。一緒に食事をしましょう」
ロヴィーサ嬢のお父上がロヴィーサ嬢のお誕生会で公の場に出ることを決めてから、僕とロヴィーサ嬢はお父上ともできるだけ一緒に食事をするようにしていた。
食事はやはり大勢の方が美味しい。
ヒルダ姉上とエリアス兄上とエルランド兄上と父上、たくさんの家族に囲まれて育った僕は特にそう思う。
一人っ子のロヴィーサ嬢はお母上を亡くした十五歳のときから一人で食事をしてとても寂しかっただろう。
それを取り戻してほしい気持ちもあった。
「カレー……妻がよく作ってくれた」
「母上を思い出すでしょう? 母上はチキンのカレーがお好きでした」
「ご一緒させていただきましょう。懐かしい味が楽しめそうです」
席に着くお父上に僕もにこにこしながらスプーンを手に取った。
カレーは辛さの中にも旨味があって、鳥肉とジャガイモと人参がごろごろと入っている。飴色に炒めた玉ねぎは全部溶けて汁に混ざっていた。
ご飯と一緒に食べると最高に美味しい。
「こんなものも作ってみたのですよ」
少しだけロヴィーサ嬢が席を外して持ってきたのは白いものが入ったグラスだった。飲んでみると爽やかな甘みのある乳製品のようだ。
「ラッシーと言います。ミルクとレモンとお砂糖で作ります」
「カレーで辛かった口がすっきりします」
「カレーとよく合うんですよ」
話しながら食べていると、ロヴィーサ嬢のお父上は不思議そうな顔をしていた。
「ロヴィーサ、これはモンスターなのだな?」
「そうですよ。モンスターの毒素を抜く技術の開発をアルマス様がしてくださいました」
「普通の鶏肉と変わらない味がする」
「カレーは特にスパイスで臭みがとれますからね」
モンスターの肉や魔力のこもった食材から毒素を抜くことができるようになったおかげで、僕とロヴィーサ嬢は、ロヴィーサ嬢のお父上とも食卓を共にできるようになった。
これからもロヴィーサ嬢のお父上とは食卓を共にしていきたい。
「僕たちとまた一緒に食べましょうね」
「ロヴィーサとエドヴァルド殿下のお邪魔になるのではないですか?」
「そんなことはありません。お父上がおられた方が僕は嬉しいです」
美味しい食事を共有できる家族は多い方がいい。
僕がにこにこしていると、ロヴィーサ嬢のお父上は「それならば、またお邪魔します」と頭を下げて離れの部屋に戻って行った。
ロヴィーサ嬢のお父上はお母上が亡くなって、所領を失ってから離れの部屋に引きこもっている。そこで執務はしてくれているのだが、ロヴィーサ嬢は十五歳でお母上を亡くし、お父上は引きこもってしまって顔を会わせることがなくなって、どれだけ悲しかったことだろう。
今からでも親子の関係が取り戻せればいいと僕は思っていた。
隣国からはヒルダ姉上とカスパル王太子殿下と甥のミルカの写真が届いていた。ヒルダ姉上からの手紙も入っている。
「ヒルダ姉上は産後も元気で、ミルカもとても元気だそうです」
「カスパル王太子殿下に似ていますね」
「とても可愛い、僕の甥っ子です」
ミルカは褐色の肌に黒髪に黒い目で、カスパル王太子殿下にそっくりに見えた。新生児なのでこれから顔立ちが変わって来るかもしれないが、これはカスパル王太子殿下の子どもで間違いない。
「早く会いたいです」
「夏頃には少し落ち着いていると思いますので、隣国に行ってみますか?」
「ヒルダ姉上と赤ちゃんを見に! 行きたいです」
ロヴィーサ嬢の申し出に僕は飛び付いていた。
父上とエリアス兄上とエルランド兄上の元にも同じ手紙が届いているはずである。
隣国にこの国の王子の僕が行くとなると、父上の許可が必要になってくる。
父上に手紙を書くよりも直接会う方が早かったので、僕はロヴィーサ嬢と一緒に王城まで魔法石で飛んだ。
僕が来たと聞くと父上は執務を中断して僕との時間を作ってくれた。
「夏休みに、ヒルダ姉上のところに行きたいのです」
「まだ小さな赤ん坊のミルカと出産後のヒルダはしばらく動かない方がいいからな。私の分までヒルダを労い、ミルカを可愛がって来てくれるか?」
「はい、父上!」
父上はこういうときには僕の気持ちをよく汲んでくれる。
あり難くお礼を言って王城から辞そうとすると、父上に引き留められた。
「マンドラゴラで毒素を抜く技術を使って、王城にもモンスター由来のものや、魔力のこもったものを揃えさせている。お茶くらいしていかないか?」
「僕が食べるものがあるのですか?」
「紅茶もダミアーン殿からよいものを仕入れている」
アルマスの開発した技術のおかげで、僕は王城でお茶をすることもできる。
ロヴィーサ嬢を見れば頷いているので、僕は応接室のソファに座った。
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