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紅の救世主  作者: メアー
2章.流れ着いた先
7/51

7.旅立ちの日に


警備兵ライとレフによる奔走の甲斐あって

野盗襲撃での事後処理は

豊の治療中に粗方片付いたという。


退治された野盗頭はヨーキタ周辺を騒がせていたお尋ね者であり

今回の件で野盗頭を中心とした団が壊滅状態にまで追いやられた。



警備隊と国に対して多大なる貢献を果たしたとして

豊は名誉と報酬を国王権限の下に受け取る手筈となったが


受けた被害の大きさを鑑みて、祭典や授賞式などは先送りとなる。


そのこともあってか、警備兵のふたりはしばらくの間

豊の身辺警護及び、近隣警備の任を与えられたのであった。



「ユタカ、まだ動けそうにないか?」

ライとレフは毎日の様に見舞いに訪れていた。


「見舞いありがとう。済まないな、仕事も多いだろうに。」


ふたりはベッド近くの椅子に腰掛け

持参した果物を口にする。


「気にする事はないぜ、お前さんは野盗頭を倒して国に貢献した。あいつは長い事、お偉いさん方が指を咥えて黙って見てた極悪人だったからな。」



「あの程度なら警備隊で倒せるのでは?」



「今は国同士の小競り合いで実力者は東の地へ遠征している。国境付近は一触即発の状態って話さ。」


警備隊に所属するふたりは国内情報に精通していた。

各地遠征の機会が多い為、情報が多く入ってくるのだ。


「それに奴等は用意周到。逃げる事を優先し、人質を取るのが常套手段だった。それ故に手をこまねいていたんだ。」



「なるほどな……。ところで、ミセリの様子はどうだった?」



「それがな……。」



ミセリコルデはあの一件以来、眠る事が多くなったという。カイパーの見解では体力を回復させ【純単多細胞】に治療するだけの供給を行なっている作用であるとの事。


「だが、着実に回復しているぜ。ボルト矢での傷、特に内臓傷が治癒するなんて事は有り得ない。ユタカ、お前さん一体何をしたんだ?」


クロスボウに関して見識のあるレフは、この事実の真相を知りたがっていた。彼が知る中で内臓に達した傷が完治した経験はほとんどなかったからだ。


「なぁに、僕の鎧についてる紅玉にはそういう機能が付いてるだけさ。僕の気力と体力を引き換えに治療したに過ぎない。もうやりたくはないね。」



「へぇ……。そいつは【出土品】……【オーパーツ】の類なのか?」


「その辺に関しては詳しくは知らないな……。何せ貰い物だからね……。」


【出土品】【オーパーツ】聴き慣れない言葉だが、豊は話を合わせる事にした。

余計な情報は混乱を招くからだ。


【オーパーツ】はこの国にある

【ニブル鉱山】など複数の山奥から出土したもので

人間の気力を糧に奇跡を起こすとされている。

一般的に存在自体は知られてはいるが、その数は少なく、詳しい事は秘匿とされていた。


「何せ貴重品だからな。王族や貴族、神官連中が独占しているって話だ。お前は運が良いな。」


「僕はとある王族から賜ったんだ。この国ではないけどね。」


「気前の良い王族も居たもんだ。余計な詮索はしないが、この国は俺たちみたいな善良な民草ばかりじゃない。気をつけるんだな。」


ライは直接言葉にはしなかったが、国民の倫理観の話をしているのは自然と理解出来た。

全ての人が善意に満ちている訳ではない。


「忠告傷みいるよ。それと、この国の事をもっと詳しく知りたい。」


「よし、おれたちが知ってる情報なら教えてやる。今回の件で手当て金も出たし、休暇の申請も通った。しばらくはヤットコ村でゆっくりする事にするぜ。」


ライとレフの情報により

豊はこの国の情勢を詳しく知る事が出来た。

これからは情報を元に広く行動する事を強いられるだろう。


大きな目的を整理すると

1.【冥王因子】の回収

2.豊、地球へ帰還


となるが、その為にはこの世界で力を取り込み

冥王カイパーの力を本来の1割まで取り戻さねばならない。

星を離脱するにはエネルギーが足りない為である。


体力が回復次第、ヤットコ村を出発し

魔獣や幻獣、魑魅魍魎の類を取り込む計画だ。



更に1週間が経過。


回復した豊とカイパーの両名は、エネルギーが確保できそうな猛獣類を探す為、警備隊などの情報網を頼った。


食物や睡眠での一般的な回復では、豊本来の力、大凡の3割が限界であるという基準が示され、ヤットコ村でこれ以上の成果は望めないと知り、旅立つ運びとなったのである。


レフから仕入れた話によると、ヨーキタより少し北西に位置する村【キュージ】に、畑を荒らす獣が多数出没しているという。


「警備隊を通して正式な紹介状を書いた。これをキュージに遠征している警備隊に渡すといい。」

ライが手渡してくれた正式な紹介状を手に、救世主と冥王は新たなる旅路へと向かう。



一行は野盗から手に入れた馬を謝礼として一頭受け取った為、足はあったのだ。


陸路としては、1度ヨーキタと通過し

雑貨や装備を整えてから向かう事となる。





紹介状の恩恵もあり、滞りなくヨーキタへと入れた豊は馬宿を借りて市場へ。


当然だが、装備に関して現状を超えるものは存在しなかった。

鞭を受ける以前から、炎剛竜のスーツにもかなりの草臥くたびれが見える。


「……このインナーは長い間僕を守ってくれていたからな……。手放したくはないが寿命が近い……。」


カイパーが紅玉を通して念話を送る。


『救世主よ。その装備、生き物の皮で作られているのか?』


「あぁ、前に救済した世界の竜から作った貴重な品だ。倒すのに苦労したよ。」



それを聴いてカイパーはほんの少し思案し

こう提案した。


『それを取り込ませてくれぬか?』


「えっ、エネルギーにするのか?」


『いや、【純単多細胞】を巡らせるのだ。動物などの生命由来構造なら適応できるやも知れぬ。』


「流石は万能細胞……。装備の修復まで可能とは……。」


『その分、やはりエネルギーは必要だがな。我としても優れた装備を手離すのは心苦しい。結果的に言えば今ある物を大切に使うのが最適解だと我は思う。』


「僕もそう思う。よし。男は度胸だ。やってみよう。脱げば良いか?」


『その心配はいらぬ。着ている状態でも適応は可能ぞ。』


「じゃあ頼んだ。」


『承知。』


カイパーの【純単多細胞】が炎剛竜のスーツに纏わり付く。

底無しに黒い粘液が表面を覆い、浸透すると

血管のようなものが浮き出し、脈動を始めた。


実際はグルカニンブルがある為目視できないが

豊の脈拍に合わせて鼓動している。


「なんだが、強心薬を飲んだ時みたいだ。心臓が2個あるのかってくらいバクバクしてる。」


『適応した証だ。すぐ慣れる。』


その後、純単多細胞の効果で極端な空腹に見舞われたふたりは、町中の飲食店を練り歩き、一通りを閉店にまで追いやった。



翌日、ヨーキタを出発。

目的地であるキュージまでは馬で半日の道のりとなる。


この【ジアス国】は山が多く、自然に恵まれ水や資源も豊富だが、環境が険しいため、道の整備が行き届いていない。それが結果として各拠点を繋ぐ経路を確立出来ず、移動にかなりの時間を要する。

しかし。公共の道路や橋を確立させるには莫大な金と時間と労力を必要とする故

そう易々と作る事は叶わないのだ。


豊のように馬があれば多少は違うが、全ての人が同じ条件でいられる訳はない。



悪路の道中は、渓谷の川ひとつ越えるにも苦労が絶えない。

そんな時、泥濘に足を取られて立ち往生している馬車を発見した。

先日の雨で川の氾濫があった影響だろう。馬が嘶いている。


その装飾からしてかなりの権力を持つ事は間違い無いであろう。

馬も相当立派な身体をしているが、足を取られた状態では力は発揮でない。


泥に車輪が呑まれた様であり

豊は馬を降り、迷う事なく馭者に手伝いを申し出た。


「合図をするからそれに合わせて一気に引き上げるんだ。」


「て、手助け感謝する!」


馭者はひとりで中には護衛とその対象がいる様だった。

この時豊は乗車している人物が誰であろうと気にかけてはおらず

純粋な善意と正義感での行動であった。


「揺れますから何かに掴まっててください。」


扉越しに話しかけ、泥濘へ入る。

車輪は細かい石と砂に噛まれ、足を取られている状態にあった。

馬車の重量を考慮しても、馬力だけでは動く気配はない。

道の真ん中では梃子に使えそうな道具や端材なども見つからず

そこで仕方なく、グルカニンブルの力を使って一時的に身体強化を図った。


「せいっ!!」


垂直に馬車を持ち上げ、その隙に馬が車体を牽引。泥濘からの脱出は成功した。


「あぁ!ありがとうございました!ありがとうございました!!」


馭者は涙目になりながら感謝を示した。

その心中は察するに難くないが、余程焦っていたのだろう。

彼は若く、客観的に見ても厄介事には不慣れな様に感じられる。


「妾からも礼を言いたい。従者アトラ、扉を開けよ。」


馬車から声が聞こえ、それと同時に扉は開かれた。

先に降りたのは軽装を着込んだ若き従者であり

即座に地面に絨毯を敷き、それが終わると即座に主へと手を差し出した。


手を引かれて降りたのは

目にも麗しい、煌びやかな礼装を見に纏った女性であった。


長い黄金の髪に緋色の瞳。モノクルを左眼に掛け、知的さも溢れる。

幼さはあるが、その立ち振る舞いには礼節と教養が見て取れた。


「此度の働き、まこと鮮やかであった。献身的なお主を労い、僅かだが褒美を取らせようぞ。」


権威あるものは民衆の働きに対し、褒美を与えるのがこの世界での道義であり、それを受け取るのもまた礼節。


「はい。ありがたく頂戴致します。」




しかし、ここで豊は行動を違える。

作法として覚えた【かしづく】という動作を【自然に淀みなく】行ったが故に、民草では出せぬ気品が溢れ、妙な不自然さが生まれたのだ。


「……それは最高位のものでしか知らぬ礼節法であるの。」


「うっ……。」

つい「しまった。」とも取れる声が豊から漏れた。それによって従者の対応も変わる。


「……貴殿、名を名乗るが良い。」

従者からは仄かに警戒の色が見える。

僅かだが、手には剣が添えられている。


こんな【時期タイミング】よく、位の高い馬車を救う

位の高い動作を淀みなく行う人物が現れるのは不自然極まりない事だったのだ。


「私はユタカ・ホウジョウ。……流浪の戦士です……。」


「…………。」


これも苦しかった。



この世界での流浪というのは権威を剥奪された貴族や騎士、解雇となった兵士などが該当する。しかし、フリーの傭兵と言えば、自由であっても教養の部分に不可解な角が立ち

豊の装備や馬を持っている事も鑑みれば余りにも不自然である。


「ユタカ……か。妾は【ルナディア・ファルク・シルヴァネール】だ。」


「…………?」


豊は人知れず脂汗に塗れていた。

経済や、民衆の礼儀を始めとした民草の常識は警備隊の2人から仕入れていたが、王族、貴族の名前までは把握していなかったからだ。


如何に救世主であろうと、知らないものは知らないのだ。


彼の呆気に取られた顔は嘸かし滑稽であっただろう。

しかし、この素直な反応が相手に対し、結果として功を奏する。




「ふふっ、良い良い。王位継承者がこの様な場所に居るなどとは考えてもみなかったという面じゃ。アトラ、こやつは刺客ではない。納めよ。」


「はい。」


従者は主君の命令により一歩下がった。



「面白い男だ。申し分ない。……ユタカよ、妾の騎士とならぬか?」



「ファッ!?」



この上ない素っ頓狂な声が出た。

しかし、ルナディアは満足していた。彼女には豊が【恐れ多くも王位継承権1位の王女が、名誉ある直属騎士に自分を任命するだなんて恐れ多い。感激!】と心を震わせていると信じて疑わなかったからだ。



「恐れ多くもルナディア様……!」


豊の一言に、従者の目が一際厳しくなる。

「貴様ぁ!!殿下と呼ばぬかぁ!!」


「ファッ!?」


またしても墓穴を掘ってしまった。

この国では目上の者を名前で呼ぶ行為は恐れ多い事であり、その中には【親身にお近付きになりたい】という意味が暗に含まれている場合もある。

もちろん従者もその意味で受け取った。


「アトラ、やめよ。子犬の様に怯えておるではないか。くふっ……かわゆいのぉ……。」


豊の様子を見てルナディアは【これ】を

【貴女と親身になりたいです。お礼はそれで!】という勘違いを起こしたのであった。



豪華絢爛な重量馬車を持ち上げる怪力を持ち

紅の鎧を着こなす教養のある男が

驚き戸惑い、勇気を出して告白したのに、お付きの従者に咎められ、心底凹んでいる様に見えたのだ。余程、自分に自信がなければこの様な発想には至らないだろう。


「ふふっ、気にするなアトラよ。それよりも手を貸せ。ユタカをもっと近くで見たい。」


「はっ!」

即座に追加の敷物が敷かれ、準備が整い

ルナディアは従者に手を引かれ、豊の前に立った。


「立て、ユタカ。」


ユタカが直立すると、装備の関係上180センチを超えてしまう。

対して、ルナディア王女は150センチと小さい。


「うむ……大した巨躯であるな……。」

直近で向き合うふたりだがそれは必然と見下ろす形となる。


不敬と感じた従者アトラは飛び出そうとしたが

それを王女は察して活を飛ばした。

「アトラ!よい!!」


「はっ!!」


次の瞬間、ルナディアはモノクルを通して

豊の潜在能力を覗き見たのだ。



「ほぅ……。」


彼女のモノクルはオーパーツであり

【真実の瞳】と呼ばれる代物である。

対象者の能力値を色と形で可視化する機能があり、数値化にも対応している。


【救世主】【勇者】【英雄】

【炎の料理人】【個の英霊】

【冥王を下す者】【冥王の契約者】

【紅の契約者】【幻惑を統べるもの】

【破壊の申し子】【神殺し】


称号項目が表示され、その数に圧倒される。

「(何という称号の数……!一体どれ程の力を秘めているというの……!!)」


ルナディアの知的好奇心は一気に高まり

能力値まで見ようと試みたその時。





『あまり無作法をするな。小娘。殺すぞ。』




突然の悪寒と共に

冥王カイパーの思念がモノクルを通して届いたのである。


「……!!」


驚きのあまり、豊を見つめ直すも様子は変わらず、能力値は黒塗りとなっていた。

ぞくりとした悪寒を感じたルナディアは自分の行動を省みて落ち着きを取り戻した。


「失礼した。ユタカ、コレを貴殿に。」


彼女は首から下げていた一粒の宝石飾りを手渡した。


「殿下!!それは戯れが過ぎます!!」


「口出し無用。これは妾のケジメじゃ。」


主の言葉を聴き、従者アトラはそれ以上何も言わなかった。


「ユタカ、貴殿の事情は知らぬが、今後妾の助けが必要なときは王都まで来るが良い。このペンダント【一粒の栄光】が妾とお主を繋ぐじゃろう。」


「はい。ありがたく頂戴致します。」


「それではさらばじゃ。ユタカよ。また会おうぞ。」



別れの言葉を交わし、馬車は去っていった。

方角からしてヨーキタを通過し、王都へ向かうのだろう。


豊は【一粒の栄光】と呼ばれる首飾りを身につけ、旅は再開される。






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