51.犠牲からなるもの
王都の人混みで出会った少女、ロア。
豊は彼女の買い物を手伝う為、市場を目指していた。
冥王は豊の肩に乗り、小声で話す。
『貴様の悪癖にも慣れてはきたが……子守に付き合ってやる程、我も暇ではない。当初の目的は達している。先に帰るぞ』
豊が小さく頷くと、冥王ネコは人混みの中へと消えていった。
「ネコさん、どうしたの?」
「お腹空いたから帰るって」
「そっかぁ。ロアも早くお野菜買って、帰らないと。おなかすいたし」
「よし、行こうか」
「うん」
ロアは首から下げられている布袋をしきりに手にし、落ち着かない様子を見せていた。
花の刺繍が施されたそれは、年季が入ったと言えば聞こえは良いものの、何度もツギハギを重ねて直されており、何処となく心許ない頼りなさがある。
「ロアちゃん、素敵なお財布を下げているね。大事に使われている様だ」
「そうなの!これはね、おかあさんがロアに作ってくれたの。たからものなんだよ」
「おしゃれな紐も付いてる。それなら失くしたりしなくていいね」
「うん!おかあさんがね!なくさないようにって!ふふふっ……いいでしょ〜!」
懸命に宝物を自慢する様子は年相応で、真摯に耳を傾ける豊に対し、ロアの緊張は程なくして解かれてゆく。
人の流れに沿って道を進むと、程なくして市場へと辿り着いた。
美しい花のアーチや、周辺地域の紋章旗。
それらを提供している貴族団体や組合の名が刻まれた木札なども飾られており
周辺では着々と復活祭の準備が進んでいた。それに伴い、人々の喜びと活気が満ち溢れている。
人通りは増え、露店通りは混雑していた。そうなれば必然的に揉め事は起こり得るものだろう。
「コソ泥だ!捕まえてくれぇっ!」
見窄らしい格好の少年が、人々の隙間を素早く潜り抜けてゆく。その腕には大きなパンを抱えており、口にも肉の腸詰めが咥えられている。
豊は、少年を捕まえようとして手を伸ばしたが、取ろうとした左手がその少年には無かった。血に塗れ、雑に巻かれた粗末な包帯が、その意味を容易く想像させる。
「!!」
驚きで捕まえ損ねたついでに、豊が捕まえようとして一歩進んだ為、追跡していた店員が衝突し、転倒を余儀なくされる。
「どわあっ!…………いてて……。おい!兄ちゃん!アンタが鈍臭い所為であのガキ逃しちまったじゃねぇかよぉ!!くっそぉ……親方にドヤされちまうぅぅ!!」
「すまない、これで勘弁してくれ」
豊は懐から小銀貨を一枚取り出して、盗まれた商品の支払いを行なった。
その行動が奇怪だったのか、店員は豊の顔と小銀貨を二度見、三度見する。
「おぉ……まぁ、そう素直に謝られたら許すけどよ……。あぁいう奴等は盗みが上手くいくと必ずつけ上がるんだ。今度はボサッとしてんじゃないぜ」
「悪かった。今後は気をつけるよ」
店員は早々と店へと戻っていった。
この地における窃盗においてのルールは、追跡者に道を開け、捕まえ易い状況を作る事だったのだが、余所者である豊はそれを知らなかった。
「ゆうしゃさん。どうしてかなしいお顔をしてるの?」
「悲しいさ。あんな子供が左手を切り落とされても、盗みをしなければならないなんて」
「それはゆうしゃさんのせいじゃないでしょ?」
頭では理解している。
力無き彼等は、生き方を選ぶ事すら出来ない。
豊は少年の消えた雑踏を眺めていた。
「…………」
不意に、外套が引かれる。
「お野菜、買いにいこ?」
「うん。行こう」
この幼い少女の方が、豊よりも現実を受け止めている。彼女の笑顔からはそう感じられずにはいられなかった。
左手を失った少年の存在と、子供に励まされるという失態は、豊の自尊心に深く刻まれた。それは思考力を著しく低下させる事となり、その後に予期せぬ事態を招く事となる。
「ゆうしゃさん、お手伝いありがと!いつもよりいっぱい買えてよかった!」
買い物の後、豊はロアの荷物を家へと運んでいた。買い物袋は野菜でいっぱいになっており、それを両手に抱えて運搬を行なっている。
「どういましまして。それにしても量が多いな……五日分の食料かな?」
「ううん。3日ぶん!お父さんいっぱいたべるから!」
「こりゃまた……。凄いお父さんだな……」
「あとは、お肉のちょうづめをかって……おかいものはおわり!」
手隙であるロア先導の下、ふたりはソーセージを求めて露店を徘徊する。
すると、先程豊と衝突した青年が店番をしている露天へと差し掛かった。
「いらっしゃい。なんだ、さっきの兄ちゃんか……。腸詰を買うならウチにしておきな。ウチは牧場直送で品質も値段いいぞ」
そう言い切る彼の売り文句に違わず、木版に掲示されている値段を見ると、小銀貨一枚で一皿分に相当する。
「良心的だ。ロアちゃん、ここで買おう」
「うん!」
「まいど、奥から在庫を出すからちょっと待っててくれよ……」
豊達が足を止め、意識が買い物へと集まる最中。ロアによる支払いを待っていると、人混みの中から突如として、顔をバンダナで隠した少年が、豊に向かって衝突して来た。
もちろん、豊の図体で子供に倒される事などはあり得ないが、その瞬間だけは意味合いが違ってくる。
「ぬっ!?」
気付けば、豊の靴紐が硬く左右で結ばれ、足運びを阻害したのだ。このままでは一歩たりとも足を動かす事は叶わない。
「いつのまにっ……!!」
これは、複数の窃盗犯による連携であった。
まず最初に、買い物客と店員の意識が、金銭と商品のやり取りに集中している瞬間が狙われる。
次に豊は、大量の荷物を抱えたうえ、先程の失態で通常よりも警戒心を欠いていた。
更には、衝突して意識を逸らす事で、死角と視線誘導を最大限に活かしたのである。
豊の懐にあった財布と同時に、支払いの為に取り出していたロアの財布までもが、二人の盗人に奪われたのだった。
「わたしのおさいふ!!」
その仕掛けに気付いた頃には、既に二人の手が届かない範囲にまで逃走は及んでいた。
「【クイックアップ】!!」
豊は時魔術を使い、己の行動速度を上げて靴紐の分解へと取り掛かった。しかし、想像以上に複雑な絡まり方をしていた所為で、処置には現実時間で二秒の遅延が発生した。
この場にロアを置いていくわけにも行かない上に、初速が遅れた。豊は完全に泥棒の術中にハマったのである。
「くそ……!こんな人混みじゃ……!」
この雑踏の中で加速時魔術【ヘイストギア】を使えば、発動時の衝撃波によって、周囲の人々を吹き飛ばしてしまう恐れがある。それを見越しているかのように、盗人は悠々と人の間をすり抜けてゆく。
「ふざけるなよ……!こんな子供からも奪う輩に……!同情なんかしてるからこんな目に遭うんじゃないか……!!」
真っ先に湧いたのは、自分に対しての怒りだった。しかし、後悔している時間はない。
真っ先に飛び出そうとするも、二人の盗人は最終的に二手に分かれ、人混みへと消えた。
「兄ちゃん、アンタ完全に狙われていたみたいだな。奴等は常に複数で悪さをしやがる。ツキが無かった」
慰めにもならない言葉を聞き流し、豊が半ベソのロアを連れて帰路につくと、遠くから馬の嗎が響いた。
「おとうさんだ!」
道に刻まれた真新しい車輪の跡。それを見たロアは確信を持って駆け出す。
家の前にある厩舎の中には、二頭の馬が収まっており、干し草を食んでいた。
「この馬……。何処かで……」
見覚えのある馬とそのすぐ側には、巨大な二輪馬車があり、それらを手入れしている人物が二人を出迎えた。




