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……も

 病院正面玄関の二重のガラス扉を抜けて外に出る。途端に強烈な熱気に押し包まれて足を竦める。容赦ない日射に曝された街並は非現実的なまでに明るく、昨夜の体験の名残を探して竜仁は暫し呆然と視線をさまよわせる。


「我が君、いかがされました。やはりまだお加減がよろしくないのでしょうか?」

 ユリアが竜仁の身を案じて寄り添う。オレンジのTシャツにオフホワイトのデニムスカートというごく普通の格好で、もちろん剣を吊るしたりもしていない。


 だが純度の高い水晶を思わせる美貌に加え、結い上げられた白金の髪は宝冠さながらに輝いている。周囲の注目の的となるのはいつものことだった。ユリア本人はあまり気に留めていないようだが、くっつかれる竜仁の方はいささか居心地が悪い。


 廃ビルで正気に返ったユリアに突き飛ばされて失神したあと、竜仁は病院に運ばれて一夜を過ごした。精密検査の結果は特に異常なし。費用は全て鷹司の側で持ってくれた。ユリアを雇った責任と竜仁を頼った義理があるとはいえ、有り難いことだ。


「いや。ちょっとまぶしかっただけだし」

「そうですか。では」

 竜仁が否定すると、ユリアはあっさり頷いた。すぐに先に立って歩き出す。竜仁と腕を組もうとか手を繋ごうといった素振りは一切ない。ぼやぼやしていたら置き去りにされそうだ。


 後を追う。竜仁とユリアは主従であって恋人同士ではない。少なくともユリアの見解ではそのはずだ。騎士にふさわしく潔癖なたちのユリアが必要もなしにべたべたくっついてくることはない。竜仁もそれは分っている。


 けれど自分だってユリアを助けるため体を張って奮闘したのだ。ちょっとぐらい優しくしてもらったってバチは当たらないと思う。

 ひそかにやさぐれる竜仁に、ユリアが硬い声音で告げる。


「ともあれ、ご無事で何よりでした。ですが今後は危険な場所に勝手に踏み込むような真似はお控えください。出会った頃からすれば成長したとはいえ、竜仁様……我が君はまだあまりに未熟、とても一人で戦える技量ではありません」

「ユリアこそ、なんともないの? あんな目に遭ったんだからついでに診てもらえばよかったのに。脳とかさ」

 費用なら鷹司が進んで出してくれるだろう。果たして悪霊憑きがMRI検査等に引っ掛かるのかは定かでないが。


「ユリア?」

 返事がない。それどころか姿さえ見当たらなかった。まさか本当に置き捨てられたのかと思いつつ周囲を探す。いた。後ろだ。なぜか足を止めてうつむいている。竜仁は引き返して自称下僕の顔をのぞき込んだ。


「どうしたのさ。やっぱり具合が悪い?」

 病院に連れて戻った方がいいかもしれない。それとも鷹司に頼んで、あの賀茂とかいう男に来てもらうべきか。もし化け物絡みならきっと医者や竜仁よりも役に立つ。


「なんでもありません。参りましょう」

 ユリアはすぐに顔を上げた。何事もなかったように歩き出す。足元がおぼつかないといったこともなく、体調に問題はなさそうだったが、やはりどこか常とは違う。


「えっと」

 何かを言うべきだと思いながらしかし適当な言葉は浮かばない。

 歩きながらこそこそと様子を窺っていると、しまいに険しい表情で睨まれた。


「我が君」

「は、はいっ」

「……も」

「……も?」


 その場で気をつけをして続きを待つが、ユリアはやけにためらっている。それほど重大な内容なのだろうか。竜仁の心をバキバキに折ってしまうような。

 ためにためたすえ、ユリアはふっと顔を逸らした。


「も、もうし……もうすぐ、家に着きますね」

「え。う、うん。そうですね」

 それがどうした。だいたいこのあとまだ電車にも乗るし、言うほどすぐでもない。正直意味が分らない。


 そして会話が途絶えたまま、やがてアパートに帰り着く。居室に入るやいなや竜仁は腰砕けのように座り込んだ。ものすごく疲れた。肉体的にはともかく、精神的消耗度はたぶん昨夜の戦いを凌駕している。


「少し、よろしいでしょうか」

 だが、だれている暇はなかった。ユリアが竜仁の前に畏まって膝をつく。

「ああ」

 竜仁も姿勢を正した。瑠璃色の瞳を見つめ返す。視線が正面から結び合う。


「……も」

「……も?」

 一瞬またかと思ったが、今度はユリアは真っ直ぐ突き進んできた。


「……申し訳、ございませんでした。私の失態により我が君に多大なるご迷惑をお掛けしてしまいました。かくなるうえは、どのような処分でもお受けする所存です。決して抗わず、お恨みもしないと誓います。どうぞ良きようになさってください」


 頭を床にこすりつけるようにして下げ、そのままぴたりと静止する。

 謝られている。それは理解できる。理由も明白だ。しかし咄嗟に反応できない。

 ユリアは本気だ。もし竜仁が自害しろと言ったら、この場で即実行しそうな迫力があった。

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