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「ユリアー!!」

 雄叫びなど上げたら不意打ちの意味がない。しかしもはやそんなことはどうでもいい。全身全霊、魂の一撃を放つのみだ。


 ユリアが振り返る。赤黒く濁った瞳がさまよったのは刹那、すぐに竜仁の面上に据えられる。まるでこの世で最も憎むべき仇と対したような眼光に怯みつつ、それでも竜仁は止まらない。そこにユリアがいる。


 振り下ろしたのは同時、だが竜仁の剣はユリアの身に届かない。当然だ。竜仁は柄から手を離していた。

 正気でないユリアの表情にさえ驚きが走り、だが剣はなおも動き続け、赤黒い光を纏った刃が肩口から竜仁の中に沈んでいく。


 激痛だった。ユリアの剣は純粋に霊気から成っている。過去に竜仁が身に受けた際は、肉体への物理的な損傷は皆無だった。だから今度も大丈夫なことに賭けた。早まったかもしれない。

 前の時とは明らかに違っていた。肉を裂き骨を断つ感覚があった。もしユリアの魂があとほんの少しでも穢れに染まれば、竜仁の体は真っ二つに割られてしまうに違いない。


 まだだ。

 竜仁はもっと深くへと踏み込んだ。武器を捨てた手でユリアを抱き寄せて、抱き締める。ユリアの剣が竜仁の体の中で熱を発する。


「目を覚ませ、ユリア!!」

 渾身を使って叫ぶ。だが言葉だけではまだ足らない。

 思いきって唇を押しつけ、抱き締めた腕にきつく力を込める。息苦しそうに薄く開いた間から自分の舌をこじ入れる。ユリアの舌に触れる。ぞくりとする。ユリアがぞくりとするのを感じる。股間が固くなるが今はそれは気にしない。体の奥から湧き起こる震動を息吹に変える。竜仁がユリアの中に流れ込む。


 風が水面を渡ったように、ユリアの体に小波が走る。その震動が竜仁へと返り、新たな息吹となってユリアに伝わる。二人の間を息吹が巡る。巡る息吹が二人を結ぶ。この場は部外者侵入禁止だ。悪霊退散。


     #


 自分はいったい何をしているのだろう。

 幾度めになるのかも分らない問いを繰り返す。

 いや本当に繰り返しているのかさえ定かでない。自分がいつからこうしているのかも分らない。遥か昔から続けている気もするし、たった今始めたばかりの気もする。


 苛々する。

 ろくに狙いもつけないまま剣を振るう。相手は黒い服を着た男だ。さっきから貧弱極まる力で突っかかってきては、またすぐに距離を取って逃げ隠れするという真似を繰り返している。


 何がしたいのか分らない。だが別にどうだろうと構わない。その気になればいつなりと滅ぼせる。あえて気にするほどの価値もない。

 それより胸の内に巣喰う苛立たしさが問題だった。自分でない異物が存在している。それとも、あるはずのものが欠けている。

 苛々が増していく。その最大の原因がしだいに近付いてくる。もうすぐそこだ。


「ユリア、だよな……?」

 何物だ。苛々する。戦闘力は取るに足りない。黒服の方がずっとましだ。

 それなのに無視できない。不可思議な力が胸を圧迫している。苛々する。

 剣を振る。苛立ちの元を排除する。だがしのがれた。思ったよりはできる。ただ今はこちらの攻撃も半端に過ぎた。体が思うように動かない。自分の意思が伝わらない。苛々する。


「ユリア、僕が分らないのか!?」

 うるさい。むやみに喚くのは弱さの証だ。耳に入れる価値はない。だが深い場所に突き刺さり、心を揺り動かすように迫る。


 認めない。自分が従うべき意思はただ一つだ。それ以外に屈することなどあり得ない。

 苛々を粉砕するために打ちかかる。小賢しい受けを弾き飛ばす。大きく斬りつける。ついに追い詰めた。これで終わりだ。


 終わる。終わらせる。終わるのか。終われるのか。誰が。自分が。自分とは誰だ。

 意識に混乱が生じた瞬間、別方向から攻撃が放たれる。うっとうしい。邪魔をするな。

 怒りを込めて打ち払うと、激しくまばゆい光が迸った。反射的に目を庇い、やがて暗闇が戻った時には、苛々の元は物陰に潜んでいた。


 だが直接視界に入らなくても、この距離なら気配は容易に察知できる。なぜ逃げようとしないのか。力の差は歴然だ。死ぬ気なのだろうか。ならばこそこそせずに自分の前に姿を現せばいい。今度こそ望みを果たしてやる。

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