歩いて帰ろう
ユリアの雰囲気は一変していた。竜仁はゴルフバッグに手を掛けた。再びユリアの聖剣が必要になる事態が発生したのか。
やがて小さな光が見えてくる。新たな化け物の登場、ではなかった。ごく普通のハンドライトだ。それも持ち手は竜仁の知っている人だった。
「こんばんは」
悠揚と現れた鷹司凛子は、雅やかに微笑した。既に夜も遅く、さっき呼び出してからまだいくらも経っていないというのに、髪も服装もきっちりと整えられている。
「ユリアちゃん、元気になったのね。良かったわ」
「いったいなぜ貴方までここに来たのだ。それに……」
ユリアは硬い面持ちを崩さないまま、鷹司の背後に視線を向けた。
竜仁はひどく驚いた。いつの間にか知らない男がいた。鷹司と共に来たのだろうが、全然気配を感じられなかった。
およそ二十代半ばぐらいか、細身の体に白いシャツと黒いスーツというごく普通の出で立ちだ。ネクタイは締めていないが、弛んだ感じは全くない。むしろその反対、まるで研ぎ澄まされた刃物のように冴え冴えとした印象だった。あとついでにかなりの美形だ。
とても平凡なサラリーマンとは思えない。非合法まではいかないまでも、日常の裏側を歩いているような佇まいだ。例えばホストとか?
鷹司は同行者については触れず、ユリアの質問に答えた。
「武大くんに呼ばれたのよ。花見沢さんと二人きりでいて、ちょっと他の人には言えないようなことをになっちゃったから、私にも来てほしいって。ね、武大くん?」
「……我が君?」
「えっと鷹司さん、僕そんな怪しげな書き方してないですよね」
竜仁の訴えを鷹司はさくっと無視した。花見沢の傍に寄ると気遣わしげに何か話し始める。花見沢は明らかにほっとした様子になっていた。やはり鷹司に来てもらったのは正解だったようだ。
「すいません、あとはよろしくお願いします。もしまた何かあったら連絡してください。ユリア、帰ろう」
竜仁はユリアの腕を引っ張るようにして歩き出した。ユリアはまだ言いたいことがありそうだったが、強いてとどまろうとはしなかった。
夜の公園は森閑としていた。だが黒犬を倒したせいか、空気が和らいでいるような感じがする。街灯が地面に作る光と影の領域を踏み越える。
「鷹司と共にいた男……我が君はご存じですか」
「知らない、けど。ユリアもあの人のことが気になるんだ」
「もちろんです」
「へ、へえ、そうなんだ」
確かに凄い男前ではあった。本当にナンバーワンホストか何かかもしれない。
「あれは……」
「うーん……」
「ただ者ではありませんね」
「鷹司さんの彼氏なのかな」
「は?」
「え?」
二人は顔を見合わせた。一瞬後、素知らぬ振りで前に向き直ろうとした竜仁の二の腕を、猛禽が獲物を捉えるようにユリアが握り締める。
「我が君、なぜそのようなことを気にするのです?」
「痛っ」
「凛子にそういう相手がいようがいまいが我が君には関係ない、違いますか?」
「そ、その通りです! 別に深い意味はないんで気にしないでください! 僕ももう気にしませんから!」
「……では今日のところは良しとしましょう。我が君もお疲れでしょうから」
締め付けが緩む。竜仁は思わず吐息を洩らし、だが直後にさらなる緊張に襲われた。
ユリアが再び腕を取っていた。だがさっきまでとは全然違う。仄かな熱と柔らかみが、竜仁を優しく包み込む。
「ユ、ユリア……?」
「なんでしょう。何かご不満でも?」
「いや、ないです全然。これっぽっちも」
「ならば結構。早く家に帰りましょう、我が君」
「う、うん……」
病み上がりのユリアは少し汗の匂いがした。だがそれは生きてここにあることの証だった。
(第三話 「兆し」 了)




