挟み撃ち
竜仁は真顔になった。しょせんゼミでの自分の存在など人間以下であるらしい。
「ブタじゃなくてブダイです。武士の武に、大中小の大」
「ああっ、そうそう、そうだった。最初のゼミの時の自己紹介聞いて、立派そうな名前のくせになんだか貧弱な子だなあって思ったの。それでうっすらと憶えてたんだよねー……あ」
花見沢は気まずそうに沈黙した。竜仁は怠い体をふらつかせながら立ち上がった。放り出してあったゴルフバッグを拾い、ユリアの聖剣を中に納める。
そして前置きもなくスマホを操作しだした竜仁に、花見沢がためらいがちに問い掛ける。
「武大くん、ひょっとして怒ってる?」
「すいません、ちょっと待ってください……ああ、よかった、鷹司さん来てくれるそうです。ということなので、僕はこれで」
「へ? 武大くん!」
もうこの場にいる意味はない。そそくさと立ち去ろうとした竜仁だったが、花見沢にがっきと手を掴まれる。案外に強い力だ。
「こんな状況で一人にしないでよ。意地悪」
「痛っ、爪を立てないでくださいよ。鷹司さんが来るから大丈夫ですって。あの人は僕なんかよりずっとしっかりしてますし」
「それならせめて来るまでは一緒にいてよ……駄目?」
「まあ、いいですけど」
「ほんと? よかったー」
花見沢は笑顔を浮かべた。これまでに見た中で一番飾り気のない、それでいて華やかな表情に、竜仁は一瞬見惚れそうになった。だが花見沢はすぐにまた獲物を狙う肉食獣のような雰囲気を漂わせる。
「ところでさ、凛子ちゃんとはどういう関係なの。まさかつき合ってるとか?」
「あり得ません。僕なんかが鷹司さんみたいな人とつき合えるわけないじゃないですか」
「だよね。でもじゃあなんでここで凛子ちゃんが出てくるわけ」
「詳しくは説明しづらいんですけど、前にも似たようなことがあったんです。なので話が早いし、花見沢さんとも知り合いですから、男の僕がいるよりいいんじゃないかと」
「武大くんは凛子ちゃんも化け物から助けたことがある……そういうことかしら」
「一応そんな感じです」
話が余計ややこしくなりそうなので、ユリアのことは黙っておくことにする。
花見沢は竜仁の手を掴む力を緩めた。だがそれで放してくれるのかと思いきや、なまめかしい動きで撫でさすり始める。
「武大くんって実は強い人だったんだね。普段全然そんなふうに見えないのに。いいじゃん。素敵」
「べ、別に僕なんか全然大したことないですから! まだまるで修業が足りなくて、今だってどうしたらいいのか分らないし……」
「いいよー、そしたらおねーさんが手取り足取り教えてあげる。ちゃんとできるまでつき合ってあげるから。ね?」
「却下だ。我が君のお世話をするのは下僕たる私の役目、よその人間がしゃしゃり出る余地などない」
心臓が止まるかと思った。竜仁は振り返ることさえできなないまま、背筋と声を震わせた。
「どうしてここに……寝てるはずじゃ……?」
「ご心配をお掛けしました。未だ完全ではありませんが、おおむね回復しましたので」
絶世の美少女、ユリアが竜仁の傍らに進み出る。結い上げることなく背中に垂らされた白金の髪が、夜にあってなお煌らかな光を放つ。錐を揉み込むような瑠璃色のまなざしに、竜仁はほとんど物理的な痛みを覚え、花見沢の元から強引に手を抜き取った。ユリアは満足そうに頬を緩める。
「これも我が君が励んでくださったからです。おかげで濃厚な精気をたっぷりと吸収することができました」
無理をしている様子はなかった。本当に精気が戻っているようだ。おそらく黒犬との戦いを通じて、竜仁は多少なりともユリアの次元に近づくことができたのだろう。それでユリアもこの世界にもっと深く繋がれるようになり、必要な霊力を取り込むことができたのだ。
だが花見沢にそんな事情が分ろうはずもない。ユリアと竜仁を半眼で眺め回す。
「へー、濃厚なセーエキをたっぷりとね。可愛い顔して言うじゃないの」
「違いますからね? 変な誤解しないでください」
「誤解? どこが?」
「僕とユリアはちょっと特殊な関係で……花見沢さんが想像してるようなのじゃないんです」
「我が君、そもそもこの格好からしてはしたない女は何者なのです。どういうつもりで馴れ馴れしく手など触らせていたのですか。まったく、もし私が参らなければ今頃どうなっていたことか。ふしだらな」
「違うんだって。ユリアも誤解してる」
「していません」
「……はい、すいません」
ユリアに一睨みされ、竜仁は下を向いた。下手に言い訳しようものなら、鍛練という名の折檻がいっそう厳しくなるに決っている。
「ねえ、武大くん」
花見は眉をひそめた。
「きみはロリコンで、しかもマゾなの? いくら美少女でもこんな子供の言いなりになるのはまずくない? 喋り方もなんかイタいしさ。あんまり関わらない方がいいと思うな。恋愛するならちゃんと大人の女を相手にしようよ」
「我が君、このような淫婦の世迷言に耳を貸してはなりません。きっとお疲れのことでしょう。どうぞ疾く帰って湯浴みなどなさいませ。私がお背中をお流しいたします……も、もちろん、我が君がご迷惑でなければ、ですが」
「うわ、この子カラダ使って男たらしこもうとしてるし。引くわー。まだ下の毛も生えてないようなガキのくせに」
「無礼な、私だってそのくらい生えている! 我が君に聞いてみるがいい!」
「ふうん……やっぱりそういう関係なわけね」
「いやいやいやいや待ってくださいそうだけどそうじゃなくて!」
抜き差しならない泥沼に嵌まり込んだかのごとき状況は、しかし唐突に終わりを告げた。ユリアは花見沢との諍いを放置して、鋭く後ろを振り返った。




