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黒犬再び

 花見沢恭子は少しばかり後悔していた。思ったよりもガチで怖い。

 ほぼ人通りも絶えた深夜の公園だ。一人歩きをする気にはちょっとなれないが、今は彼氏と一緒である。痴漢や変質者の類はとりあえず心配しなくても大丈夫なはずだった。


 特に深い意味はなかった。ちょっとした酒のつまみの戯れ言だ。

 森林公園に夜な夜な黒犬の化け物が出るらしい。大学のゼミで小耳に挟んだそんな噂話を、恭子は(くぬぎ)海斗(かいと)に吹き込んだ。


 なんでもカップルでその黒犬を目撃すると呪われるらしいのだが、その内容が笑える。

「したくてたまらなくなるんだって。それも一晩中ノンストップで。で、終わった時には二人とももうヘロヘロで、足腰立たなくなってるの。それで大事な面接とか試験を素っ飛ばした人もいるみたい」

「はは、なんだそりゃ、面白そうじゃねえか。今から行ってみようぜ」

 海斗は頭も腰も軽い奴だった。


 疎らにある街灯のおかげで、足元の道はかろうじて見えている。恭子は周囲の暗闇から顔を背け、海斗の腕を抱え込んだ。

「どしたよ? らしくねえじゃん。まさか怖がってんの? 恭子ってこういうの苦手だったっけ? 意外ってか、ウケるんだけど」

「いいからもう帰ろうよ。なんかすごい雰囲気悪いし、ほんとになんかいそう」


「だーいじょーぶだって。いざとなったら俺が守ってやんよ。ほら、とりあえずそこ座ろうぜ」

「……うん」

 二人はベンチに腰を下ろした。まるで直前まで誰か使っていたみたいに妙に生温かく感じられ、恭子は居心地悪く身じろぎした。


「へへ、もうその気になっちゃってんのかよ。まだ化け物も何も出てないってのによ。やらしい女だな」

「違っ、ん……」

 恭子の反応を都合よく解釈した海斗が唇を合わせ胸を揉んでくる。そんな気分じゃない。恭子は思った。なのに体がおかしなほど熱くなってくる。


 海斗の絡める舌に自分からも応え、肌をまさぐる掌に積極的に身を委ねる。背骨を電気のような痺れが走る。早くも濡れてきているのが分る。刺激がいつもよりも深く身の奥へと響く。全身の感覚がやたらと鋭敏になっている。微かな葉擦れや風のそよぎまで耳が捉え、離れた所から届く視線が針のように肌を穿つ。


 ぞくりとした。海斗の指に弄られ悶えながら、恭子は首を捻じ向けた。地面近くの低い位置から、こちらを見上げる影がある。

 小さな黒犬だ。恭子と合った目が、溶岩のように赤く光る。


「……ひっ、きゃあっ!」

「うおっ!? ちょっ、な、なんだよ恭子、びびらすなって」

「か、海斗、あれ、あれっ」

 海斗の顔を掴んで強引に横へ向けさせる。


「ねえ、逃げ……」

 逃げよう、と言い終えるよりも早く海斗は腰を浮かせ、抱き合っていた恭子の体を強引に振り払った。

「痛っ」

 地面に投げ出された衝撃に息が詰まる。尻もちをついた格好でどうにか身を起こし、恭子は唖然とした。守ってくれるはずの彼氏は、既に脱兎の如く逃げ去っていた。


 急に吐き気が込み上げた。ひどく厭な匂いがした。漂ってくるというよりも強く、まるで発生元がすぐ傍にあるように感じられる。手を、どころか、舌を伸ばせば触れられそうなほどの真近だ。

 べろり。

 粘ついた軟らかいものがじっとりと耳を這っていった。性的興奮の故にではなく、恭子はぐっしょりと下着を濡らした。




「……んあ?」

 しまった。またいつの間にか落ちていた。今度は特別な夢も見ていないので、ただの普通の居眠りである。

 だが竜仁だって昨夜は化け物退治で走り回っていたのだ。確かに上げた戦果は乏しいが、消費した体力はきっとユリアより多い。少しうとうとするぐらいは許されたっていいはずだ。


 そんな竜仁の気持ちを慮ってくれたかのように、背中に毛布が掛けられていた。

 ユリアか。いつもこんなふうに優しかったら、きっと毎日が楽園だろう。

 清らかで可憐な美少女が竜仁のことを「我が君」と呼び、甲斐甲斐しく仕えてくれる。妄想の翼をどこまでも広げられそうだ。

 けれど現実のユリアはとても厳しい。竜仁がだらけていることを許さず、鍛錬の場では容赦なく打ちのめす。


 正直もっと手を抜いてほしいと思う。単に竜仁のためばかりではない。いつも気を張り詰めてばかりいたら、ユリアだって疲れてしまうに決っている。だからせめて暫くの間はのんびりと休んでくれれば――ユリア?

 まだ半ばうとうとしていた竜仁の意識が一気に覚醒した。さっきまでユリアが寝ていたはずの布団が空だった。

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