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黄色い車

 ユリアのことで相談したいという旨のメッセージを送ると、鷹司はすぐに了承の返事をくれた。昼休みの厚生棟前で待ち合わせる。色鮮やかな花柄のワンピースを上品に着こなした麗女は、竜仁がぐだぐだと前置きしようとするのをばっさりと遮った。


「ユリアちゃんのことで話があるのよね。彼女がどうかしたの?」

「その、きのうって鷹司さんの所でバイトでしたよね。それで帰ってから様子がおかしいっていうか、ぼうっとしてることが多い感じなんです。それでもしかして何かあったのかなって」


「うーん、すぐに思い当たることはないわね。とりあえず詳しく話を聞きたいわ。ここだと人が多くて落ち着かないから、外にランチに行きましょう。いい?」

「はい、喜んで。話につき合ってもらえるお礼に、僕奢りますよ」


「ううん、大丈夫よ」

 鷹司の笑顔に曇りはない。遠慮や駆け引きとかではなく、竜仁に奢られる筋合いをかけらも感じていないのは明らかだった。


「そうですか」

 竜仁はあえなく引き下がった。姑息なやり方は通じない。本当に親しくなりたいのなら、気持ちをはっきり言葉と行動に表すべきだった。

 まずはお友達から始めよう。竜仁は新たな段階に進むべく気合を入れた。


「あら、ユリアちゃんだわ」

「え?」

 鷹司の意外そうな声につられて、視線を前に向ける。本当だ。大学へと続く並木道、木漏れ日を受けて輝く白金の髪は見紛いようもない。


「ユリア? どうしたんだよ」

「我が君!?」

 早足で近付いて声を掛ける。ユリアは弾かれたように顔を上げた。瑠璃色の瞳に明るい光が閃いて、しかし次の瞬間にはどんよりと濁る。


「我が君……その女と何をしているのです」

 竜仁の隣にはもちろん鷹司がいた。忘れていたわけではないが、迂闊だった。

「や、別に、ちょっと昼飯でも食べに行こうかって。それだけだよ。他の意味なんてないから」

 ユリアのことで相談に乗ってもらいたくて、などと当人の前ではまさか言えない。ユリアは竜仁をじとりと睨む。


「なんだよ。僕には疚しいことなんかないからな」

「そうですか。朝の負傷の影響が残っていないようで何よりです。では私はこれで」

 軽く一礼すると、さっさと踵を返してしまう。


「おい、ユリア?」

 竜仁が呼び止めても無駄だった。ことさら走り出しこそしないものの、小さな後ろ姿はどんどん遠ざかっていく。

 どうせ帰る先は竜仁の家だ。放っておいてもまた会うことになる、のだが。


「追い掛けなくてもいいの?」

「はい、いえ、でも……すいません、やっぱり!」

 鷹司には畏れ多いことながら、今はユリアが心配だった。幸いまだ少女は視界の内にいる。走れば十分に追いつける。


「ユリア!」

 舗装された路面を蹴って速度を上げる。特訓のおかげで体は以前とは比べ物にならないぐらいによく動く。この程度の短距離などわけはない。


 だから途中で足を緩めたのは、疲れたり息が切れたせいではなかった。

 腹に響くエンジン音が後ろから迫り、竜仁の横を通り過ぎると、少し先で位置を止めた。いかにも馬力の高そうな黄色の車が、ユリアに横付けしている。


 左ハンドルの運転席の窓が開く。細面ながらやけに迫力のある男が顔を出し、ユリアに何事か話し掛けている。

 ナンパか? 一瞬焦った竜仁だが、どうせユリアが相手にするわけはない、とすぐに思い直した。ただ無視されるだけならまだましだろう。下手にしつこくしようものなら、きっと自慢なのだろう車がスクラップにされかねない。いざとなったらユリアを止めに入るべく、竜仁は慎重に様子を窺った。


「は……?」

 だが信じられないことが起こった。

 ユリアはごく真剣な表情で頷くと、助手席側に回り込み、ドアを開けて乗り込んだ。再び太い音が鳴り渡り、車は急発進&急加速であっという間に見えなくなっていた。


「え、どういうこと。今の誰だよ。どこ行ったんだよ」

 思わず口から問いがこぼれる。だが答えられる者はこの場にいない。竜仁の隣に追いついてきた鷹司も、全く納得いっていないという風情だった。


「絶対おかしいわよ。あのユリアちゃんが、どこの馬の骨とも知れない男の誘いに簡単に乗るわけないもの。何か騙されてるんじゃないかしら?」

 全く以て同感だった。それにそういう理屈を抜きにしても。


「すごく嫌な感じがする」

 ちらりと見えただけでも、かなりのイケメンであるのが分った。ただの嫉妬だと言われたらそれまでだ。だけど違う。おそらく他に何かある。

 その場で叫び出したい衝動を、竜仁はかろうじて抑え込んだ。胸の奥で黒い蛇がのたうっつような心地がしていた。

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