意気地なし
この時はいつか終わってしまう。だけどそれは今ではない。
「我が君、まだです! もっと続けて!」
竜仁にまたがったユリアが厳しい叱咤を放つ。初めてした時に比べれば、竜仁の持続時間はずっと長くなっているはずだ。だがそれでもユリアは許してくれない。
「くっ」
知らず、呻き声が洩れてしまう。限界はもうすぐそこまで迫っていた。
竜仁の動きが鈍ったのをユリアは敏感に察知する。股の間で竜仁をぐいぐいと締めつける。
「もう終わりですか? 情けない。我が君には私を悦ばせようという気持ちがないのですか?」
「そんなこと……言われても、やっぱり僕もう……」
「我慢してください。ここからが肝心です」
ユリアは自ら腰を前後に揺すった。弱音を吐く竜仁をさらに追い込んでいく。
「お腹の奥を貫くつもりで、強く、速く、振ってください。さあ、どんな感じがしますか?」
「あ、熱いよユリア……もうどうにかなっちゃいそうだ……」
体の内圧が急速に高まった。ユリアに絞られながらの営みでこれまで溜まりに溜まっていたものが、抑えきれずに滔々と迸る。
「ああっ」
下半身がびくびくと痙攣し、次の瞬間一気に脱力してしまう。竜仁はもはやすっかり萎えていた。これからまた再び己を立たせることなど思いもよらない。
そんな竜仁の状態を、ユリアは我が身のことのように感じ取ったに違いない。
さらに求めることはせず、ぐったりした竜仁の上から降りると、傍らでため息をついた。
「……意気地のない」
竜仁に向けたというより、思わず口から零れたというふうだった。それがかえって心に刺さる。
誰もが羨むような美少女との同棲生活も、早二週間以上が過ぎている。だが竜仁は肉体面では未だユリアを満足させられていなかった。
こんな体たらくではとても主だなどとは名乗れない。
「ごめん。役立たずだよね、僕」
「全くです」
竜仁の自虐にユリアは容赦なく応じた。
「上手くできないのは仕方ありません。私と出逢うまで我が君にはこういうことをする機会がなかったのですから。ですが、それにしても果てるのが早過ぎます。なんとか最後までやってやろうという気概が感じられません」
滅多打ちにされたボクサーみたいに、竜仁は地面に大の字に引っ繰り返っていた。小さな公園に他に人の姿はなく、朝の空気と土の冷たさが火照った体に気持ちいい。
しかし弱者には束の間の安息さえ与えられないようだ。
「いつまでだらしなく休んでいるのですか。さっさと起きてください」
竜仁はさすがにむっとした。
女子としても小柄で軽いユリアだが、肩車してのスクワットは相当にきつい運動だ。しかもそれを臍下丹田に氣を練るなどという怪しげな行法と共にやるのである。
明らかに竜仁のできる範囲を超えている。それなのに健気に指示に従って、だが無理をしたせいでせっかく練った氣を散らしてしまい、ついに精も根も尽き果てたという状況だ。
少しぐらいねぎらってくれてもばちは当たらない、と思う。
例えばそう、頬にそっと優しくくちづけをしてくれるとか。
ユリアに拗ねた視線を向けた時、盛大に腹の虫が鳴いた。それも計ったように二人分だ。
「これは違います」
頬を染めたユリアがお腹を押さえる。
「僕は何も言ってないよ。だいたいお腹が空いたぐらいで恥ずかしがる必要なんてないし」
「だからこれは違うと……そもそも、我が君の食生活は貧し過ぎるのです。この地域が飢饉にあるわけでもないのに、なぜ十分な食事を摂らないのです?」
逆ギレ気味のユリアの問いに対する答えは簡単だった。
貧乏だから。
竜仁は暗い気持になった。肉体ばかりか甲斐性でもユリアの主には不足のようだ。
「休憩は終わりです。もう一度初めからやりましょう。上に乗りますからしゃがんでください」
「ごめん。今朝はもう無理」
「我が君!」
ユリアの声を聞き流し、竜仁はゆるゆると体を起こした。置いておいたスマホを回収するためベンチに向かう。
「あれ」
通知ありを示すLEDが点滅していた。
「鷹司さんから? なんだろ」
鷹司凛子は同じゼミに所属する才色兼備の麗女である。少し前にはとても他の人には言えないような濃密な体験を共にした仲だが、現在までのところ日常的にメッセージを送り合う間柄には至っていない。
“おはよう。折り入って話したいことがあるので、お昼休みに学食のカフェに来てください”
なかなかに意味深そうな内容だった。とはいえ具体的なことは何一つ分らない。
「折り入って、か。気になるけど、直接会って伝えたいってことなんだろうし、用件は訊かない方がいいよな。『了解です。楽しみにしています』、と……いや待て、話をするだけで楽しみにしてるってのも変じゃないか? どうしよ」
うんうんと悩んだ末に、結局ただ“了解です”とだけ記して返信する。少し経って既読に変わり、だがそれ以上の返信は来なそうだった。
「ふうっ」
安堵と物足りなさが入り混じった吐息をつく。
「……我が君?」
「ひぃっ!」
心臓を直に掴まれたみたいな気がした。