アルバイト
ユリアは瑠璃色の瞳に鈍い光を湛えて竜仁のことを凝視した。
「私との鍛錬は無理でも、あの女といかがわしいことならできるというわけですか。それが我が君のお心ですか……まことにもって無念です」
「ユリア待って、きっと誤解してる! メッセなんて誰でもするから! 必要があれば全然なんとも思ってない相手に連絡することだってあるから!」
言っていて微妙に切ない気分になってきたが、ユリアをなだめるのが先決だ。離れた場所にいる相手と言葉を伝え合うというのは、異世界人にとっては魔法めいた特別な行為と映るのかもしれない。しかしこちらではごく普通のことなのだと納得してもらわなければならない。
「しかし我が君は他の誰ともしていないではないですか。あの女を相手にしたのも、部屋に押し入った夜以来のことです。それとも私が知らないだけで我が君は節操なく誰とでもしているのですか? 私がお側にいてご奉仕するだけでは満足できないのですか?」
「ちょっ、ユリア声大きいって。あと変な言い方しないで」
中学生と思しきジャージ姿の少女が、竜仁から不自然に距離を取って公園の中を通り過ぎていく。走り出すぎりぎりの早足で、極力こちらを見ないようにしている感じだ。彼女がここを近道として使うのは今日限りかもしれないと竜仁は思った。
「確かに相手は鷹司さんだけだけどさ、それは僕がぼっちだからで、普通の人はもっとたくさん何人もの相手とやり取りするし……って、そんなことはいいんだよ。今日は一限必修なんだ。もう行かないと」
「しかし今朝の分の鍛錬がまだ済んでおりません」
「だったらユリア一人で気の済むまでやってなよ。朝ごはんは自分でパン焼いて食べられるよね。粗末過ぎて君の口には合わないだろうけど、それしかないから我慢して」
「我が君……」
途方に暮れたような表情を浮かべるユリアを置いて、竜仁はアパートへ戻る道を急いだ。
食堂ほどの混雑ではないが、二階にあるカフェも昼休みにはだいたい席が埋まってしまう。竜仁は午前の講義を自主的に短縮し、早めに厚生棟に赴いた。
待ち合わせなので入口に近い場所の方が便利かもしれない。そう考えながらカフェに足を踏み入れた竜仁だが、すぐに奥の窓際のテーブルに目がいった。
向こうもこちらに気付いて軽く手を振って寄越す。竜仁は反射的に頭を下げると、主人に呼ばれた召使いのようにそそくさと近付いた。
「早かったわね。急に呼び出したりして大丈夫だった?」
鷹司が雅に微笑む。グレーのカットソーに黒のスリムパンツというシンプルな装いなのに、貴族のような気品を感じさせる。
竜仁は暫し馬鹿みたいに突っ立って、「座ったら」と促されてようやく麗女の対面に腰を下ろした。
「それで、話っていうのは……」
口の中がやけに乾いている。テーブルに置いてあったプラスチックのコップを取り上げ、一息で飲み干す。
「あら」
凛子が小さく声を上げた。それで竜仁は己がやらかしてしまったことに気付いた。
「あ……すすすいません、これって鷹司さんの飲みかけですよね、すぐに新しいの持って、いやお詫びに何か買ってきますから。何がいいですか?」
「そんなこと気にしないでいいわ」
「だけどそれだと僕の気が済まな……」
「いいから」
鷹司は微笑を湛えたままだ。しかし得も言われぬ風圧のごときものを感じて、竜仁は思わず身を縮めた。
「……はい。すいません」
「本題に入るわね。わざわざ武大くんに来てもらったのは、アルバイトを紹介したかったからなの。相場よりもずっといい条件よ」
「それは」
まるで予想もしていない話だった。しかしなかなかにありがたい。ユリアという同居人が増えた今、新たな収入源は是非とも欲しいところだ。
「何の仕事ですか?」
家庭教師とかだろうか。たとえば鷹司の親戚の子だとしたら、きっと上流階級に決まっている。高額の時給が期待できるだろう。もっとも仮にそうだとして竜仁に務まるのかは疑問だが。
「家事手伝いよ」
「え?」
「私のうちの」
「へ?」
聞き違いかと思った。無礼にもついまじまじと見返すと、凛子はいとも楽しげな、まるで夢見る乙女のごとき表情を浮かべた。
「実はね、昨日とっても素敵なお洋服を見つけたの。絶対に似合うだろうし、あれを着て働いてるところを想像したらもうわくわくしちゃって。そういうことなんだけど……どうかしら。引き受けてもらえそう?」




