エピローグ
17話との同時投稿です。
「魔法っていたら、転移じゃない。普通。なんでないのよ!」
「異世界の創造物をここにあてはめるな。あるわけないだろう、転移なんて」
「竜の存在とどっちが現実的かっていったら、絶対転移よ。そもそもねぇ」
「あったぞ、理髪店」
城の裏側からこっそり街へ降りるには、正門を通るよりも大分遠回りだ。目立つ馬車も使えず、ここまでかなり歩くことになる。それに合わせて、簡素なワンピースと、街歩きにぴったりな低いヒールの靴を履いてきた。転移で一瞬の移動をしたいところだが、そんなものはないと言われてしまった。
歩きたくない、というマツリの期待を切って捨てたタカユキも、今日は甲冑も軍服も脱いでいる。向こうで良く見たスーツ姿も悪くないが、上背のある彼は詰襟の軍服がやけに似合う。目立ち過ぎる、という理由で、今日は、ごく普通の町人の格好を選んだようだった。
デートみたい、という考えが浮かび、恥ずかしくなってすぐに打ち消す。
「こんにちは」
「はいよ、いらっしゃい。おお、お嬢さんのような子が行く美容室は、もう少し先だよ」
「いえ、髪を切りにきたのではないの。ここに、柘植の櫛が売っていると聞いて」
「ああ、なるほど。ちょいとお待ち」
今日は、あの日買えなかったサリウェンへの土産を改めて買いに来た。良い素材を選びたいと思えば値も張ったが、異世界人様、とばかりに城で珍重されているマツリには必要十分な資金があった。
結局、マツリはいまだに城で暮らしている。エルはヴィオレットの死を受け入れ、同時に、マツリに対して謝罪をした。それをあっさり受け入れたことに、タカユキは苦言を呈したが、マツリはそれを笑って退けた。
人は変わる。かつてセルジュに感じたそれは間違いだったが、何より、マツリ自身が変わったのだ、自分が証拠となれば信じるほかはない。
城を出て暮らしたいという希望はあったが、対外的には、宗教団体の襲撃があったばかり、その状態で外へ出るというのはなかなか許されるものではない。マツリには竜の魔力があり、ちょっとやそっとの相手には負けることはないだろうが、その事実はいまのところ身近な人間以外には秘匿された。異世界人でかつ竜の加護があるとなれば、利用しようとする有象無象がわいて出ることは確実だからだ。
アステルに世話をされ、サリウェンと城の職員に向こうの知識を細々と伝え、つまり、以前とほとんど変わらない生活をしている。
ただひとつ変わったのは、タカユキとの関係だけだ。彼は正式に、タカユキ・サニウェレとして騎士に登用された。そして――いずれ一緒に住むことになっている。
異世界人としていつかお役御免になる日が来るだろう。その頃になったら、街に所帯を構え、共に暮らす。お互いにそう決めた。
それまではこうして、黙認の形で出歩くだけで我慢だった。
「よし。あとは何かついでに買うか。そういえば、指輪の一つも買わねばな」
「なんかムードがないのよね、貴之さんって」
ならば、という顔で耳元に囁かれた一言に、顔が真っ赤になるのが分かる。恥ずかしさを隠すために、タカユキを置いて砂糖菓子の店へとぐいぐい歩いた。彼は笑いながら、後ろを着いてくる。腹立たしいこのこの上ない。
菓子を買い、あとは石鹸や香水を見繕って、気がすんだら城へ戻る。土産を買いに行ったと知っているサリウェンが、首を長くして待っているだろう。今日はエルと夕食を一緒に取る約束をしている。ドレスを吟味しながら、アステルも待ち構えているに違いない。
「この櫛で、サリウェン先生の髭もつやつやね!」
手に抱えた荷物を、タカユキが横から持ってくれた。空いた手をとられ、傷の残るその掌に、微笑んだ。
急いで戻らなければ。待っている人がいるから。
だから隣を歩く人と一緒に、あたたかいこの春の日――さあ、おうちへ帰ろう。
<完>
完結となります。
最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございました。
恋愛要素が思ったよりも薄くなってしまいましたが、楽しんでいただけたのなら幸いです。