9.見た目と性格の違い
こちらに向かって跳んだ一角兎は眼前に迫っている。
いまさら剣を抜いたところで間に合わない距離に、マリオンは咄嗟に体を逸らしたがそれも無意味なことだと悟る。
痛みを覚悟し、腕で顔を庇って目を閉じた。
「”疾くいけ! 氷の槍!!” 」
優しげで可愛らしいユーリからは想像もつかないような厳しい声がマリオンの耳に届いた。
(ああ、ユーリ様怒ってるよね……当然か )
記憶喪失と性別を偽っているだけでも心苦しさは十分あるが、ただでさえお荷物の自分が勝手に危ない目にあったりしていては呆れられ、怒りを向けられても仕方ない。
そう思うと気落ちしてしまった。
そして、ふと気づく。
痛みがいつまで経っても襲ってこないことに。
(ああ、ユーリ様の魔法で―― )
腕をゆっくりと顔から外しおずおずと目を開くと、足元には氷付けの一角兎が転がっていた。
それからユーリの顔に目を向けた。
額からは汗が流れ落ち、その美しい顔には銀の髪が張り付いている。
肩で大きく息をしてマリオンをじっと見つめると、すぐに顔を下に背けた。
その顔が泣きそうに歪んでいたのをマリオンは見逃さなかった。
「ユーリ様……あのっ――― 」
「心配したんだ! 本当に……、無事で、よかった…… 」
「―――っ…… 」
なんて声をかけたらいいのか分からない。
ただ、自分を心配してここまで急いで来てくれたユーリに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
それからお互いが何も言葉を発しないまま、数分の時が流れた。
マリオンは意を決すると、拳を握り締めたまま立っているユーリの手を取った。
ユーリの体がびくりと揺れたが、そのユーリは顔を上げようとはせず、マリオンの顔もみようとはしない。
マリオンはしゃがみ込むとユーリの顔を見上げ、口を開いた。
「ユーリ様…、心配かけてすみませんでした 」
その言葉にユーリが唇を噛んだ。
「―――本当に、心配した、んだ。俺が間に合わなかったら、マリオンは怪我だけじゃすまなかったかもしれなかったんだ 」
いつもと違う口調――、気の置けないアル達と話す時のような少しぶっきらぼうな喋り方。
黙っていれば美少女なその見た目からは想像できない喋り方につい笑みが零れてしまう。
「笑い事じゃない! マリオンは旅に慣れてないのに……。いつまでも帰ってこないマリオンを皆心配してたんだ! 」
泣きそうな声で訴えるユーリにマリオンは頭を垂れた。
「はい……。……すみません。今度からは気をつけます……。だから、まだ一緒に旅をしてくださいますか? 」
「あ、当たり前だろう! マリオンは俺の兄みたいなもんなんだ。嫌だって言っても一緒に行く 」
再び”俺の兄”宣言をされてしまった。
やっぱりどこからどう見ても男にしか見えないのかと、少しがっかりする。
ルイザの言っていた『ウワーステキ、アノ殿方 』は強ち間違っていないということなのか、と小さく嘆息した。
「あの……ユーリ様は兄だと言ってくれますが、こんなに頼りないんじゃ兄なんてつとまりません。でもこうやって、ユーリ様がアルさん達と同じような口調で話してくれるのは――嬉しいですよ 」
マリオンは立ち上がるとユーリの瞳を見つめ、再び微笑んだ。
「皆は、この口調を人前で使うのは良しとしないんだ。王子っていう肩書きがあるから仕方ないけど…… 」
「そうですね。黙っていればすごい美少女にみえましたもん 」
「なっ―――! だ、だれが美少女だ! 俺は男だっ 」
不貞腐れて頬を膨らませると年相応で、本当に可愛らしい。
「ユーリ様は私の友人の弟にそっくりです。会ったら絶対友達になれると――― 」
「思い出したのかっ!? 」
ユーリの真剣な声に、マリオンは口を噤んだ。
自分が記憶喪失の振りをしていることを失念し、ついクレルのことを口走ってしまった。
「どうなんだ? 何か、思い出したか? 」
腕をきつく掴まれ、何故か心配そうな顔で聞いてくるユーリに、マリオンは首を横に振った。
「い、いえ。何故かそう思っただけで…… 」
「本当に? 」
「は、はい…… 」
それだけ言うと、ようやく腕を開放される。
「そうか、まだ記憶が戻ってないんだ。そっか、………った 」
「え? 今なんといいましたか? 」
そう尋ねるとユーリは首を振って答える。
「いや、たいしたことじゃない。早く記憶が戻ればいいのに…といっただけだ 」
「ありがとうございます…… 」
「よし! じゃあ元の場所に戻ろう。皆、心配して探してるだろうから 」
「はいっ! 」
元気よく頷いたマリオンに満足したのか、ユーリが満面の笑みで頷き歩き出した。
「ああ、そうだ! マリオン 」
「はい? 」
思い出したように足をピタリと止めたユーリに、マリオンも同じく歩みを止める。
「二人の時は俺のことをユーリって呼んでくれないか 」
「え………、それは……。ユーリ様は王子ですし…… 」
返答に困るマリオンの顔を見上げると、ユーリがいつもと同じように首を傾げた。
「俺はマリオンのことを兄みたいに思ってる。だから、兄弟だったら呼び捨てしたって普通だ。アル達にはばれないようにするから………ダメかな? 」
悲しげなユーリの顔を見つめていると嫌だとは到底いえない雰囲気を醸し出している。
「う………っ。わ、わかりました。絶対、絶対! アルさんたちには内緒ですよ 」
「その、敬語もナシだよ 」
「えーーーっ! 」
「ダメ……? 」
自分の可愛さを分かっているのだろうか。計算かもしれないその可愛さにマリオンはとうとう屈した。
「わかった! わかったから…… 」
「マリオン 」
「何? 」
ちょっといじけた感じで返事をしてしまったが、気にしないことにした。
「呼んで。俺の名前…… 」
呼べば負けた感じが確実にするが、所詮王子の命令には逆らえないのだ。
マリオンはそっぽを向き、しぶしぶといった体で口を開いた。
「………ユーリアス 」
けれど何故かユーリの反応がない。
自分から呼べと言ったのに、何の反応もないとはどういうことだろうか。
ふぅ、とため息をつき目線だけをユーリに向けたところで息を吞んだ。
「――ユー……リ様? 」
目の前のユーリはマリオンをじっと見つめたまま顔を真っ赤にしていたのだ。
ぽかんと口を開けたまま、マリオンはユーリを見つめ返す。
「あ、あの…、えっと? ユーリ様…顔が赤い、ですよ? 」
その言葉にハッとし、腕で顔を庇ったユーリが今度はそっぽを向くことになった。
「また……………てる 」
「え? なんですか? 」
呟いたユーリの言葉が小さくマリオンは聞き返す。
「………また、”様”と、敬語つかってる! 」
相変わらず顔を赤くしたままのユーリについ噴出し、笑いを零してしまった。
「笑うなっ! 」
「はいはい。ごめんね。ユーリ 」
そんなユーリが弟のようにかわいくてつい頭を撫でると、その手を掴まれ引っ張られた。
そのまま歩き出したユーリに、マリオンの体も一緒に歩き出す。
暫く歩いた後、目線の先に街道が現れたことであからさまにホッとしたことにユーリも気づいただろう。
そして、ようやく森を抜け出せる、という時に声が聞こえた。
「ユーリ様! マリオン! 」
「ミカルさん!! 」
ミカルはホッとした表情を隠しきれていなかった。
その後ろから走ってくるアルとクロードの姿も見えたが、どの表情も目に見えて安心したことが窺えた。
(ああ、心配かけてたんだよね…… )
「ミカルさん、アルさん、クロードさん。ご迷惑をおかけしました 」
頭を下げたマリオンに皆一様に気にしないようにと声をかけてくれる。
三人の優しさに再びお礼を口にする。
「もう気にしないでください。それより、ユーリ様………… 」
アルの無表情さが、より際立つような声の冷たさにマリオンは身震いした。
「な、なんだ 」
後ずさるユーリの腕をしっかりと掴んだアルが、急に輝くような笑みを見せた。
声とは裏腹なその美しい表情に、マリオンはボーっと見惚れてしまう。
(び、美人ーーーー!!!!!! これで男とか嘘でしょっ! うう…、わたし完全に負けてる…… )
そんなことを考えているマリオンとはだいぶ温度差のあるアルの纏う空気がより一層温度を下げた気がするのは気のせいだろか。
「誰が一人で探しに行けといいましたか? ワタクシ、そのようなことを申し上げましたでしょうか? 」
(ひぃぃぃぃ!!!! 怖いっ! 表情と言葉の内容が一致してなくてこわいぃぃーー )
マリオンも素早く後ずさると、とりあえずミカルの背に影に隠れる。
「だが、直ぐにでも探しに行かないとマリオンがっ―――― 」
「はぁ? それで、ご自分に何かあったら一体誰が責任をとると思ってるんでしょうかね? 」
「それはっ………! 」
「言い訳する前に、やることがあるのではないですか? 」
笑顔のままのアルの言葉にユーリはがっくりと項垂れるとミカルとクロードに顔を向け「すまなかった 」と謝った。
「アルにも心配かけた。すまない 」
「………わかっていただけたらよいのです。あなたが我等の主なのです。それはお忘れなきよう 」
「わかった 」
アルの表情がいつもの無表情に戻ったのを確認してようやく息がつけた気がした。
(アルさんを怒らすのだけはやめよう…… )
そう心に誓ったマリオンだった。
―――――
その日の夜、あの美しい笑顔が夢にまで出てきたのは言うまでもない。
少しだけですがマリオンとユーリに変化があったような?
もっと甘甘にしたいのですが、なかなか進みません(汗
来週半ばまで仕事の為、更新はお休みさせていただく予定です。
もし、書き上げることができましたらその前にUPさせていただきます^^
いつも読んでいただいてありがとうございます。
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