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BeginDance

 ポタ……ポタポタ……。

 滴り落ちる水音。

 そこはビル街の路地裏だった。普通に生きていたら用もなくそんな所に入り込むことなどないだろう場所。ゴミやら新聞紙やらが落ちていて非常に不愉快極まりない。

 人間の住む世界というのはもっと美しくのどかな場所だと思っていた。しかし、来てみてびっくりだ。いや驚いたというよりも失望といった方が合っているかもしれない。

 とにかくそこに私はいた。

 ビルの壁を背もたれにしてなんとか立ててはいる。が、もうほとんど足に力はないし今倒れたとしてもおかしくはない。

 ああ、なんてか弱い私……。白馬の王子様はさっさと私を見つけるべきだ。

 天を見上げる。まだ夕方だというのにビルの影のせいで辺りは暗い。とその時、首をあげたせいでお腹の傷がずきりと痛んだ。


「ぅ……くうぅ……」


 思わず唸ってしまう。もう泣きそう。

 そう、私は傷を負っていた。なぜかと問われると説明に困ってしまう。話すと長くなるし、何より面倒くさい。なので簡単にまとめてみる。

 化け物に襲われて逃げてるのよ!

 うむ。我ながらうまくまとめられたと自負したい。『何を言ってるんだ、こいつ』と思われるかもしれないけどマジなんです。いや、ホントに。

 血が流れていく。まるで自分の生命力がそこから抜け出ていくようだ。当たり前だがこの感じは慣れるものではない。慣れたいとも思わないが。自分の名誉のために言っておくが当方は決してマゾヒストではない。どちらかというと――とそんなことはどうでもいい。

 服を捲り上げてお腹の傷口を確認してみる。そこからはおびただしいほどの血が出ていて、ちぎれた肉がてらてらと朱色に光っている。


(うっわぁ、グロっ!)


 見なきゃ良かったと服を下ろす。しばらくはお肉がおいしく食べられないだろう。それにひどい傷を見てしまったせいか、さっきよりも傷口が痛く感じるようになった。


(まずいわね……この傷は深いわ……。どこかで休まなきゃ……)


 普通の人間なら致命傷になるはずの傷だ。三十分もほったらかしていたらぽっくりとヴァルハラへと旅立つことになるだろう。だけど私ならこうしてじっとしていればそのうち傷口が癒えるのである。まるで私だけが特別な体をしているみたいな言い方だが、間違ってはいないと思う。

 理由はあまりにも簡単。

 なぜなら私は人間ではないからだ。

 エーテル――私たちのことはそういう風に人間に呼ばれる。と言っても私たちの存在を知っているのは一部の人間だけなのだが。

 まあ、詳しい説明はまたもやおいておこう。今もっともやらなきゃいけないのはどこか隠れる場所を見つけることなのだ。

 このままこんな所で傷が癒えるのを待っていたらいつかは奴らに見つかってしまう。奴らというのはもちろん恐れおおくもこの私を襲った化け物のことだ。私の性格上やられた分は倍にして返さないと気がすまない。その復讐を果たすためにも、こんなところでくたばるわけにはいかないのである。

 それに人目について騒ぎになるのも馬鹿らしい。それでなくても私は可愛いから人目につくというのに……。あ、大丈夫。熱とかないよ?

 私は朱い空を再び見上げた。

 自分の中に流れている力を活発化させる。

 瞬間、私の周りに陽炎が立ち昇った。


(行っくわよ!)


 どばんッ!

 地を蹴ると私の体は地面に弾かれたように宙空へ飛び出す。その後を轟ッと風が取り巻いて、地面に転がっていた新聞紙などを巻き上げる。

 人間から見ればどれだけ異常な脚力だろうか。私はその一蹴りだけでその建物の高さを超える跳躍を見せていた。

 そして、建物の屋上にすたっと着地する。

 屋上からは夕日がよく見えていた。

 もう三〇分も経てば夜になる。奴らが本格的に活動する時間がきてしまう。それまでにはなんとかして隠れる場所を見つけないと。

 私はビルから隣のビルへと跳躍した。

 そうやって移動しているとやがて景色が変わってくる。

 住宅街に入ったのだ。

 その頃には辺りはすっかり真っ暗になっていて、いよいよ私は潜む場所を見つけなければならなくなった。

 家の屋根から屋根へと移動していると、ふと行く手に広くて古そうな建物が見えた。私は吸い寄せられるようにその家に近づく。するとその家の全景が見えてきた。純和風の建物で、中庭なんぞがある。って、中庭ですってっ!? なんと豪壮な!

 だがしかし、その家には人気がなかった。電灯もついていない。この時間帯なら一人や二人は人がいてもおかしくないと思うのだけど……。

 そこで私はふとある事を思いついた。

 もしかしてこの家は空き家だったりするんじゃないだろうか。見てみればかなり古い建物。いつ崩れてもおかしくないような古家だ。こんな所に果たして人が住むだろうか。いや、住むはずがない。と、散々けなしてはみたがその古家はどことなく懐かしい感じがしていた。

 キュピーン、と自分でも眼が光ったのが分かる。

 これはいい場所を見つけてしまった。私の日頃の行ないが万を辞して報われたのである。いつも慈悲の心を忘れない女神のような私に感謝したい。


(よぉーし、しばらくはこの家で休ませてもらおう。こんな美しい私に住まれるんだから家も本望よね)


 屋根から二階のベランダへとうつり、窓を開けようとするが、当然のごとく鍵が閉まっていた。かといってガラスを割ると大きな音がしてしまう。この家に人がいなかったとしても、隣の家から人が見にくるかもしれないし。あまり大きな音をたてることはしたくない。

 なので窓ごと外すことにした。非常識だとかそういうツッコミは聞かないことにする。だってそんなこと言い始めたら私の存在自体が非常識ってことになっちゃうし。納得のできない人にこれだけは言っておきたいのだが、なるほど確かにこの世界で私みたいな存在はちょいと珍しいかもしれない。だがしかし、私の世界ならばむしろエーテル能力を使えない生物の方が珍しいのだ。かといって私がこの世界で非常識なことをしていい理由にはならないかもしれないが……そこはそれ! 笑っとこう!


「えい」


 ゴキャッ!


 私は窓を掴むと上に持ち上げてレールから脱輪させる。というか捻じ曲げる。そしてベランダに窓をたてかけておく。

 部屋には何も置いていなかった。これはいよいよ空き家の線が濃くなってきた。しかし意外に綺麗である。もしかしたら管理人がいて度々、掃除に来ているのかもしれない。

 その部屋を出てみると長い廊下。廊下には等間隔に私が出てきた扉を含めて三つの扉があった。その扉を一つ一つ開けてみるが部屋の中はからっぽ。人が住んでいるような気配はない。

 私はとことこと歩いて廊下を右に曲がる。するとまた廊下が伸びていて右側には一階へと続く階段。左側には二つの扉があった。廊下の先にも扉が見えて、私が来たほうと同じ造りになっているようだ。外でも見たがこの家は『凹』の形で建てられているようだ。

 ふーん、いっぱい部屋があるのね。これだけあるなら一つくらい借りてもいいわよね。

 見れば見るほど良い発見をした。傷が癒えるまでと言わずに、ここを活動拠点にすることも視野に入れておこう。

 私は一つの部屋に入り、猫のように体を縮めて床に寝る。

 今日はもうこのまま寝てしまおう。

 と、その時だった。

 良い発見をして浮かれていたのか、それとも単に疲れていたのか、私はその気配に気がつかなかった。


「こより、帰ってきてたのか?」


 男の声がして――

 ガチャ、と部屋の扉が開いた。


「え?」


 扉を開けた男と私の目が合う。


「……………………」


「…………………………」


 身長は一七〇後半くらい、ハネ返りの多い黒髪の男。歳は一五、六くらいだろうか、私と同年代に見える。少し鋭い眼をしているが悪い人間には見えない。

 これが私とそいつとの出会いだった。

 もしこれが運命だとかそんなものだったとしたら私はイデアの神たちに文句を言わざるをえない。


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