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とある場所に、なにやら怪しげな三人組が集まっていた。
長髪をさらりと自然になびかせる、淡いグレーのピシッとしたスーツに身を包んだ、線の細い感じで爽やかな男性――。
全体的に跳ね上げたような真っ赤な髪が目を引く、肩口や裾が破れたデニムの上下を違和感なく着こなす、ワイルドな印象の男性――。
異常なほどのボリュームを誇る髪の毛に子供っぽい大きなヒマワリをかたどった髪飾りをつけながらも、落ち着いた紺色の和装をまとう、ギャップが気になる大人の女性――。
加えて、三人とも日本人とは思えない顔立ちをしている。
だからこそ、女性の和装がさらなるミスマッチなイメージを加えているのだが。
「どうしてこの俺が、お前らなんかと話し合わなきゃいけねぇんだ!?」
ワイルドな男が声を荒げる。
「静かになさいな。今は密談中なんですわよ? 他人に聞かれたらどうするんですか」
和装の女性がたしなめる。
「うんうん、そうだよ。僕たちには、大切な役目があるんだから。今は手に手を取り合って、協力するべき時期だと思うんだ」
そう言いながら、グレースーツの男性が笑顔をこぼす。
「けっ! お前のそのヘラヘラした顔も気に食わねぇんだよ!」
「ですから、静かになさいと言っておりますでしょう?」
「大丈夫、こんなでも話は聞いてくれる人だから。会議を始めてしまおう」
「はぁ……そうですわね」
「議長は僕でいいかな?」
「ええ、構いませんわ」
「お……俺を差し置いて、勝手に進行しようとしてんじゃねぇ!」
「ちょっと! ツバを飛ばさないでいただけませんこと? まったくもう、これだから野蛮人は……」
「なんだと!? てめぇ!」
「仲がいいんだね、ふたりは」
「んなわけあるか!」「そんなわけありませんわ!」
「はははは、息もピッタリだ」
密談と言っておきながら、かなりの騒がしさ。
非常識としか言いようがない。
しかも三人が密談――というか会議とやらを始めた場所は、普通の喫茶店だったりするのだから、その非常識さたるや度を超えまくっていると結論づけるしかないだろう。
「あの、お客様……。そろそろご注文を……」
不意に、ウェイターらしき男がおそるおそるといった様相で声をかけてきた。
すでに喫茶店の席に着いてから十五分以上。
なにも注文せずに喋っているだけの、おそらくは外国人だと思われる客に、怖気づきながらも果敢に注意を促してきたのだ。
「メニューはそこにありますので……」
続いてウェイターは、テーブルの傍らに立てかけてあるメニューを指差す。
早く注文を聞いてこの場から離れたい、という気持ちがひしひしと感じられた。
「あっ、すみません。え~っと……」
スーツの男性がメニューを手に取ると、それを他のふたりものぞき込む。
「よくわかんねぇな、コレ。どれがどういうのだ?」
「わたくしも、わかりかねますが……」
「ん~、僕はこれ――ホットコーヒー? で」
「俺は、そうだな……。おっ、コレ、色が凄まじくてよさげだ。この、クリームソーダ? ってのを頼む!」
「わたくしは、こちらのジャンボイチゴチョコバナナパフェ? というのを」
「……かしこまりました。こちらのパフェは、かなり大きなサイズとなりますが、よろしいですか?」
「ええ、結構ですわ」
注文を聞き終え、ウェイターはそそくさと去っていった。
全員が全員、クエスチョンマークつきでの注文だったことに首をかしげ、大丈夫だろうか、といった不安をありありと顔に浮かべてはいたが。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
「僕が議長ってことになったはずだけど……」
「全然進行しないんですもの」
「まったく、だらしない奴だな!」
「キミのせいでもあるだろ?」
「おふたりとも、シャラップですわ。とにかく、『ゴッド』について話し合いますわよ」
「うん、わかった」「おうとも!」
と、場がまとまりかけたタイミングで、ウェイターが注文された品を持ってきた。
スーツの男性の前にはコーヒーが、ワイルドな男性の前にはクリームソーダが、和装の女性の前にはジャンボイチゴチョコバナナパフェが、それぞれ置かれる。
なお、ウェイターはそれらをテーブルに置き終えると、「ごゆっくりどうぞ」といった言葉すらなく、さっさと引き上げてしまった。
「うおっ! でけぇな、それ!」
「……そうですわね。少々驚きました」
「食べきれないようなら、僕も手伝うけど」
「大丈夫ですわ」
女性は長いスプーンで、山盛りになったアイスクリームの上側、実に三分の一程度を無理矢理すくい、大口を開けてぱくっと頬張った。
「つ……つべたいですわ……」
口をもごもごさせながら喋るたびに、アイスクリームが飛び出してきそうになる。
「おいおい、吐き出すんじゃねぇぞ? ばっちぃ女だな」
「ばっちぃなんて、言わないでくださいまふぇ、ぐむっ……!」
「喋っちゃダメだよ。早く飲み込んで」
にこっと爽やかな笑顔で促す、スーツ姿の男性。
しかし、それも罠だった。
「ごくん…………んっ!」
アイスクリームを一気に飲み干した女性は、苦悶の表情で頭を抱える。
「そうすると頭がキーンとなるから、気をつけてね」
「なったあとに言うとは……。なんてヤな奴なんだ、お前は」
「…………んぐぐぐぐ!」
女性は文句を返そうとするも、頭の痛みでそれどころではなさそうだ。
しばらく経って。
「まったく、ひどい目に遭いましたわ! さっさと会議を進めますわよ!」
「はいはい」
「おうともよ!」
いきり立つ女性の声が響いて、やっとこさ会議はスタートすることになった。
「では、『ゴッド』についてですが。一ヶ月ほど前から、ブログに自分の書いた小説をアップし始めました。それはいいですわね?」
「うん」「ああ」
女性の声に男性ふたりの相づちが続く。
「その行動によって、わたくしたちを含む全部隊の存在が突如として発生した、という可能性があると言われております」
「ちょっと待てよ! 俺には一ヶ月以上前の記憶だってあるぜ? それはおかしいんじゃねぇか?」
「確かにそうかもしれないね。だけど、その記憶さえもが偽りのものだという可能性が含まれているんだよ」
「そういうことですわ」
女性とスーツの男性の説明に、ワイルドな男性はまだ納得がいっていない様子だった。
「にわかには信じがたいことではありますが……。これまで何度かの更新があり、そのたびに毎回、小説の内容に応じた改変が行われてきたのではないかと懸念されています」
「その小説は俺も見てみたけどな。俺たち三人がスパイとして地球にやってくることも、あのブログの主は気づいていたってことにならねぇか?」
「気づいていたっていうか、ブログにアップされた段階で、僕たちがこうして来ることになった、と考えたほうがいいのかもしれないね」
「いずれにしても、今回わたくしたちに与えられた任務は、それを確かめるということになるはずです」
その女性の言葉に、スーツの男性も、うんうんと頷く仕草を見せる。
反対に、もうひとりのワイルドな男性の眉間には深いシワが刻まれる。
「うう~む……。俺には信じられねぇんだけどな。ブログなんて誰でもやってるみたいじゃねぇか。そんな中のたったひとつの更新だけが、実際に別の星系から来た俺たちのような部隊の行動を操ってるだなんて……」
「操ってるんじゃなくて、改変してるんだよ」
「どっちだって同じだろ?」
「同じではありませんわ。しかもそれが、無意識によるものだというのも、非常に厄介ですし……」
会議は続くものの、結論は出ないまま時間だけが過ぎてゆく。
ここまでの言動で気づいているだろうが……彼らは宇宙人だ。
蜜愛のブログに出てきた有力な三つの部隊のエリートたち、それが彼らなのだ。
日本人には見えない顔立ちをしているとはいえ、人間と同じような容姿なのは、変身しているのか、それともたまたま人間と同様の進化を遂げただけなのか。
後者だとすると、宇宙にはまったく同じ進化を遂げた生命体が数多く存在していることになる。
生物学的にそれは考えにくいため、変身していると考えるのが妥当だろうか。
「だ~っ! こんな会議なんて、やってられっか! 俺はまどろっこしいのは嫌いなんだよ! とりあえずそのブログ主をぶっ殺しちまえば、改変なんかに怯える必要はなくなるだろ!」
「そういうわけには、いきませんわ」
「うん。僕たち自身も消えてしまう可能性があるからね。消えてしまったら、確認すらできないし」
「ブログの更新が引き金になっているだけで、改変が起こるのはブログ主の存在そのものが影響しているという説ですわね。下手をしたら、宇宙全体が消滅してしまうことだってありえますわ」
「たかだかひとりの人間だろ? そんなことになるとは、俺には思えねぇんだが」
「だけど、慎重にならないとダメだよ。試しにやってみたらすべてが消えてしまいました、ではシャレにならないからね」
会議は平行線。着地点は見つかりそうもなかった。
そういう場合、ある程度妥協し、うやむやな感じで終わらせるしか方法はないだろう。
「まずは確認することが先決ですわね」
「うん、そうだね。これからターゲットに接触してみよう」
「接触して、そのあとはどうするんだ?」
「それは……まぁ、そのときにまた考えるってことで」
「結局行き当たりばったりじゃねぇか!」
「仕方がありませんわ。他に方法が思いつかないのですから」
そんな適当な感じで、三人の初会議は終了となった。
「コーヒーって苦いね」
「うおっ、このクリームソーダっての、意外にうめぇじゃねぇか! ブラボーだぜ!」
「パフェも美味しいですわよ? 少々頭が痛くなりますが。痛たたたた……」
「一気にたくさん食べなければいいだけなんじゃないかな……?」
「あらっ? なるほど、それは盲点でしたわ!」
そして最初の騒がしい状態に逆戻り。
どうやら彼ら三人は、揃いも揃って随分とのん気な宇宙人のようだ。