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遅刻しそうにはなったが、どうにか滑り込みセーフで事なきを得た。
授業中も、先生から指名される場所が簡単なところばかりだった。
一番苦手な数学の授業は、教師が風邪をひいて休みということで自習になった。
「今日はなんだか、ノッてる感じ……。よし、こんな日はやっぱり、散歩よね!」
放課後となって気分よく家にたどり着いた蜜愛は、前日に引き続き、散歩へと繰り出すことに決めたようだ。
小説用のアイディアを求めて、という意味合いが強いものの、散歩は蜜愛の趣味でもある。
ブログに小説をアップするのは数日おきだし、雨が降っていたら出かけたりもしないのだが。
いろいろな場所を歩き回りながら散策するのは、単純に気持ちのいいものだ。
「ちょっと雲が多めだけど、こういう空も結構いいよね~」
いつもどおりのゆったりとした足取りで、今日は住宅街の中を抜けていく。
「それにしても、ゆゆちー、盟約だなんて……」
蜜愛は自分の両胸に手を置いて、ひとりごちる。
「いつでも揉み合っていいとか、おかしすぎるよね~。しかも自分は揉ませてくれないし……。べつに私、ゆゆちーの胸を揉みたいなんて思わないけど……」
無意識なのだろう、むにむにと、自分の胸に当てた両手を動かす。
「ん~、確かに控えめな感じだよね~。無いわけじゃないけど……。やっぱり、ゆゆちーから少し吸い取るべきかな~」
そんな蜜愛の視界に、ふと公園の様子が映り込む。
子供たちが楽しそうにはしゃいだ声を上げて遊んでいる情景だ。
ジャングルジムやブランコ、滑り台、砂場といた遊具などを使って遊ぶ小学校低学年くらいの子供たちのほかに、高学年だろうか、サッカーやバスケットボールに興じている姿も数多く見受けられる。
サッカーをしている子供たちは、これからゲームを始めるところのようで、それぞれのチームが一ヶ所に集まり、円陣を組んで右手を重ね合わせていた。
「勝つぞ~~~!」
「お~~~~っ!」
気合いの声を重ね、散らばっていく。
「男の子って、サッカーが好きだよね~」
好まれるのがサッカーだけというわけでもないはずだが、ボールと広い場所さえあれば遊べるこの球技は、お手軽さでは群を抜いている。
しっかりとしたゴールもあったほうがいいが、適当な壁を使うとか、地面に「ここからここまでがゴール」と棒で線でも引いておけば、それだけで充分に遊べてしまう。
「みんなで仲よく一緒に遊べるってのが、好まれる理由なのかな~。サッカーだと相手チームとは敵対関係だけど、ゲームが終わったら一緒に笑い合えるものだし」
実際には女子である蜜愛は、サッカーで遊んだ経験なんてほとんどないのだが。
それでも小学生時代のクラスメイトの男子が休み時間のたびに校庭でサッカーをしていたことを思い出し、こういった結論に達したのだろう。
「あっ、それなら宇宙人たちにも、サッカーをさせれば……。って、宇宙空間だもん、絶対に無理よね~」
子供たちがサッカーに興じる光景をただぼけーっと眺めていただけではなく、一応はブログに載せる小説の内容についても考えていたようだ。
「でも……そうね。ずっと睨み合いを続けて、ちょっとしたイザコザを繰り返して、っていうだけじゃ、お話も進んでいかないよね~。一旦集まって、歩み寄りを始める必要があるのかも……」
蜜愛の頭の中で、様々な情景が浮かんでは消えていく。
そうやって自らの頭の中でダメ出しを繰り返し、残ったイメージをまとめて小説としての形を作る。
これが、蜜愛なりの話作りの作法とも言える。
日によって気分がまちまちなため上手くまとまらないこともあるし、散歩で見た光景をそのままメモに書き記してあとから吟味するという方法を取ることもあるのだが。
「そうだ、ゆゆちーが言ってた盟約! あれを使うといいかも! どこかで代表者会議みたいなのが定期的に開かれていて、そこで新たに盟約が結ばれて……」
相変わらず独り言をつぶやきながら、蜜愛は手帳に書き連ねていく。
住宅街の一角ということで、ちらほらと通り過ぎる人の姿はあるのだが、言うまでもなく蜜愛はまったく気にしていない。
「宇宙人たちは人間を支配下に置こうと考えてはいるけど、人間への歩み寄りも必要かも……。うん、そうね! だけど、全軍を挙げて接触するのは、さすがに問題がありそうだし……。だったら……」
一心不乱にメモを取り続ける。
その様子は、はたから見れば異常なほどだっただろう。
「おい、あのねーちゃん、見てみろよ……」
「ゲッ! 完全に目がイッちゃってないか?」
「怖え~! 絶対、近づかないようにしようぜ!」
「女性の変質者ってのもいるんだな……」
「春だからな~」
「なるほど、お前頭いいな!」
公園のフェンスの向こうからは、子供たちが奇異の目を向けながらひそひそ話す声も聞こえてきていたのだが。
イメージすることに集中している蜜愛の耳には、まったく届いていなかった。
家に帰った蜜愛はまず、いつものように日記をブログにアップした。
昨日アップした小説に関してのコメントも数多くついていて、宇宙王子と名乗る人物からのコメントに頬の筋肉を緩めつつ、すべてのコメントに対して丁寧に返信した。
そして夕飯と入浴を終えた今は、手帳にメモしたアイディアとも見比べながら、ノートパソコン上に書き綴った小説を読み返しているところだった。
「う~ん、我ながら……字が汚いな~」
言及すべき部分は、そこだけではなかろう。
といったツッコミが、蜜愛ただひとりしかいない自室では入れられるわけもない。
鼻歌まじりで気分よく小説を読み返して若干の修正を終えると、蜜愛はちょちょいっとマウスを操作してブログへとアップした。
「ふう~、今日もバッチリ、いいお話が書けたな~! 今後の展開も、早めに考えないと~! ……でも今日は就寝~! おやすみなさ~い!」
ひとりきりだと意外にハイテンションな蜜愛は、勢いよくベッドに飛び込む。
そのまま頭まで布団をかぶった瞬間、凄まじく寝つきのいい蜜愛は一瞬にして静まり、眠りの世界へと落ちていった。