魔法都市の古書堂と、静かな大魔法使い
秋の深まりを感じさせる冷たい風が、広大な石造りの街並みを吹き抜けていく。
『星降る渓谷』を抜けた荷馬車が辿り着いたのは、白亜の塔が幾重にもそびえ立つ学術と魔法の都――魔法都市アルカディア。街の至る所に魔導ランプが灯り、ローブを羽織った学者や魔導士たちが忙しなく行き交っていた。
「うわぁ……すごいわね。300年前に来た時より、塔が二本増えているわ」
シルフィが御者台から身を乗り出し、白亜の塔を見上げて感心したように呟く。
「300年前って……街の歴史そのものじゃねぇか」
手綱を引く蓮が呆れ顔で苦笑いすると、後ろの荷台からルチアが欠伸をしながら顔を出した。
「ふん、建物がいくら高くなろうと興味はない。下僕、この街の名物は何だ? 我の胃袋はすでに次の補給を待っているぞ」
「お前は本当に食べることしか考えてないな……。だが、まずはシルフィの知り合いのところに行くのが先だ」
馬車を広場の手留所に預け、石畳の小路を折れ曲がった先に、その店はひっそりと佇んでいた。
看板には『カルマ古書堂』と、かすれた金文字で書かれている。
重い木製のドアを押し開けると、古い紙と羊皮紙、そして柔らかなお香の香りが鼻腔をくすぐった。店内には天井に届くほどの書棚が並び、無数の古書が静かに眠っている。
「いらっしゃい。……おや、珍しい客が来たものだね」
店の奥、積み上げられた本山の陰から顔を出したのは、小さな丸眼鏡をかけた白髪の老婦人だった。
彼女はシルフィの姿を認めると、懐かしいものを見るように目元を和ませた。
「お久しぶりね、マリア。最後に会ったのは……あなたのひいおばあさんの葬儀の時かしら」
「ふふ、そうねシルフィ。私にとってもう半世紀ぶりの再会よ。昔と少しも変わらない……美しいお姉様のままね」
老婦人――マリアは、かつて大陸にその名をとどろかせた大魔法使いであり、今は静かに古書店を営むシルフィの古い友人だった。
マリアは蓮とルチアを静かに見つめると、優しく目を細めた。
「そちらが、あなたが手紙に書いていた『大切な旅の仲間』ね」
「はじめまして、結城 蓮です」
「……我が名はルチアだ。おい老婦人、ここに美味しいお菓子はあるか?」
「ルチア、挨拶の第一声でお菓子をねだるな!」
蓮のツッコミに、マリアは「ふふっ」と声を上げて楽しそうに笑った。
奥の小さなサロンに通され、マリアが淹れてくれた温かいカモミールティーと特製のバタークッキーがテーブルに並べられる。
「美味しい……! マリアの淹れるお茶は、昔から本当に優しくて好きよ」
「お茶のお供に昔話を咲かせるのも良いけれど……シルフィ、あなたがここへ来た理由は『神造遺物』のことでしょう?」
マリアの言葉に、室内の空気がふっと引き締まった。
蓮はポケットから『神の単眼鏡』を、シルフィは『風断ちの弦』の破片をテーブルの上にそっと置いた。
「ええ。帝国『黒薔薇の天秤』が12の秘宝を集めようとしているの。私たちはこれ以上、誰も秘宝の毒に侵されないように、先回りして回収しているわ」
マリアは単眼鏡と破片を静かに見つめ、それから蓮の瞳をじっと見つめ返した。
「不思議な目ね、少年。あなたの持つ『鑑定』の力……それはただの魔法ではなく、この世界の理そのものを解読する特別な力だわ」
「俺の……力?」
「神造遺物とは、遠い昔、神々が世界の均衡を保つために遺した『法則の欠片』。それらを正しく導く存在として、あなたが選ばれたのかもしれませんね」
マリアは立ち上がり、書棚の奥から一冊の古びた羊皮紙の書物を取り出してきた。
「この都市の地下深く――古代の魔導図書館の廃墟に、3つ目の遺物『知恵の燭台』が眠っています。……ただし、そこを守る古代の防衛機構は、生の感情を持たない冷酷な仕掛けよ」
「古代の防衛機構か……」
蓮が表情を引き締める。
「危険な旅ね、シルフィ。でも……今のあなたには、かつて一人で森にいた頃にはなかった『温かな絆』がある。……大丈夫よ」
マリアが優しくシルフィの手に自分のしわがれた手を重ねる。
「ありがとう、マリア。……美味しいお茶とクッキー、ごちそうさま」
シルフィは嬉しそうに微笑み、残りのクッキーをルチアと分け合った。
数千年の時を生きるエルフと、かつての神童も今や穏やかな老後を送る人間の大魔法使い。
二人の間に流れる静かで温かな空気は、時の流れの残酷さと、それを超えて残る愛おしい想いを確かに物語っていた。
「さあ、蓮、ルチア。次の目的地が決まったわ。地下図書館へ向かいましょう」
「ああ。手強い仕掛けだろうが、俺の『鑑定』で全部暴いてやるよ」
「ふん! 我の刃に壊せぬカラクリなど存在せん! 帰ったらまたあのクッキーを食べさせるのだぞ、下僕!」
古書堂を出ると、秋の陽射しが白亜の街並みを柔らかく包み込んでいた。
新しい秘宝の手がかりと、変わらない仲間の笑顔を胸に、三人は地下へと続く古代の遺構を目指して足を踏み出すのだった。




