夢見る飛行船と、雲上のホットケーキ
星空の学術都市『アストリア』で天の川のようなパフェを味わった三人は、次なる目的地へと向かうため、都市の最上層にある港へと足を運んでいた。
次の目的地は、はるか上空――雲の海に浮かぶ伝説の浮島『天空諸島シエル』。
「うわぁ……! 蓮、ルチア、見て! あれに乗って空へ行くのね!」
シルフィが風に髪をなびかせながら指差した先には、巨大な羊毛状の魔導バルーンを冠した、真鍮と木造の優美な客船――魔導飛行船『グラン・シルフィード号』が佇んでいた。
「荷馬車の旅も良かったが、空を飛ぶ船なんてワクワクするな!」
蓮がデッキへ続くタラップを見上げる横で、ルチアはすでに鼻をひくひくさせていた。
「ふん! 我の感覚によれば、雲の上の世界には『空気のように軽い幻のスイーツ』が存在するはずだ。下僕、遅れをとるなよ!」
「お前は空に飛ぶって時も食べ物のことしか考えてないな……。ほら、手荷物持って船に乗り込むぞ」
三人は軽やかな足取りで飛行船へと搭乗した。
ゴォォォォォ……ッ
静かな魔導エンジンの駆動音とともに、飛行船はゆっくりと地面を離れた。
眼下に広がっていたアストリアの街並みが小さくなっていき、やがて船体は真っ白な雲の海を突き抜けて――突き抜けた先には、澄み切った果てしない青空と、太陽の光を受けて輝く雲の絨毯が広がっていた。
「すごい……! 風が……空が、こんなに近いのね!」
シルフィがデッキの手すりから身を乗り出し、耳をパタパタと揺らしながら歓声を上げる。
「落ちるなよー」と声をかけつつ、蓮も雲上の絶景に見とれていた。
その時、船内のサロンから甘く香ばしい、バターと小麦の焼ける良い匂いが漂ってきた。
「いらっしゃい! 『グラン・シルフィード号』名物、雲の上でしか膨らまない『天空の極厚スフレホットケーキ』だよ!」
サロンの鉄板の上では、厚さ5センチはあろうかという焼き立てのホットケーキがプルプルと揺れていた。
表面には黄金色のバターがとろりと溶け出し、上からメープルシフル(楓の樹液)がたっぷりとかけられている。
「「……ッ!!」」
シルフィとルチアの足が、雲の上でも一切のブレなく停止した。
「……蓮。私、あのプルプル揺れるホットケーキに飛び込んで、そのまま埋もれてしまいたいわ」
「我もだ……! あのバターの溶け具合とメープルの香りは、我が魂への直接攻撃だ! 下僕、即刻全種類を購入せよ!」
「埋もれるのも攻撃もやめろ! 普通に頼むから!」
蓮は笑いながらコインを払い、出来立てアツアツのホットケーキプレートを三個受け取った。
雲の上のテラス席に座り、三人でナイフとフォークを手にする。
「いただきます!」
ナイフを入れると、生地がシュワッと心地よい音を立てて沈み込み、口の中へ運ぶと――一瞬で消えてなくなるほどの柔らかさだった。
「「「……ッ!!!!」」」
「~~~~~っ!! 美味しい!!」
シルフィが幸せそうに目を細め、両頬を手で包み込む。
「生地が本当にお空の雲みたいにふわっふわで、温かいバターと甘いメープルがジュワ〜ッとお口の中に広がるわ!」
「美味い……! 噛む必要すらないぞ下僕! 入れた瞬間に溶けていく……! これは食べ物ではなく奇跡の塊だ……っ!」
ルチアも大きな口でホットケーキを頬張り、口元にメープルシロップを付けながら夢中でフォークを動かしていた。
「焦るなって。……ん、でもマジで美味いな。軽いからいくらでも食えそうだ」
蓮も笑顔でフォークを進める。
波の音も、街の喧騒も届かない、雲の上の静かな世界。
かつて世界を揺るがした遺物をめぐる戦いも、死闘の記憶も、ここにある温かな笑顔の前には遠い昔の出来事のようだった。
「ふぅ……美味しかったわねぇ……」
温かい紅茶を飲みながら、シルフィが雲海を見つめて満足そうに息を吐く。
「ねえ、蓮」
「ん?」
「私ね、地上にいた時も幸せだったけれど……こうやってあなたたちと一緒に空を飛んでいると、どこまでも自由になれた気がするの」
シルフィは優しく微笑み、蓮の手にそっと自分の手を重ねた。
「旅はまだまだ続くわね。天空の島に着いたら、今度はどんな美味しいものに出会えるかしら?」
「そうだな。どんな場所に行っても、俺たちが一緒なら絶対に楽しいはずだ」
蓮が笑うと、隣で満足そうにお腹を叩いていたルチアが、胸を張って割り込んできた。
「当然だ! 我がいる限り、退屈など存在せん! さあ下僕、おかわりだ!」
「まだ食う気かよ!?」
「あははっ! ルチアの胃袋は空よりも広いのね!」
青空と雲の海に包まれた飛行船の上、三人の楽しそうな笑い声が、風に乗ってどこまでも、どこまでも響き渡っていった。




