紅葉の落葉と、焼き芋の煙
凍てつく『極寒の霊峰・アルヴィス』をあとにした荷馬車は、山を下りるにつれて少しずつ冷気が和らぎ、鮮やかな紅葉の彩りに包まれた秋の街道へと戻っていた。
赤や黄色の落ち葉が敷き詰められた道を、ガタゴトと心地よい音を立てて進む馬車。
「あぁ……生き返るわぁ……」
御者台の横で、シルフィはすっかり温かくなった秋風に目を細めながら、猫のように身体を伸ばしていた。
「さっきまでガタガタ震えてたのに、現金な奴だな」
「当然でしょう? エルフは繊細な生き物なの。雪山なんて、人生の数百年の中で数回行けば十分よ」
「ふん! 我など、あの程度の寒さ、最初から何とも思っていなかったぞ!」
後ろの荷台で、先ほどまで毛布に包まっていたルチアが、威張ったように胸を張る。
「はいはい。鼻水出てたぞ、英雄さん」
「なっ……!? これは……これは霊峰の聖水が目から溢れたのだ!」
「鼻からだろ」
苦笑いしながら手綱を引く蓮の鼻腔に、ふと香ばしく甘い匂いが掠めた。
街道の脇、大きなカエデの木の下で、ひとりの老人が小さな焚き火を囲み、煙を立ち上らせている。落ち葉の燻る匂いと、蜜のように甘い焼き芋の香り。
「「……ッ!!」」
シルフィとルチアの耳が、同時にピクッと跳ね上がった。
「蓮……! あの匂いは何!? 鼻から脳へ直接『甘い』という命令が届いているわ!」
「下僕! 馬車を止めよ! 我の直感が、あの炎のの中に至高の宝が眠っていると告げている!」
「わかった、わかったから叫ぶな!」
蓮が馬車を停めると、老人は破顔して三人を迎えてくれた。
「ほっほっほ、旅の人たちかい。ちょうど落ち葉で焼いた『蜜焼き芋』が良い具合に焼けたところじゃよ。食べていきなされ」
老人が灰の中から取り出したのは、焦げ目のついたホカホカの芋だった。二つに割ると、黄金色の果肉からねっとりと甘い湯気が溢れ出す。
「熱いから気をつけて食べなよ」
熱々の焼き芋を受け取ったシルフィは、ふーふーと息を吹きかけ、一口頬張った。
「~~~~~っ!!」
シルフィの金色の髪と耳が、幸せそうにふわっと揺れる。
「美味しい……! スプーンも使わないで食べるのに、どうしてこんなに優しくて甘いの……!?」
「美味い……! 皮の香ばしさと、中の蜜のような甘さが……完璧な調和をなしている……っ!」
ルチアも頬を黄色く染めながら、夢中で焼き芋を噛み締めていた。
「よかったな。ほら、おじいさんにお礼言いなよ」
蓮も笑いながら一口かじる。ねっとりとした甘みが、冷えた身体にじんと染み渡っていく。
老人は嬉しそうに目を細めながら、シルフィの姿を優しく見つめた。
「お嬢さん、美味しそうに食べるねぇ。……ふむ、その長い耳。昔、わしが子供の頃にも、この街道で同じように焼き芋を美味しそうに食べていたエルフのお姉さんがおったよ」
シルフィが手を止め、きょとんと老人を見つめた。
「……私のこと、かしら?」
「さあて、どうじゃろうな。もう七十年も昔のことじゃ。あの時のお姉さんも、今日みたいに綺麗で、楽しそうに笑っておられたよ」
老人は懐かしそうに目を細め、静かに遠くを見つめた。
シルフィは手に持った半分の焼き芋を見つめ、それからそっと目を閉じた。
七十年。この老人にとっては一生に近い歳月。だが、シルフィにとってはほんの少し前の出来事だ。
かつて同じ場所で焼き芋を食べた時の記憶。その時、誰と一緒にいたのかすら、果てしない時の流れの中に埋もれてしまっていた。
(ああ……私、あの時も一人だったんだわ……)
どんなに美味しいものに出会っても、これまでは「美味しかった」という記憶だけで、誰かと分かち合う喜びを知らなかった。
でも――。
「ねえ、蓮。ルチア」
シルフィが目を破り、ふたりに焼き芋を少しずつ差し出した。
「ん? どうした?」
「これ、もっと食べなさいよ。美味しいものは、みんなで食べた方がずっと美味しいんだから」
「ふん! 言われなくても貰う! 下僕の分も我の物だ!」
「横取りするなよルチア! シルフィ、サンキュな」
ふたりが笑い合いながら、シルフィの手から焼き芋を受け取る。
七十年前に食べた焼き芋の味は覚えていない。
けれど――今、この秋の陽だまりの中で、蓮とルチアと一緒に食べている焼き芋の甘さは、きっと何百年経っても忘れることはないだろう。
長寿のエルフにとって、人間の一生は瞬きのようなもの。
けれど、その一瞬の中に刻まれる絆と温もりは、永遠の時を超えるほどに尊く、愛おしい。
「さあ、蓮。お腹もいっぱいになったことだし、次の街へ向かいましょう!」
「おう。次の秘宝も、サクッと見つけて回収してやろうぜ」
「我は次の街の『ご当地名物』も回収するぞ!」
ガタゴトと音を立てて、荷馬車が夕空の向こうへと進んでいく。
秋の風がカエデの葉を舞い上げ、三人の足元を優しく包み込んでいく。
12の神造遺物を巡る旅は、まだこれからも続いていくのだった。




