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杏々の異世界さんぽ~召喚されたのに勇者ではありませんでした。なので冒険者になって、ご飯を食べます~  作者: わかめ
王都と下積み冒険者

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ハンバーガー猫

ハンバーガー猫

キモくてとっても可愛いです

https://x.com/anano3po/status/2094084818799857770


 保存食を作り始めてから数日が過ぎた頃、杏々の部屋には食べ物とは関係のない材料が少しずつ増え始めていた。


 布。


 糸。


 詰め物。


 裁縫針。


 もともと杏々は自分の服を直すための道具を持っていたし、森爪熊のぬいぐるみを作った時にも同じものを使っている。ただ、最近買い足している布は服を直すためのものではなかった。


 市場へ行くたび、安い端切れの中から使えそうな色を少しずつ選んでいる。


 茶色。


 薄い黄色。


 緑。


 赤。


 白。


 黒。


 上等な布ではない。自分で使うものなので、丈夫で縫いやすければ十分だった。


「今日はこれ」


 その日も仕事帰りに布屋へ寄り、小さな茶色の端切れを追加する。


 店の女主人が、最近よく見る小さな客へ尋ねた。


「また布かい? 服でも作ってるの?」


「違う」


「じゃあ何作ってるんだい?」


「まだ途中」


「ずいぶん秘密なんだねえ」


「できてないから」


 杏々に秘密にしているつもりはなかった。


 完成していないものを説明するのが面倒なだけだった。


     ◆


 家へ帰ると、まず夕食を作った。


 薄く切った肉と葉野菜を炒め、少し辛めに味をつける。土玉芋もまだ残っていたので、小さく切って一緒に焼いた。


 食事を終え、皿を片づけてからようやく床へ布を広げる。


 杏々の前には、すでにかなり形になったものが置かれていた。


 横に長い。


 丸みのある茶色い部分が上下にあり、その間には黄色や緑、赤の布が何層か挟まっている。


 そして一番上には、三角形の耳。


「ここちょっと違う」


 杏々はしばらく眺めたあと、片方の耳をほどいて少し位置を変えた。


 森爪熊を作った時とは違う。


 今回は見本になる生き物がいるわけではない。


 杏々の記憶の中にある形を、布へ移しているだけだった。


 上下の茶色はパン。


 間に挟まっている黄色はチーズ。


 緑は野菜。


 赤はソースか、トマトのようなもの。


 その全部をまとめて一つの身体にし、上へ猫の顔をつけている。


 元の世界で本当にこんな生き物を見たわけではない。


 ただ、杏々の中では昔から、


「これかわいい」


 で成立していた。


     ◆


 顔は特に重要だった。


 森爪熊の時にも顔にはこだわったが、今回はもっと単純でいい。


 丸い目。


 小さな口。


 短いひげ。


 耳。


 それだけで猫に見える。


 少なくとも杏々には見えた。


「うん」


 縫い終えた顔を確認し、今度は中へ詰め物を入れていく。


 ただし、全体を同じ硬さにはしない。


 抱いた時に腹へ当たる中央部分は少し柔らかくし、端は形が崩れない程度に詰める。


 森爪熊の商品化の話をした時、布製品職人が詰め方によって作業量が変わると言っていた。


 今回のものは売るつもりがない。


 だから手間が増えても関係ない。


 自分が使いやすければ、それでいい。


     ◆


 最後の縫い目を閉じたのは、夜もかなり遅くなってからだった。


 杏々は出来上がったものを両手で持ち上げる。


 自分の身体より長い。


 小さい状態の杏々が抱けば、ほとんど全身を預けられるくらいの大きさだった。


「できた」


 寝台へ持っていき、横へ置く。


 少し離れて見る。


 茶色いパンの身体に、何層もの具材。


 そして猫の顔。


「ハンバーガー猫」


 名前も最初から決まっていた。


 杏々は寝台へ上がると、そのままハンバーガー猫へ抱きついた。


 柔らかい。


 中央の詰め物を少し減らしたので、腕を回すとちょうどいい具合に潰れる。


「いい」


 何度か位置を変える。


 枕代わりにもできる。


 足を乗せてもいい。


 抱いて寝てもいい。


「私の」


 その言葉を口にしてから、杏々は少しだけハンバーガー猫を見た。


 森爪熊はフィアのために作った。


 商品になる森爪熊は、誰かが買うために職人たちが作っている。


 けれど、これは最初から最後まで自分のためだった。


 誰にも渡さなくていい。


 部屋に置いたままでいい。


 杏々はもう一度抱き直した。


「家だから」


 そのまま眠った。


     ◆


 翌日、杏々はいつも通り冒険者ギルドへ行き、王都近郊の小さな護衛依頼を一件終えた。


 夕方に市場で魚を買い、家へ戻る。


 ハンバーガー猫は寝台の上に置いたままだ。


 朝は少し潰れていたので、出かける前に形を整えておいた。


 夕食の準備を始めた頃、扉が叩かれた。


「杏々さん、いますか?」


「いる」


 聞き慣れた声だった。


 扉を開けると、リネットが紙袋を一つ抱えて立っている。


「こんばんは」


「こんばんは」


「この前借りた保存食、魔術院の人にも少し見せていいか聞こうと思って――」


「食べた?」


「いえ、私が勝手に配るわけにはいかないでしょう」


「いいよ」


「ありがとうございます。あと、これ」


 リネットが紙袋を差し出した。


「焼き菓子をいただいたんですけど、一人では多かったので」


 杏々の反応が目に見えて変わった。


「入って」


「焼き菓子で急に歓迎されましたね」


     ◆


 リネットは何度か来ているので、もう新居へ入ること自体には慣れていた。


 靴を脱ぎ、部屋へ入る。


「前より物が増えましたね」


「うん」


「食材も増えてますし……布も?」


「作ったから」


「何をです?」


 杏々は魚を焼く準備をしながら、寝台を指した。


「あれ」


 リネットがそちらを見る。


 そして止まった。


「……」


「なに?」


「杏々さん」


「うん」


「これはなんですか?」


 杏々は当然のように答えた。


「ハンバーガー猫」


「……はい?」


「ハンバーガー猫」


「聞き取れなかったわけではないです」


     ◆


 リネットは寝台へ近づいた。


 目の前にあるものを改めて観察する。


 猫の顔は分かる。


 耳もある。


 ひげもある。


 だが身体の部分がまったく理解できない。


「まず、ハンバーガーってなんですか?」


「食べ物」


「食べ物なんですか?」


「パンに肉挟む」


「それならサンドイッチのようなものですか?」


「ちょっと違う」


「何が違うんです?」


 杏々は少し考える。


 説明しようと思えばできなくはないが、小さい身体の状態で細かく説明するのは面倒だった。


「丸いパン」


「はい」


「肉焼く」


「はい」


「野菜とか挟む」


「はい」


「おいしい」


「最後だけ感想ですね」


「大事」


     ◆


 リネットは再びハンバーガー猫を見る。


「それで、どうしてその食べ物と猫が一緒になっているんです?」


「かわいいから」


「どの部分が?」


「全部」


「……なるほど?」


 まったく納得していない顔だった。


 杏々は魚を焼き始めながら言う。


「抱く」


「抱くんですか?」


「うん。寝る時」


「抱き枕なんですね」


「そう」


 リネットが両手で持ち上げてみる。


 見た目より軽い。


「結構ちゃんと作ってありますね」


「私が使うから」


「詰め方も場所で違います?」


「真ん中柔らかい。端ちょっと硬い」


「森爪熊の時と同じことしてるじゃないですか」


「こっちはもっと抱く」


「用途が明確なんですね……」


     ◆


 リネットはハンバーガー猫を元の位置へ戻した。


「これも売るんですか?」


「売らない」


 杏々はすぐ答えた。


「森爪熊みたいに商品には?」


「しない」


「どうしてです?」


「私のだから」


 リネットが少しだけ黙った。


 杏々は魚をひっくり返す。


「自分で使うために作ったんですか?」


「うん」


「誰かにあげるんじゃなくて?」


「うん」


「そうですか」


 リネットはもう一度寝台の上を見る。


「いいですね」


 杏々が振り返る。


「猫?」


「それも……まあ、個性的ですけど」


「かわいいよ」


「杏々さんが、自分の部屋に置きたいものを作ったことです」


「?」


「城にいた時は、あまりそういうことしてませんでしたよね」


 杏々は少し考えた。


「置いても持ってくから」


「いつか出る部屋だったから?」


「うん」


「今は?」


 杏々は寝台を見る。


「家だから」


「……そうですね」


     ◆


 魚が焼けると、話題はすぐ夕食へ移った。


 リネットが持ってきた焼き菓子は食後に半分ずつ食べることにし、杏々は魚と芋、それに簡単な野菜のスープを用意した。


 食事をしながらも、リネットは時々ハンバーガー猫へ視線を向ける。


「気になる?」


「気にはなりますよ」


「ほしい?」


「いえ」


「そっか」


「そこは少し残念そうにしないでください」


「かわいいのに」


「可愛い……可愛いんですけど、なんというか……」


「なに?」


「食べ物なのか動物なのか、頭が迷うんです」


「両方」


「一番困る答えです」


     ◆


 食後、杏々は焼き菓子を食べながら日記を開いた。


『魚 皮ぱりぱり』

『芋 まだある』

『焼き菓子 甘い』


 そこまで書いてから、今日の出来事を思い出す。


『ハンバーガー猫 できた』


 リネットが横から文字を見る。


「その言葉、この世界の文字で書くんですか?」


「書いた」


「この世界にハンバーガーないですよ」


「でも私の家にある」


「……確かにありますね」


 杏々はさらに日本語で、


『真ん中もう少し柔らかくてもいい』

『耳の位置これでいい』

『抱いて寝やすい』


 と書き足した。


 商品ではない。


 売れるかどうかも関係ない。


 完全に自分用の記録だった。


     ◆


 帰り際、リネットは扉の前で一度振り返った。


「杏々さん」


「なに?」


「まさかとは思いますけど」


「うん」


「他にも作る予定あります?」


 杏々は少し考えた。


「ある」


「……あるんですね」


「次も考えてる」


「何を?」


「まだ秘密」


「またですか」


「できたら見せる」


 リネットは嫌な予感でもしたように寝台の方を見た。


「これ以上、食べ物と動物が混ざるんですか?」


「うん」


「そうですか……」


 何が来るのか想像できないまま、リネットは帰っていった。


     ◆


 扉を閉めた杏々は、寝台へ戻る。


 そこには今日から、ハンバーガー猫がいる。


 杏々は小さな身体で飛び乗り、そのまま横長の身体へ抱きついた。


「次どうしよう」


 頭の中には、いくつか候補があった。


 細長いもの。


 丸いもの。


 海にいるもの。


 食べ物。


「あとで」


 今日はもう眠い。


 杏々はハンバーガー猫へ顔を埋め、そのまま目を閉じた。


 新しい家には、少しずつ杏々のものが増えていた。


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