できた剣
翌朝、杏々はいつもより早く城を出た。
普段ならそのまま冒険者ギルドへ向かうところだが、今日は道が違う。朝食をきちんと食べ、さらに途中の屋台で肉を挟んだパンまで一つ買ってから、まっすぐ武器屋へ向かった。
腰には、これまで使ってきた初心者向けの片手剣がある。
冒険者になってから何度も依頼へ持ち出し、討伐でも護衛でも使ってきた剣だった。杏々の体格に合わせて作られたものではないが、扱い方にもすっかり慣れている。
ただ、今日からはそれとは別に、自分のために作られた一本が増える。
店の扉を開ける。
「できた?」
「朝一番でそれか」
「できたって聞いた」
「できてるよ。だから呼んだんだろうが」
「見せて」
「まず入れ」
店主は呆れながら、店の奥へ向かった。
杏々はすぐ後ろをついていく。
「走るな」
「走ってない」
「顔が走ってんだよ」
「?」
「分からんならいい」
◆
店主が奥から持ってきた剣は、まだ鞘に収められていた。
派手な装飾はない。柄も鍔も実用を優先した簡素な作りで、杏々が以前見た高価な魔法剣のような宝石も付いていない。
ただし、全体の長さは明らかに普通ではなかった。
小さな杏々が腰へ下げるには少し長い。
成人した人間が使うには少し短い。
まさに、その中間だった。
「持ってみろ」
「うん」
杏々は鞘ごと受け取った。
まず重さを確かめ、それから腰へ当てる。今までの片手剣とは、握った時点ですでに感覚が違った。
「前よりいい」
「今まで使ってた剣よりか?」
「うん」
「そりゃお前に合わせて作ったんだから、そうじゃなきゃ困る」
杏々は鞘から剣を抜いた。
朝の光が刃へ細く映る。
片手で構え、手首だけを軽く動かす。次に一歩引き、刃先の位置を確認した。
「どうだ?」
「もうちょい前重いと思ってた」
「嫌か?」
「ううん」
杏々はもう一度振る。
大きくは振らない。店の中だから、刃先が棚や壁へ届かない範囲で、手首、肘、肩の順に力を流す。
「前重い方が、こっちだと振りやすい」
「お前の小さい方に完全に合わせるなら、もう少し軽くして重心も手元へ寄せた方がいい。ただ、それをやると大きい方で使った時に軽すぎる」
「うん」
「だから少し先へ置いた。今のお前には若干長いが、その分は腕でどうにかしろ」
「できる」
「知ってる」
◆
杏々は何度か剣を動かしたあと、鍔の近くを見た。
「これ何?」
ごく小さな刻印が入っている。
「俺の工房の印だ」
「名前?」
「まあ、そんなもんだ」
「私の名前ない」
「入れてほしかったのか?」
杏々は少し考えた。
「別に」
「じゃあ聞くな」
「気になっただけ」
「お前そういうの多いな」
杏々は剣を鞘へ戻した。
「大きい方でも見る」
「そのために空けてある」
店主が顎で店の奥を示す。
作業台の横が少し片付けられており、周囲には壊れそうなものが置かれていない。
「外じゃなくていい?」
「剣振り回すんじゃなきゃな。寸法を見るだけだ」
「分かった」
◆
杏々は剣を一度作業台へ置き、身体の圧縮を緩めた。
小さな身体から、本来の成人した姿へ戻る。手足が伸び、視線の高さが上がる。
店主は以前にも採寸で見ているので、今さら驚きはしなかった。
「やっぱそっちだと印象変わるな」
「剣ですか?」
「お前もだが、今日は剣の話だ」
「そうですね」
成人状態の杏々は剣を手に取り、まず自然に腕を下ろした状態で長さを確認した。
「少し短いですね」
「予定通りだ」
「はい。このくらいなら問題ありません。むしろ屋内や狭い場所では扱いやすいと思います」
「握りは?」
「もう少し長くても使えますけど、小さい状態で余らせないならこの長さがちょうどいいです。片手で使う分には十分ですし、必要なら左手を添える場所もあります」
「重さは?」
杏々は刃を水平にして止める。
「軽いです」
「やっぱりそうなるか」
「でも軽すぎるほどではありません。小さい状態で振った時に少し先へ重さがあるので、その感覚も残っています」
「だったら狙い通りだ」
杏々は一度剣を下げた。
「少し動いていいですか?」
「少しだけだぞ」
「分かりました」
◆
杏々は足を開き、剣を構えた。
小さい状態で見せる構えより、ずっと自然に見える。
肩から力を抜き、剣先を僅かに下げる。そのまま半歩だけ踏み込み、斜めに刃を走らせた。
音はほとんどしなかった。
ただ、店主の目の前を刃先が通過した瞬間だけ、空気が薄く切れる。
「おい」
杏々が止まる。
「はい?」
「少しって言っただろ」
「かなり抑えましたよ」
「お前のかなりは信用ならん」
「棚には当ててません」
「当てたら弁償だからな」
「それは困ります」
「家借りたばっかなんだろ」
杏々が僅かに眉を上げた。
「なんで知ってるんですか?」
「ギルドの奴から聞いた。お前の連絡先が変わるかもしれないって話でな」
「ああ」
「その顔だと忘れてたな?」
「家は覚えてます」
「住所は?」
杏々は一瞬黙った。
「西市場の魚屋から二本目」
「住所で覚えろ」
「昨日も言われました」
「じゃあ直せ」
◆
店主は剣をもう一度受け取ると、刃の状態を確認した。
「試し斬りは済ませてある。刃の通りも問題ない。ただし、いくらお前でも硬いものを力任せに叩く使い方はするなよ」
「刃物ですからね。そこは分かっています」
杏々は剣を受け取り直し、刃先から鍔元までゆっくり眺めた。
「私の場合、力そのものはかなり出せるので、むしろ剣の方を壊さないように加減した方がよさそうですね」
「そういうことだ。普通の魔物を斬る分には問題ないが、甲殻の厚いやつなんかは当て方を考えろ。正面から叩き割るための剣じゃない」
「分かりました。斬れる場所を選びます」
「それができるなら長持ちする」
杏々は軽く頷いたあと、ふと思い出したように尋ねた。
「川鎧魚の成体だと、どの程度まで通りますか?」
「また随分先の話をするな。お前、まだ黄だろ」
「ええ。ただ、赤に上がれば成体の討伐依頼を受けられると聞いたので、その時にこの剣が使えるのかは知っておきたいです」
店主は少し考え、刃を指で示した。
「鱗の真正面はやめとけ。あれは名前通り硬い。継ぎ目か、腹側を狙えるなら十分使えるはずだ」
「なるほど。では、無理に鱗を割る必要はないですね」
「最初からそうしろ。お前なら力でどうにかしそうだから先に言ってるんだ」
「さすがに武器を壊してまで正面から斬ろうとはしませんよ」
「本当か?」
「……素手なら別ですけど」
「おい」
杏々は少し笑った。
「冗談です」
「お前が言うと冗談に聞こえねえんだよ」
もう一度剣を構え、手首を返して重心を確かめる。
「でも、これならかなり使いやすいと思います。小さい状態では長さを利用できますし、こちらでは取り回しの良さが出ます。最初に考えていたより、両方で使う意味がありそうです」
「そりゃよかった。何度も寸法取らされた甲斐があったな」
「ありがとうございました。かなり面倒な注文だったでしょう?」
「今さら気づいたのか」
「最初から分かってましたよ。ただ、作ってもらう側が言うのも失礼かと思って」
「そっちの姿だと妙にまともなこと言うな、お前」
「普段も同じことは考えてます」
「口から出てこねえだけか」
「説明するのが面倒なので」
「それをまともとは言わねえ」
杏々は剣を鞘へ戻したところで、腹の奥に強い空腹を感じた。
「……そろそろ戻しますね」
「もう腹減ったのか?」
「この状態は消費が大きいんです。朝食は食べましたけど、長く維持するほど効率が悪くなるので」
「本当に燃費悪いんだな」
「だから普段は小さくしてるんですよ」
杏々は剣を一度作業台へ置き、身体を圧縮していつもの小さな姿へ戻った。
視線が一気に低くなる。
戻った杏々は腹を押さえた。
「お腹すいた」
店主が眉を寄せる。
「朝飯食ってきたんじゃねえのか?」
「食べた」
「さっきパンも持ってただろ」
「あるよ」
「食え」
「剣触ってから」
「先に食え。腹減って刃物振るな」
杏々は少し考えたあと、素直にパンを取り出した。
店主が作業台へ剣を置く。
杏々はその横で肉入りのパンを食べながら、ずっと剣を見ていた。
「逃げないぞ」
「分かってる」
「じゃあそんな見んな」
「できたから」
「……まあ、そうだな」
◆
パンを食べ終えると、残金の支払いになった。
杏々は帳面を出し、前金の記録と残りの金額を確認する。店主から示された数字と一致していた。
「これ」
「ああ」
用意していた袋から金を出す。
家を借りるためにまとまった金を払い、その直後に剣の残金まで支払ったため、少し前までより手元の金はかなり減っている。
それでも、払うべき金は最初から分けてあった。
「ぴったりだな」
「昨日確認した」
「偉いじゃねえか」
杏々が顔を上げる。
「褒めた?」
「……今のは褒めたな」
「一回」
「金払った瞬間にそれか」
「大事」
「お前は本当にそこだけはぶれねえな」
◆
支払いを終えると、店主は新しい剣を鞘へ収め、杏々へ渡した。
「これでお前のだ」
杏々は受け取る。
「私の」
「ああ」
腰へ吊るしてみる。
やはり小さい身体では少し長い。歩く時に鞘の先が地面へ当たらないよう、帯の位置と角度を調整する必要があった。
杏々は二、三歩歩き、止まる。
「ここ」
「何だ?」
「もうちょい上」
「帯の位置か?」
「うん」
「なら革紐一本足すか」
店主が手早く補助の紐を取り付ける。
もう一度腰へ下げると、鞘の位置が安定した。
「いい」
「大きい方だと?」
「その時は下げ直す」
「自分でできるか?」
「できる」
「ならそれでいい」
そこで店主の視線が、杏々が今まで腰へ下げていた剣へ移った。
「で、そっちはどうする?」
杏々も古い剣を見る。
「これ?」
「ああ。新しいのができたからって、急に使えなくなるわけじゃないだろ」
「使える」
「売るなら引き取るところはあるだろうが、大した金にはならんぞ」
杏々は少し考えた。
この剣は特別なものではない。初心者向けの、ごく普通の片手剣だ。
それでも冒険者になってからずっと使ってきたし、何度も杏々を仕事へ連れていった。
「持ってる」
「二本差しでもする気か?」
「しない」
「じゃあどうすんだ」
「家に置く」
「予備か」
「うん」
店主は頷いた。
「それがいいだろうな。新しい剣を手入れに出す時もあるし、万が一こいつを傷めた時に丸腰でいる必要もない」
「じゃあ予備」
「古い方もたまには見てやれよ。放っときゃ錆びるぞ」
「油いる?」
「いる」
杏々が少し嫌そうな顔をした。
「二本分?」
「使わなくても錆止めくらいはしろ」
「剣、お金かかる」
「今さら気づいたのか」
◆
店を出た杏々は、今までの剣を手に持ち、新しい剣を腰へ下げてギルドへ向かった。
歩きながら何度も新しい柄へ手をやる。
剣が増えた。
一方は、これまで一緒に仕事をしてきた剣。
もう一方は、自分の二つの身体に合わせて作ってもらった剣。
「ふふ」
小さく笑った。
すれ違った人が一瞬杏々を見る。
普段なら気にしない杏々も、今日は少しだけ胸を張って歩いた。
◆
「来ましたね」
ギルドへ入ると、受付嬢がすぐ新しい剣に気づいた。
「できた」
「見れば分かります。ずっと楽しみにしてましたもんね」
「うん」
「どうでした?」
「小さいとちょっと長い。大きいとちょっと短い」
「それでいいんでしたっけ?」
「うん。両方使える」
受付嬢は改めて新しい剣を見る。
「綺麗ですね」
「派手じゃないよ」
「杏々さんはこういう方が好きそうです」
「使えればいい」
「でも嬉しそうですよ?」
「できたから」
受付嬢はそこで、杏々が手に持っているもう一本へ目を向けた。
「今までの剣はどうするんです?」
「家に置く」
「予備にするんですね」
「うん」
「それがいいと思いますよ。武器って修理や手入れで使えない時もありますから」
「店のおじさんも言ってた」
「ちゃんと聞いてきたんですね」
「油もいるって」
「必要ですね」
「二本分」
「そこが不満なんですか?」
「お金かかる」
「二本持つなら仕方ありませんよ」
杏々は古い剣を受付へ預け、仕事が終わるまでギルドで保管してもらうことにした。
それから新しい剣の柄へ手を置く。
「仕事ある?」
「もう行くんですか?」
「使いたい」
「気持ちは分かりますけど、新しい武器を試したいからって依頼を選ばないでくださいね」
「斬る仕事」
「ほら!」
◆
受付嬢がいくつか依頼を確認した結果、その日の午後から受けられる黄ランク向けの討伐依頼が一件あった。
王都の西側にある牧草地付近で、牙鼠が数匹増えているというものだった。
「これなら日が暮れる前に戻れると思います。ただし、討伐対象は確認された三匹です。必要以上に追わないこと」
「分かった」
「新しい剣だからって試し斬りを優先しない」
「分かった」
「本当に?」
「仕事が先」
受付嬢が一瞬止まる。
「……ちゃんと覚えてますね」
「護衛とか討伐とか、目的違うから」
「はい。その通りです」
「褒めた?」
「褒めました」
「二回」
「武器屋でも誰かに褒められました?」
「うん」
「今日も順調ですね……」
◆
王都を出てしばらく歩くと、指定された牧草地が見えてきた。
依頼主から被害の出ている場所を聞き、杏々は周囲を確認する。
地面には牙鼠が掘った跡がいくつも残っていた。
「三匹」
聞いていた数と同じ。
林に近い草むらへ気配がある。
杏々は新しい剣の柄へ手をかけた。
少し長い。
これまで使ってきた初心者用の片手剣とは、長さも、重心も、握った時の収まりも違う。
今までの剣にも十分慣れていた。
けれど、これは最初から杏々の身体に合わせて作られた一本だった。
鞘を押さえ、引き抜く。
刃が滑らかに出た。
「お」
いい。
◆
最初の牙鼠が草むらから飛び出した。
杏々は一歩だけ横へずれた。
噛みつこうとした牙鼠の身体が横を抜ける。
剣を振る。
一撃だった。
大きく振り回さなくても、刃が素直に入る。
以前の剣なら、自分の身体に合わせるために無意識に手首で調整していたところがある。新しい剣では、その小さな調整がほとんど必要なかった。
二匹目は仲間が倒された瞬間に向きを変えたが、依頼場所の奥へ逃げるのではなく畑側へ回り込もうとした。
杏々が先へ入る。
剣先で進路を塞ぎ、動きを変えさせたところを斬る。
二匹目も倒れた。
残る一匹は林へ逃げた。
杏々は追いかけかけて、止まった。
依頼書に書かれていた範囲。
討伐対象として確認されていた三匹。
ただし、林へ深く入る必要はない。
「……でも三匹」
少し考える。
林の入口までなら、まだ依頼場所の近くだった。
杏々は足跡を追った。
◆
三匹目はそれほど遠くへ行っていなかった。
倒木の陰に潜み、杏々が近づいた瞬間に飛びかかってくる。
今度は剣を使わなかった。
身体を半歩ずらし、空いた左手で牙鼠の首元を掴む。そのまま地面へ落とすと、一撃で動かなくなった。
杏々は手元を見る。
それから剣を見る。
「剣いらなかった」
誰もいないので、当然返事はない。
「でも使えた」
剣を軽く振って血を落とし、持ってきた布で丁寧に拭う。
刃こぼれはない。
「いいね」
鞘へ戻してから、杏々は倒した牙鼠を見下ろした。
ここで終わりではない。
三匹目を抱え、先ほど倒した二匹のところまで戻る。
牙鼠は以前にも食べたことがあった。見た目ほど肉が取れるわけではないものの、きちんと処理すれば普通に食べられる。初めて倒した時にも持ち帰って食べているので、杏々にとってはもう討伐対象であると同時に食材でもあった。
三匹をまとめる。
「今日のご飯」
仕事の報酬に加えて、食べられる肉まで手に入った。
新しい剣も使えた。
「いい仕事」
杏々は満足そうに三匹を持ち上げ、王都へ戻った。
◆
ギルドへ着く頃には夕方になっていた。
受付嬢は杏々の姿を見るなり、新しい剣ではなく、その手に提げられた三匹の牙鼠へ視線を落とした。
「全部持って帰ってきたんですね」
「三匹」
「はい。見れば分かります」
討伐場所と数を報告し、ギルド側で三匹とも確認してもらう。
「依頼内容と一致しています。これで完了ですね」
「うん」
「何か問題はありましたか?」
「ない」
「剣は?」
「使えた」
受付嬢が笑う。
「それはよかったですね」
「斬りやすい」
「武器屋さんにも報告してあげたら喜ぶと思いますよ」
「する」
杏々は確認の終わった牙鼠を見る。
「これ持って帰っていい?」
「いいですよ。前にも食べてましたもんね」
「うん」
「今回は三匹ですけど、全部食べるんですか?」
「食べる」
迷いはなかった。
「……まあ、杏々さんならそうですよね」
◆
牙鼠はそのままでは食べられないため、帰りに処理を頼んだ。
三匹分の肉を受け取ってみると、一匹ずつではそれほど多くなくても、合わせれば十分な量になる。
杏々は肉の包みを持ちながら、ふと思いついたようにギルドへ戻った。
「何か忘れました?」
「古い剣」
「あ」
預けていた旧剣を受け取る。
右手に牙鼠の肉。
左手に古い剣。
腰には新しい剣。
少し荷物が多くなった。
「持てます?」
「軽い」
「杏々さんに聞いた私が間違ってました」
杏々はそのまま城へ戻ろうとして、受付嬢に呼び止められた。
「あと、ちゃんと新しい剣の手入れもしてくださいね」
「聞いた」
「油もあります?」
杏々が止まった。
「……ない」
「買ってください」
「お金いる?」
「もちろんです」
杏々が少し嫌そうな顔をした。
「剣、まだお金かかる」
「武器は買ったら終わりじゃありませんよ」
「古いのも」
「そちらも使える状態で残すなら、最低限の手入れは必要です」
「家も毎月」
「そうですね」
「剣二本も手入れ」
「そうですね」
杏々はしばらく考えた。
「働く」
「結局そこに戻るんですね」
「うん」
◆
その夜、杏々は処理してもらった牙鼠の肉を厨房へ持ち込んだ。
以前食べた時の味を覚えていたので、今回は単純に焼くだけではなく、少し濃いめの味付けにしてもらう。
表面を強めに焼き、中へ火を通す。
脂は多くないが、その分しっかりした肉の味がある。香草と塩を合わせると食べやすく、特に脚の付け根に近い部分は噛むほど旨味が出た。
「ここおいしい」
「どこです?」
「脚のとこ」
「またそこまで覚えるんですね……」
厨房の人に呆れられながらも、杏々は三匹分をしっかり食べた。
◆
部屋へ戻ると、二本の剣を並べて日記を開いた。
最初に大きく、
『剣 受け取った』
と書く。
残金を払ったこと。
牙鼠を三匹討伐したこと。
新しい剣が小さい身体でも問題なく使えたこと。
その下に少し考えてから、
『前の剣 家に置く』
と書き足した。
捨てるわけではない。
売るわけでもない。
新しい家で、予備として置いておく。
そして、
『ほめ 二』
そこまで書いてから、今度は食べた牙鼠について書き始める。
『牙鼠 三匹』
『前より脂すくない』
『塩と草あう』
『脚のところおいしい』
『よく焼いた外側もおいしい』
少し下に、
『新しい剣 よく切れる』
と書いた。
剣を受け取った日のはずなのに、牙鼠の感想の方が長かった。
杏々は日記を閉じると、新しい剣を手に取った。
鞘から少しだけ抜く。
自分で働いて、前金を払い、残りも払って作ってもらった剣。
その横には、これまで使ってきた剣がある。
「新しい剣」
新しい方を鞘へ戻す。
「前の剣」
古い方も見る。
少し考えてから、新しい家の鍵を袋から出した。
「家」
三つを並べて眺める。
新しい剣。
今までの剣。
新しい家の鍵。
少し前までは持っていなかったものと、ここまで一緒に来たものが並んでいた。
杏々は少しだけ満足そうに頷いた。
明日は仕事をして、そのあと少し荷物を運ぼう。
古い剣も、その時に新しい家へ持っていけばいい。
城の部屋で過ごす日も、もうそれほど多くは残っていなかった。




