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日陰に咲くふたり  作者: ウズメル


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7/8

巡る一年花弁の如く

 高校二年の春。桜が満開の公園で、二人はシートを広げていた。弁当箱を開けると、笑花が作った卵焼きと、暦が握ったおにぎり。コンビニで買ったお菓子と、缶ジュースが並ぶ。風が吹くたび、桜の花びらがひらひらと舞い落ちて、シートの端に積もっていく。

 笑花が桜を見上げて、大きく息を吸った。


「今年の桜、ほんとに綺麗だね」


暦は隣で、膝を抱えて座っていた。


「……うん」


 小さな声。でも、その口元には、笑みが浮かんでいた。

 控えめで、静かな笑み。笑花はそれを見て、胸が熱くなった。


「暦ちゃんと来られて良かった」


 暦は、笑花の前でだけ、少しずつ笑うようになった。


 笑花は、暦が自分にだけ見せるその小さな表情を、ちゃんと知っている。

 暦は、笑花が他人を馬鹿にしない笑顔を、ちゃんと信じている。







 夏祭りの日。浴衣服を着た二人は、りんご飴を手に並んで歩いた。

 花火が上がる前、射的の屋台で。笑花が銃を構えて、外しまくって。


「うわー、また外れた!」


と大げさに悔しがる。暦は隣で、静かに銃を構えて、一発で景品を落とした。


「……当たった」


 笑花が目を輝かせて叫んだ。


「すごい! 暦ちゃんかっこいい!」


 暦は、少しだけ口角を上げた。


「……そんなにすごいことじゃないよ」


 でも、嬉しそうだった。花火が上がった。どーん、と大きな音がして、空に大輪の花が咲く。

 二人は並んで、空を見上げた。笑花が、ぽつりと呟いた。


「きれいだね」


 暦は、小さく頷いて。


「……うん」


 そして、ふと。自然に、口元が緩んだ。小さな、小さな笑み。笑花はそれを見て、心の中で思った。


 ーあ、また笑ってる。

…私の前でだけ。


 それが、無性に嬉しかった。








 秋のショッピングモール。試着室の前で、笑花が服を持って出てきて訊く。


「どう?これ似合う?」


 暦は真剣に見て、首を振った。


「……んー…悪くはないけど、多分、着回しが難しいと思う。」


 笑花は笑う。


「そっか!じゃあこっちは?」


 別の服を出して、また試着。二人は何度も繰り返して、やっと納得のいく服を買った。


 お互いの服を笑ったりはしない。

 「変だよ」とか「似合わないよ」と馬鹿にしたりしない。

 代わりに、「こっちの方がかっこいい」「きっと素敵だと思う」と褒め言葉の形で伝える。


 ただ真剣に、相手のことを考えて選ぶ。

 それが二人のやり方だった。








 冬の初め。初めての落語会に行った。寄席の席で、笑花が興奮して小声で解説する。


「この人、すごいんだよ!見てて!」


 暦は最初は無表情だったけど、だんだんと目を細めていった。

 ある落語の落ちで、思わず小さく息を吐いた。笑花が、横目でそれを見て、にこっと笑った。終わった後、寄席を出て。


「……面白かった」


 暦が、ぽつりと言った。笑花は満面の笑みを返す。


「でしょ!また行こうね!」


 暦は、少しだけ頷いて。


「……うん」


 そのとき、街灯の下で。暦が、はっきりと笑った。小さな、でも確かに、笑顔だった。笑花はそれを見て、胸が熱くなった。


 少しずつ、少しずつ。他の人たちの前では、相変わらず無表情のまま。前髪は少し短くなったけど、まだ顔を半分隠している。

 でも、笑花の前では違う。だって、笑花だけは信じられるから。笑花だけは、他人を馬鹿にして笑ったりしない。

 笑花だけは、自分の笑みを嘲笑ったりしない。

 暦の強さは、ずっと「孤高」という名の人間不信で支えられていた。誰も近づけない高い塔。

 でも、その塔の壁に、一筋だけ、笑花へと降りていく階段が建てられた。細くて、脆そうで、でも確かにそこにある階段。

 笑花はその理由を正確にはわかっていなかった。

 ただ、暦が自分との和解をきっかけに、少しずつ笑顔を見せてくれるようになったこと。

 それが、無性に面映ゆかしくて、嬉しかった。

 桜の花びらが暦の髪に落ちた。

 笑花がそっと手を伸ばして取る。


「……ありがと」


 暦が小さく呟いて、笑花を見た。

 その瞬間、二人は顔を見合わせて、ふっと笑った。






 そして、巡って、高校生としては二度目の春。


 笑花が弁当の卵焼きを、ずいと入れ物ごと差出した。暦はもらって、食べた。そして、小さく笑った。


「美味しい?」

「……うん」


 春の陽射しが、二人の肩を優しく包む。


 桜がまた一枚舞い落ちて、二人の間に落ちる。


 二人の笑顔は、ただ静かに咲き乱れていった。


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