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それから更に二年の月日が流れーー私も八歳となり、国立ヴァソール学園の入学試験を受けて無事入学が決まったのである。
合格通知は園遊会の後に届いたので、クレージュ公爵へ報告する事は叶わなかった。
入学試験を受けられるのは一月生まれから年末といった、年内に誕生日がある者が対象という、かなりざっくりしたくくり。前世では四月生まれから翌年の三月生まれが同じ学年だった。
この国では同じ一年でも、同年に生まれた者に限られる。
これは世界的に同じ理論の様なので、こういった価値観の微妙な違いを知ると面白い。
アルカード・クレージュ公爵の言う通り、学術の筆記試験の内容は簡単なものだった。受験者にふるいをかけている大きな壁は、魔力操作が左右を決める魔法の実技試験。
魔力を練って大小の魔法を放つ。
これは魔力操作を思い通りに使いこなせないと、魔法の威力を制御できない。例えば蝋燭に火を灯す事だったり、的に向けて魔法を放つ。
蠟燭に火を灯すだけなら微力な魔法で十分。
生活魔法に慣れている者なら簡単な事だろう。
的に打つ魔法も威力が弱ければ届かないし、強すぎれば周囲に被害が出る。それらを計算しつくした距離に的があるのだから、魔力操作に慣れない者は実技試験に苦労したに違いない。
そして私は宣言通りに魔法の実技試験は首席で合格。
学力の筆記試験は残念ながら三番手というのはご愛敬だ。首席合格者はサミュエル・アンダーソン侯爵令息で満点の成績だったらしい。次席がレベッカ・アデレード第一王女殿下で、苦手だと言っていた他国語を克服したようだ。
私は凡ミスを仕出かし、三番目の成績で合格。
国立ヴァソール学園の入学式は両親と祖父母まで参加。
特に祖母が物凄く褒めてくれた。
相変わらず父は何も語らない。
母親の方は姉に遠慮しているのか、私には素っ気ない態度で接する。
明日は姉が通う王立ノヴェール学院の入学式。
それから私に弟が出来ました。
名前はレイモンで私と同じ春生まれ。私が初めて参加した園遊会の後に、母が体調を崩したと思ったら妊娠が発覚。母が望んでいた嫡男誕生に、邸の中もお祝いムードに染まった。
この春で弟のレイモンは一歳となり、現在すくすく育っている。
髪色と目の色は父と私と同じだが、髪質は母と同じようなウエーブ。髪が伸びるまで毛先がくりんとして可愛かった。
父のミニチュア版であるレイモンを、姉はとても溺愛している。暇さえあれば弟の部屋に入り浸っているので、私への殺意は落ち着いたように見えた。
このまま何事もなく過ごしたい。
あの園遊会からレベッカ・アデレード第一王女殿下とは更に仲が深まった。同じ転生者でもあるし、おそらく前世の年齢が近いのか話題が尽きない。
まだお茶会へ参加できる年齢に達していない為、手紙のやり取りがメインである。
封蝋はレベッカ・アデレード第一王女殿下の個人のもので、王家の紋章入りではないから両親や姉に気づかれていないらしい。手紙の内容も六歳児から八歳の子供が書くものではなく、本当に子供らしくない文面のものが多いのだ。
更に魔法を駆使して前世でのスマホみたいな物を作ってみたり。
手紙を書くのは楽しいけれど、私の場合は姉からの嫌がらせで、手紙が届かなくなるのを避けたい気持ちがあった。ビデオ通話もどきの魔道具は本当に便利。
いつでも互いに都合がつく時に連絡しあえる。
実際ほとんど寝る時間に連絡するのが多いのは、日中は勉強や家族との団らんがあるので都合が悪い。私は図書室に籠っている事が多いけれど、食事の時間は厳守なので守らないといけないのだ。
社交シーズンが過ぎれば領地へ戻り、そこでも勉強は欠かさないのは知識欲のせいだろう。領地にいる方が魔法の練習も出来るし、祖母がつきっきりで教えてくれる。
学校へ通うようになれば、領地へは休暇の時しか戻れない。
そんなこんなで入学式まで楽しい時間を過ごせたのである。
両親と祖父母と別れてから、自分の教室へ向かって空いている席を見つけて腰を降ろす。まず先に自分の教室へ行ってから、入学式の場となる広いホールへ移動するらしい。
教室の中にいる人たちは、園遊会でも見た事がない人ばかりだった。机の数を見る限り、この教室を利用する生徒は二十名。学年は二クラスしかないので、試験に受かる子女の数が少ないのだと実感する。
誰もが真新しい制服に気分が浮かれているようだ。国立ヴァソール学園の制服は男女によってデザインが異なる。令嬢が身に着けているのは紺色のワンピースに、その上にダブリエを重ね着したものだ。
スカートの丈はくるぶしまでで動きやすい。
靴はかかとのないタイプのルームシューズに似ていて、バレエシューズを連想させる。
髪型は自由だが勉強の邪魔にならないように、髪の長い人は三つ編みにしているのが多い。
令息の方は白いシャツの上にベストを重ね着して、下は膝丈のズボンを着用。ズボンの下には白いタイツを履いていて、靴はズボンの丈に合わせたレースアップのロングブーツ。
ブラウスにリボンタイをしたらオシャレなのに、ベストだけじゃ物足りなく感じる。
見た目は貴族の令息そのものに見えるので、それなりに良いとは思うが。教室にいる人を眺めながら考えに耽っていると、教室の空気が緊張の色に変わる。
「ごきげんよう、親友!」
背後から聞きなれた声に、思わず笑顔を浮かべて振り向いた。
「ごきげんよう、親友」
まるで合言葉のような挨拶を交わし、レベッカ・アデレード第一王女殿下は私が座っている隣の席へ腰を降ろす。教室に第一王女殿下が現れたから空気が変わったのだと納得した。
「会うのは久しぶりなのに、そういったものが全く感じないわね」
「つい昨夜もビデオ通話で話したばかりだからかしら?」
「本当に便利よね。よく思いついたわ……わたくしは自分で作る事すら思いつかなかったのに」
「あれば便利な物は自分で作りたい主義なの。それに特許を取れば老後は安泰になるわ」
「それな! わたくしも将来は王族籍から抜けて一般貴族の仲間入りよ。その時はわたくしを養ってちょうだい、親友さま」
「あら、結婚するという手があるわよ?」
「結婚ね……わたくしの想い人は誰かに恋しているみたいで、なかなか気づいて貰えないのよ」
「それならわたくしだって! 年の差は魔法でも縮まらないし、自分の運命を呪うわ」
「伯父様は難攻不落の方よ。わたくし達のような小娘を相手にしないと思うわ。でもね、貴方といると伯父様が楽しそうなのよね。もしかしたら奇跡が起こるかも?」
「期待させないで……」
「悪かったわ」
話が途切れた所で担任らしき若い男性が教室に入ってきた。
「まだ席についていない方は、空いている席に座って下さい」
柔らかい口調で話す男性は、外見だけ見れば二十代前半あたりだろうか。こんなに若い教師がいるなんて、異世界は奥が深い。前世の間隔で言うなら大学生の年齢だ。
「僕は君たちの担任となるガブリエル・ヴァソールだ。この教室にいる生徒は卒業まで顔ぶれは変わらないので、僕を含み良い関係を築いていこう。そして入学おめでとう」
ここの一般生徒は八歳で入学して十六歳で卒業となる。
特に令嬢はデビュタントを控えているので十六歳で卒業する事が多い。令嬢のデビュタントは成人の儀を意味する。婚約者がいる者はデビュタントの後に婚姻。
婚約者がいない者はデビュタント後から夜会に参加して相手を探す。
それが難しいのであれば、園遊会で縁を結んだ家に探して貰ったり、宮廷女官や官吏の補佐をしながら結婚相手を探すといった流れだ。
令息の方は令嬢と違い、更に専門知識を学ぶ為に十六歳から二十歳までの学科へ進級。
そちらに進む令息は高位貴族の嫡男や、研究職に就きたい者が大半だ。嫡男は領地を統治するべく帳簿の作り方など、簿記の内容がメインとなる。それに平行して投資の仕方なども学ぶようだ。
他には外資を学んで販路を広げる方法だったり、この国で使われる魔道具の研究や設計も含む。
医者になりたい者は他国へ留学して、国内と他国での医学の違いを学んだり。外交を目指す者は数か国の他国語を学び、それぞれの国の歴史と文化を詰め込まれる。
私は魔道具の研究に興味を持っているが、祖父母は寛大だろうけど両親に至っては十六歳で卒業させられそう。まだ婚約者はいないけれど、そのうち「婚約が決まった」と言われるのだろうか。
できれば卒業した後は家から出て独立したい。
両親と姉から解放されたいと思っている。最初から家族愛なんて持っていない。生後二日目の妹を殺害しようとする姉や、娘に無関心な父親に姉の顔色を伺う母親なんて不要だ。
弟に対して少なからず愛情はあると思う。
それと祖父母には甘えさせて貰っている。両親が残念な二人なので、祖父母には愛情を注いで貰った。
「それでは起立して廊下に出て下さい。廊下に出たら二列に並んで、私語は慎むように」
「担任の教師は学園長の嫡男ね」
「学園長の血縁者だと思っていたけど、嫡男だったのね」
「教師をしながら学園長になる修業をするのよ」
「その考えは正解だと思うわ」
学園の規律や生徒の事を知らない者が学園長になるべきではない。私と第一王女殿下は前にいる人の後に続いて歩き始めた。二列になって廊下を歩き進めていくと、先ほど両親たちと別れたホールの入口が見える。
「新入生代表の挨拶はアンダーソン侯爵令息よ」
第一王女殿下が小声で呟く。
サミュエル・アンダーソン侯爵令息は、今年度の学力筆記試験で全問正解の首席で合格。魔法実技試験では次席だったらしい。
第一王女殿下ーーレベッカから一方的に話を聞いているだけで、アンダーソン侯爵令息本人と対面した事もなければ、会話も同様にした事は一度もない相手である。今回の園遊会で距離は離れていたものの、彼と思わしき人物の姿を一瞬だけ目に止まった。
アンダーソン侯爵令息は黒髪の令息と会話をしていたので、個人的に黒髪の令息が気になったのが本音。黒髪の令息は後ろ姿でいた為、残念ながら彼の顔を見る事は叶わずーー。
単純に髪色が同じという理由で、クレージュ公爵の息子と決めつけるのは良くない。
今の所、園遊会でしか彼と会う機会がないので、その後はどうやって彼と会う口実を作るか。
アルカード・クレージュ公爵は、現在二十九歳で世間的にも立派な大人。
そして私はーー八歳になったばかりで、彼の足元には及ばない。
私が十六歳のデビュタントを終えるまで、彼は再婚せずに独身のままでいたら良いなと願望を抱いている。
ふとした時に考えるのは、クレージュ公爵の事ばかりーーこればかりは理性でも抑えきれない感情だ。私と同じくレベッカも想い人を考えていそう。
意識を現実に戻すとヴァソール学園長と、在校生代表の挨拶が終わっていた。
次はいよいよ新入生の挨拶だろうか。
レベッカの想い人であるサミュエル・アンダーソン侯爵令息。
私が知っているのはアンダーソン侯爵家の嫡男で、国内で最も偏差値が高くて有名な、国立ヴァソール学園に成績優秀で入学するほど知能が高い事のみ。
レベッカが想う相手なのだから、彼の人柄も期待して良いはず。
拍手を浴びながら壇上に上がってきた男子生徒。眩い金髪を揺らして歩く姿は、さすが高位貴族の令息だ。注目を浴びるのに慣れている態度である。私だったら緊張のあまり、心臓が口から飛び出すに違いない。
改めてアンダーソン侯爵令息へ視線を戻すと、彼の外見は癒し系と言うのだろうか。柔和な表情に声変わり前のボーイズソプラノ。話し方も相手が聞き取りやすく丁寧なものだ。
ーーとはいえ、まだ八歳の子供だから幼さは充分に残っている。
この時の為に演説を考えていただろう内容も聞かず、私は脳内で他の事を考えるのに夢中になっていた。大きな拍手の音に気づいて壇上の方へ視線を向けたら、アンダーソン侯爵令息は舞台袖へ向かっている。
新入生代表の演説を聞いていなかった。
どうやらアンダーソン侯爵令息の演説が最後の催しで、このまま再び教室の方へ引き返すらしい。そういえば机の上に何か置いてあった気がする。それらを回収するのと、教師の注意事項を聞いて入学式は終了だろう。




