< 5 >
私は今ーー両親達と待ち合わせを決めていなかった事を悔やんでいる。彼らと無事に合流できるのか不安になってきた。どうやら入学式の雰囲気に浮かれていたらしい。
初めての校舎で迷わずに動ける自信もないが、下手に探し回るとすれ違う恐れがある。また逆も然り。お互い探し回らずに、その場で待っている場合も有り得そうだ。校舎内は魔法無効の結界か魔道具があるらしいので、転移魔法が使えるのか分からない。
入学式で両親と合流できず、置いて帰られたら最悪だ。
さすがに徒歩で帰宅したくない。
先ほどの教室へ戻って席につく。
すぐに担任が現れて教材の保管について簡単に説明すると、そのまま教室から去ってしまった。期待していたレクリエーションのようなものはなく、生徒に教材やロッカーの使い方を説明する為に戻って来たのだろう。
机の上には幾つかの教材が乗っていて、これらは教室内にある自分専用ロッカーへ保管。教材を自宅へ持ち帰るのは厳禁のようだ。
教室のロッカーへ保管していれば、授業で必要な時に取り出せる。
私は教材をロッカーまで運んでいく。扉に魔力を注ぐと縁に名前が浮き出てきた。
これは盗難防止だろうか?
ロッカーに自分の魔力を注ぐと、その本人しかロッカーを開けられない仕組みだ。どこかに魔石か何かを仕込んでいるのか、ロッカー自体が魔道具なのか判断がつかない。
「このロッカー、とても素晴らしいわ」
担任に聞けば技術者を紹介して貰えるだろうか。
私の部屋にも一つ欲しい。
「親友はロッカーをお気に召したのね」
「第一王女殿下」
「このロッカーはね、過去の王族が入学した時に開発されたのよ」
「私物が盗まれたり?」
「私物が盗まれるのはマシな方よ。誰の私物なのか分からない物や、呪詛みたいな物まで入れられていたらしいの。特に恐ろしいのが食品! その中には必ずと言って良いほど、惚れ薬か媚薬の類が混入されていたって聞くわ」
「呪詛も気になる……」
「ああ、呪詛の置物は単純に異性から嫌われる呪い」
それを置いた男子生徒は、当時の王族の学生が学園の女子生徒を独占しているように見えたらしい。彼の婚約者も夢中になっているのを見て、誰にも振り向いて貰えない辛さを味わわせてやりたいと手作りしたようだ。
当時の王族の学生ーーというより、前国王が学生の時に押し付けられた呪詛の置物は、現在も前国王の私室に飾られているらしい。その置物が素晴らしい作品で本人が気に入ってしまい、宮廷魔術師に呪詛を解除して貰ったようだ。
「なるほど。モテない君がこっそり置いたものを気に入って持ち帰ったのも凄いわね。それ程その置物の出来が良かったって事かしら?」
「そうなのよ! しかも見事なダルマだったの。あの真っ赤な色とフォルムは拘り抜いたと思うし、顔も凛々しい眉毛が素敵な前世で良く見たものだったのよ。それを再現するなんて! その製作者は転生者に違いないわ。それよりもモテない君って……その単語を久しぶりに聞いたわ! おそらく前世で言う死語ってヤツよね」
「この世界では言わないのかしら?」
「聞いた事ないわね」
「ご歓談中に申し訳ありません」
横から見知らぬ男子生徒が声をかけてきた。
教室にいた生徒の顔を把握しきれていないが、目の前にいる男子生徒の顔は初めて見る。おそらく彼は隣の教室の生徒だろう。
近くに第一王女殿下がいるせいか、男子生徒の緊張が伝わってくる。
それでも勇気を振り絞って私の前に何かを差し出してきた。
「あの、アグレッサ侯爵令嬢にコレを渡して欲しいと言付けを頼まれました」
彼が小さな包みを私に手渡す。
手のひらの上に乗る長方形の包みは、黒いリボンが飾られている。その黒いリボンの端には赤紫色のレースが縁どられていた。黒と赤紫の色を持つ人間で、私に関連しているのは一人しか存在していない。
「その方は何方に?」
私の勢いに押された男子生徒は始終おどおどしていた。
それでも尋ねられた事に対して答えるべく、彼は意を決したような顔で言葉を発する。
「それを渡されたのは入学式が始まる前で……式が終わった時に渡して欲しいと言われました」
男子生徒の言葉に声が出ない。
せめて一目でも顔が見られたら良かったのに、その願いは虚しくも消え去った。気持ちを整える為に深い溜息を吐き出し、プレゼントを運んできてくれた男子生徒へお礼を告げる。
「そう……届けて下さって有難うございます」
私の言葉に男子生徒がホッとしたような表情を浮かべた。
「いえ、それでは失礼致します」
ぺこりとお辞儀をしてから男子生徒は去って行く。男子生徒の姿が完全に見えなくなるまで見送った後、私は自分の手のひらに残された包をじっと見つめる。
まさか入学式に来ていたとは思っていなかった。
彼の息子は別の学校へ入学する予定と聞いていたので、この学園にクレージュ公爵が来る理由はない。
「中を確認しなくても良いの?」
レベッカがにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。
「言われなくても確認するわよ」
そう言ってからリボンを丁寧に解いて包み紙を広げていく。包み紙の下には長方形の箱があり、箱の蓋を開けてみると白銀の土台に小粒のブラックダイヤモンドがついたバレッタ。
バレッタを手に持つと箱の底にカードが入っていた。
簡潔に「入学おめでとう」と一言だけ。
そして差出人の名前はない。
「ブラックダイヤモンドね……小粒だけど品質が素晴らしいわ。伯父様なりのサプライズかしら。良かったわね」
「どうしよう……嬉しすぎて泣ける」
「泣いても良いわよ」
「わざわざ足を運んでくれたのかしら?」
「ここの卒業生はランダムで入学式に招待されるのよ。きっと今回は伯父様が招待される順番だったのね。入学式の招待を受けたついでに、貴方に入学祝いを渡したかったのかもしれないわ」
卒業生がランダムに入学式へ招待されるのは、何か意図があるのだろうか。
もしくは青田買い?
今は子供でも、将来は有望な人材になる可能性を秘めている。そういった人材を見極める為に、卒業生が招待をされるのなら納得のいく所だ。
そこへ「きゃあ!」という黄色い歓声が教室内に響く。
まるで有名人を見つけたような黄色い歓声ーーもしやと思って教室の中を確認すると、女生徒に囲まれている自分の父の姿が視界に飛び込む。
教室に佇む超絶美形の姿。
あまりにも不似合い過ぎる。
「お父様?」
この場に現れた父に戸惑う。
教室内には子を迎えに来ている親がいる為、父が現れた理由も同様のようだ。
「ジュリエンヌ、遅いから迎えに来た」
父から余所行きの表情で告げられるのに慣れない。
まだ無表情でいてくれた方が落ち着くのに。
ーーそうだ。父はこの学校の卒業生だった!
だから私を迎えに父が来たのだろう。
かつての学園の生徒なら迷わずに子供を迎えに来る事が出来る。学園を卒業して何年経とうが、教室の場所は変わる事がない。それよりも、私の存在を覚えていた事に驚く。
まるで普通の父親の行動だ!
父が普通の親のような行動をするのに、どうしても違和感を感じるのは何故だろう。おそらくだが祖父母の何方かに、「ジュリエンヌを連れて来なさい」と言われて、父は素直に従っただけ。
父は祖父母の言葉に対し、素直に従う所があるのだ。
「ごきげんよう、アグレッサ侯爵」
レベッカも負けじと王女らしい対応をする。
「ご無沙汰をしております、第一王女殿下」
「わたくしのご機嫌伺いは必要ないわよ。そういうのは、お父様やおじい様に向けてあげて」
レベッカが私の方へ体の向きを変え、そのまま抱き着いてきた。
「明日から宜しく、親友!」
父に聞こえない声で私の耳元で囁く。
それに答えるように私が頷くと、レベッカが私から離れた。
私は何事もなかったかのように、レベッカへ向き直る。
「父が迎えに来ましたので失礼しますわね、第一王女殿下」
「ええ、また明日。アグレッサ侯爵令嬢」
父と共に教室を出て廊下を歩く。
こうして父と並んで歩くのは初めての事だ。すれ違う学生や保護者たちから「父親にソックリね」とか、「相変わらず麗しいお姿」といった声が聞こえてくる。
中には「長女よりも次女の方が優秀なのね」等と、姉をディスる声も聞こえてきた。超絶美形な容姿に生まれると、視線を集めやすいのか。聞きたくない言葉が聞こえて不愉快になる。
姉の事は好きになれないが、他人に言われるとムカムカするのが不思議だった。
「第一王女殿下と親しくなったのか?」
いきなり父が話しかけてきた。
普段はスルーする所なのに、相手が王女殿下だから見過ごせないのだろうか?
「初めて園遊会へ参加した際に知り合いました。それから親しくさせて頂いております」
「……そうか」
ここで会話が終了。
父との会話は続かないので、下手に話しかけてきて欲しくない。
「ジュリエンヌ、遅かったわね」
「祖母様、お待たせをさせてしまったようで……申し訳ありません」
「いいのよ。お友達は出来たのかしら?」
「はい」
「ジュリエンヌは王女殿下と親しくさせて貰っていたようだ」
「まあ! 第一王女殿下と? それは素晴らしいわ」
「園遊会の時に知り合って、そこからお付き合いをさせて頂いているの。第一王女殿下と話が合うのか、つい時間を忘れてしまって……ごめんなさい」
「わたくしは聞いておりませんわ」
母が祖母との会話に割って入ってきた。
「お母様から訊ねられておりませんので、言う機会がなかっただけです」
「園遊会は三か月前だったじゃない。晩餐の時にでも話題を振れば……」
「いえ、わたくしが初めて参加した園遊会の時に知り合ったのです。第一王女殿下とは何度も手紙のやり取りもしておりました」
私の言葉に母はショックを受けたようだ。
「ジュリエンヌが初めて参加したのは六歳の時よね?」
「はい、祖母様」
「今も手紙のやり取りは続いているの?」
「いえ、手紙のやり取りはしていませんが、別の連絡方法で続いております」
「貴方と王女殿下は良き友なのね」
「はい、第一王女殿下から親友と呼ばれてくすぐったいです」
「あの王女殿下は気難しいと噂があるのよ」
それは意外な言葉だった。
「そうなのですか?」
私とは普通に会話が成立している。
第一王女殿下と話をすると、とても楽しくて時間があっという間に過ぎるのだ。互いに共通点が多いせいか話題が尽きず、延々と二人で語っていられる。どちらかが寝落ちするまで語り合った事も。
「同年代の子女とは話が合わないと、社交界では有名な話よ。それに王妃陛下の茶会で愚痴を零された事があるわ。第一王女殿下は幼少期の頃から利発だけど、同年代の子女と話が合わなくて困っていると。貴方と親しく出来るなら大丈夫そうね」
祖母の言葉に納得する。
私も彼女も転生者で前世の記憶を持っている為、中身は大人の人格なので純粋な子供とは付き合えない。そもそも話が幼稚すぎる上に、互いの会話が噛み合わないのだ。
成人した大人が子供に接するような感じだろうか。言葉が通じない相手と接するのは精神的にも苦痛である。
「分かる気がします」
「王女殿下とはどういった事を話すの?」
「そうですね……ほとんど他愛のない事が多いのですが、大まかに言えば将来についての話が多いかもしれません」
私の言葉に祖母が驚いた表情を浮かべた。
「貴方たちは八歳よね?」
「はい」
「それで将来の話? まだ将来の話をするには早くないかしら?」
「祖母様、八歳は遅いくらいですよ?」
私の言葉に祖母がショックを受けたらしい。
「第一王女殿下は成人の儀を迎えた後、王族籍から外れて貴族籍になりますし……将来の見通しがなければ準備する事は出来ません。何事も根回しと下準備が必要になります」
「貴方も将来を見据えているのかしら?」
「そうですね……個人的な希望として、アグレッサ侯爵家から籍を抜けて自立したいと考えております。その下準備の為に学園へ入学するのは重要でした。三歳から家庭教師はついておりましたが、五歳になる前に授業が全て終了してしまったので、邸の図書室にある本を読みながら独学で勉強をしていたのです」
「とても良い心がけだわ。だけど……貴方が見据える将来に、アグレッサ侯爵家から籍を抜けるという話は聞かなかった事にしておきます。貴方がわたくしの想像以上に勉強家なのは、間違いなく旦那様とダーレンの血筋ね」
「有難うございます。ですが……わたくしは祖母様に褒められる器ではありません。不出来な孫で申し訳なく感じております」
「ジュリエンヌ、どういう事かしら?」
「魔法の実技では首席を取れましたが、学力の筆記試験では三番手だったのですもの。お父様は入学試験から卒業まで、ずっと首席だったと聞き及んでいます。それなのに……わたくしは三番でした。不出来な娘で申し訳ありません」
「え?」
一同が驚きの声を上げる。
何をそんなに驚く事があるのだろう。
「ジュリエンヌが三番手?」
父ダーレンが会話に参加するなんて初めての事だ。
ダーレン・アグレッサ侯爵は、入学試験の学問と魔法実技試験を同時にパーフェクトな成績で合格。更に在学期間中も首席を保持したまま卒業した当事者だ。
その娘が三番手では不満なのかもしれない。
私なりに試験を頑張った結果なので、これといって不満はないのだ。実力不足だったという事である。自分は完璧な回答をしたつもりでいたが、何かしら凡ミスを犯したのだろう。
父はこれまで家庭教師に教わった授業の内容についてとか、私の勉学の進み具合すら一度も確認して来なかったのだ。ずっと無関心を装っていたのだから、その姿勢のままでいれば良い。
入学式が終わった後に試験結果に不満があるなら、合格通知が届いた時に苦言を言って欲しかった。
「首席はアンダーソン侯爵令息、次席が第一王女殿下、そして三番手がわたくしだったので不甲斐ない娘です」
「そんな事ないわよ。アンダーソン侯爵令息は幼い頃から神童と呼ばれていた程の知識力で、第一王女殿下も徹底された教育を受けて育ってきたのだから」
祖母が慰めるような言葉を口にする。
本当に優しい祖母だ。
「お父様は首席で入学されて、卒業まで成績を継続なさいました」
「ダーレンの時は手ごわい相手がいなかっただけよ。貴方が気に病む必要はないの。それよりも三番なんて好成績じゃない。もっと自分を誇りに思いなさいな」
「祖母様、慰めて下さり有難うございます」
私が小さな笑みを零すと、祖母の手が私の頭を優しく撫でる。
「それに引き換え長女の方は……不甲斐ないのはハリエットの方じゃなくて? メグさんが甘やかすから勉学を疎かにする娘に育ったのよ。明日は王立ノヴェール学院の入学式ね。わたくしと夫は遠慮させて頂くわ。アグレッサ侯爵家から王立ノヴェール学院へ通う者が出るなんて一族の恥よ? 幼い頃から教育をさせていたのではなくて?」
ここで祖母が深い溜息を漏らす。
「ジュリエンヌと大違いだわ。ハリエットに嫡女は、最初から相応しくなかったのね。アグレッサ侯爵家の次期当主は嫡男のレイモンに確定よ」
姉は侯爵家の後継者になる予定だったはず。
弟のレイモンが生まれるまで、アグレッサ侯爵家には娘しかいなかった。そこで姉のハリエットが、次代のアグレッサ侯爵家を継ぐべく教育が四歳から行われたのである。
私と同じで三歳から礼儀作法がスタートしたが、それと並行して学問と魔術を学ぶ。
そこで姉に属性魔法がない事に教師が気づいたらしい。
アグレッサ侯爵家は古くから水属性魔法を扱うのに特化して、水魔法の上位である氷魔法が使える。氷魔法が使えるのは国内ではアグレッサ侯爵家のみ。
更に父は国内でも数少ない全属性保持者な上に、魔力量も相当な数字を持っているチート型。しかし、逆に母のマグノリアは魔力量が平均以下で、生活魔法の初歩しか使えない。
姉は母の血を濃く受け継いでいる事も左右しているが、母よりも魔力量が低くて生活魔法の初歩が使えるのか怪しい所だ。そもそも魔法を使っているのを見た事がない。幼い頃に基礎として魔力を練る事から始めるが、そういった場面を見た事がないのも不思議に思う。
王立ノヴェール学院も名門の一つ。
姉は本当に実力で試験に受かったのだろうか。私が通う学園の入学試験で白紙に近い解答用紙だったのに。魔力量が少ないから実技試験で落ちたのは分かる。姉に対して疑問ばかりが募っていく。
姉とは対照的に弟の方はしっかり父の血筋を受け継いでいるようで、まだ一歳なのに膨大な魔力を感じる。髪色と瞳で氷魔法が使えるのは確実だ。将来有望と言っても過言ではない。
「母上、メグを責めないで欲しい。彼女は充分に尽くしている」
「メグさんは嫁としては申し分のない方よ。ただ……子を持つ親としては頼りないと言っているの。メグさんは頼りないし、貴方は父親として失格だわね」
父が祖母にダメ出しを喰らっている。
祖母の言っている事は正論なので、両親どちらも言い返す事はしなかった。その後は馬車の中に漂う重苦しい空気を払拭したくて、私は祖母に別の話題を提供する。
レベッカから教えて貰ったロッカーに置かれた呪詛の置物。
その話題に食いついた祖母は笑顔を浮かべて、私の話を聞いてくれた。




