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転生令嬢は初恋を貫く!  作者: 尾木 愛結
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 大舞踏会の当日ーー午前中は通常通り、クレージュ公爵の執務の補佐をしていた。


 夜会は十九時からなので、支度は午後に入ってからでも遅くない。いつもと変わらない時間に、ふと幸せを噛み締める。手元には他国語で書かれた見積書と商品の取引の書類。


 クレージュ公爵領の特産品として知名度を上げた、ソーセージとハム。そして炭酸水とコーラも他国に知られる存在となった。その取引相手にジャムやピクルスも宣伝しておく。



「クレージュ公爵、こちらは上客ですね。炭酸水をお求めなら、ピクルスとビーフジャーキーも定期購入して貰えそうですわ」


「この商品リストで何か分かったのか?」


「わたくしの個人的な推測ですが……お酒好きな印象を受けました。炭酸水で割るお酒に合うのは、ピクルスとビーフジャーキーにポップコーンですわね」


「ジュリエンヌ嬢は賢いな」


「ふふふ、お褒め頂き光栄です」


「ジュリエンヌ嬢が補佐してくれるようになって、旦那様の執務が捗って助かっております」



 執務補佐官のグレヴィ伯爵令息が笑みを浮かべる。

 その彼の父親である執務室長のグレヴィ伯爵が頷いているのが見えた。


 他にはクレージュ公爵の幼馴染で侍従をしているセルジュ・ミュッセは脇に控え、もう一人の侍従ミシェル・ボルデは雑用を行っている。この場には常に四人から五人の執務官と侍従が集う。

 私の傍にはアリエルが控えているので、女性二人に男性が五人といった形だ。


 その人数でも狭く感じないのは、執務室が広いからだろう。



「お嬢様、昼食が済みましたら準備を始めます」


「もうそんな時間か?」


「はい、旦那様」


「アリエル、この作業が終わったら此処を出るわ」



 私はやりかけの作業を終わらせる。


 執務室を出たのは正午の時間だった。軽く昼食を済ませてから、入浴して夜会の準備を始める。ドレスは白を基調としたデビュタント用のもの。シュミーズタイプでふんわりしたデザインのドレス。


 卒業パーティーでは大人びた感じのデザインだったが、デビュタントのドレスは清楚をイメージしてデザインしたのだ。このドレスを着てクレージュ公爵のエスコートで会場へ向かう。


 クレージュ公爵令息は王都の邸にいる。


 ベル伯爵令嬢は私の侍女として働くはずが、なぜかクレージュ公爵令息の専属のような動きだ。常に彼の傍にいて世話をしている。クレージュ夫人が正式に私専属と決めたはずなのに。


 アリエル一人で十分なので不自由はない。

 クレージュ夫人の配置に従わない彼女は何を考えているのだろう。


 ーー私には関係のない事だけど。


 クレージュ公爵令息が手放さないのか、彼の婚約者でいる私に仕えたくないのか分からない。女主人であるクレージュ夫人の配置に従わないのは、彼女の立場が悪くなるだけだ。

 私に侍女がついたのはクレージュ公爵邸に来てからなので、自分の事は一人で出来る。


 現状でアリエルが傍にいてくれるから、それだけで十分だった。



「お嬢様、旦那様から此方を預かっております」



 アリエルが差し出したのは、白金を台座にしたブラックダイヤモンドのついた髪飾りと耳飾り。デビュタントの白い衣装に差し支えないデザイン。



「素敵……」



 白金はカスミソウをモチーフに細工されている。



「坊ちゃまからは何も預かっておりません……」


「いいのよ」



 私には何もないが、ベル伯爵令嬢には贈っているのだろう。


 クレージュ公爵から素敵なアクセサリーを頂けたのだから、婚約者から何も届かなくても気にしない。



「坊ちゃまは婚約者の事を、もっと気にするべきです。エスコートだって……あの子も侍女として雇われたのだから、自分の立場を弁えるべきなのに」



 ぷりぷりと怒るアリエルに「気にしていないから」と宥める。


 アリエルに髪型をセットして貰い、クレージュ公爵から頂いたアクセサリーを身に着けて貰った。耳飾りと髪飾りに指輪ーー全てクレージュ公爵から頂いた物で身を飾る。


 ーーまるでクレージュ公爵のものになったみたい。


 きっと本人は深い気持ちで贈っていないと思う。

 

 息子の婚約者に向けて贈っただけーーそこに彼の感情はないはず。支度が整ってから部屋を出る。玄関ホールには老公爵夫妻とクレージュ公爵が立っていた。



「まあ! ジュリエンヌ、とても綺麗だわ」


「ジュリエンヌ嬢ーーもう立派な淑女だな」



 クレージュ夫人とクレージュ公爵の二人に賛辞を言われて嬉しく思う。



「お二人とも有難うございます」


「さて、王都の方へ向かおう」



 老公爵はクレージュ夫人をエスコートし、私はクレージュ公爵のエスコートで転移門を抜ける。行先は王都のクレージュ公爵邸の一室。そこから外へ出て馬車で王宮へ向かうのだ。


 クレージュ公爵令息とベル伯爵令嬢は既に出た後らしく、私たちは四人で馬車に乗り込む。



「あの孫は何を考えているのかしら。明日は入籍の為の契約を交わすと言うのに」



 明日の午前中にアンダーソン侯爵夫妻も交えて、正式な婚姻の契約を交わす。しかも嫡男の結婚式当日なので、慌ただしい思いをさせてしまって申し訳なく思う。


 ーー明日はレベッカの結婚式!


 老公爵夫妻とクレージュ公爵も招かれている。

 王家の代表はギャスパル・アデレード王太子殿下とエルネスト・アデレード第二王子殿下の二人。国王夫妻とグレース・アデレード第二王女殿下は、神殿で行われる式典のみ顔を出すらしい。


 披露宴には王太子殿下と第二王子殿下の二人。


 そこにクレージュ公爵と夫人が揃うと、王族の血筋が四人もいる事になる。

 豪華なゲストだ。



「ダニエル様の考えがあるのでしょう」


「あの孫にジュリエンヌは勿体ないわね」


「母上、俺が至らずーー」


「アルカードが悪いわけじゃないわ。あの女の血が良くなかったのよ」


「マリー、そんなに怒ると君の美しさが半減してしまうよ。私は君に笑っていて欲しい」



 ーークレージュ公爵の天然タラシの原因は老公爵だった!


 老公爵の外見で女性を褒める言葉が出るなんて、他の人は知らないと思う。


 見た目で言えばーー老公爵は体が大きくて怖い顔をしているが、その内面はとても優しい。いつもクレージュ夫人を思っているのが伺える。私の祖父母と同じく理想の夫婦の姿だ。



「まあ……」


「ふふふ、お二人が仲良しで微笑ましいですわ」



 互いを思い合う二人を眺めながら呟く。



「では、ジュリエンヌ嬢は俺と仲良しでいよう」



 ーーなんと!!



「はい、クレージュ公爵」



 クレージュ公爵から「仲良し」という言葉を頂いた。


 私の心を掻きまわすなんて、やはり天然タラシで間違いない。

 ますますクレージュ公爵に対する気持ちが強くなる。


 馬車が王城の入口につけられ、それぞれエスコートされて馬車から降りると、そのまま舞踏会の会場の方へ歩いていく。下位貴族たちと降りる場所が違うようで、クレージュ公爵家は会場により近い場所だった。


 混雑を避ける為なのか、単純に高位貴族たちの歩く距離を短くしているのか。

 おかげでスムーズに会場へ到着した。



「ジュリエンヌ嬢、呼ばれるまで奥の待機室で待とう」



 クレージュ公爵に促されて垂れ幕の向こう側へ向かう。

 その場は個室になっていて、三人掛けのソファが向い合わせに二つ。その中央にテーブルが設置されている。



「喉が渇いたわね」



 この個室を担当している王宮女官がお茶の用意をしてくれた。



「舞踏会への入場は、まず先に下位貴族から入場するのが習わしだ。王宮官吏の者が家名を呼び、その順番で入場していく。侯爵家と公爵家は最後の方になるから、こういった待機室が用意されている」


「ダニエル様は?」


「おそらく伯爵家の名で入場するのだろう。我が家名で入場すると誤解を招く」



 連れの女性が伯爵令嬢だから、その相手の家名で入場するのか。


 ここでクレージュ公爵家の順で入場すれば、本来の婚約者であるじゃなく別の女性を伴っていれば、確かに誤解を招きそうだ。私がクレージュ公爵令息の婚約者であるのは知られている。


 だからこそ、私はクレージュ公爵家の順に入場して、婚約者の父であるクレージュ公爵のエスコートが必要だった。こういた場が苦手なクレージュ公爵が、息子の婚約者を連れている。これだけでクレージュ公爵家と、婚約者の私が円満な関係だと知らしめる行動らしい。


 ーーよく分からないけど、私にとって役得だった。



「わたくしの名はアンダーソン侯爵家になっているのかしら?」



 アンダーソン侯爵家の養女になた事は、ごく親しい者にしか伝えていない。


 養子縁組は正式な書面で交わしたが、成人前だったので極秘に近い扱いだった。私の後見人になっているのが王族だから、さすがに手配はしていると思うけれど。



「ああ、失念していたわ」


「明日には家名が変わるのだから、どちらで呼ばれても気にする必要はないさ」



 老公爵の一言で、一同が頷く。



「それもそうね」


「確かに」



 そこへ王宮官吏の人が待機室に顔を出した。



「クレージュ公爵家御一行様、間もなく呼ばれますので待機をお願い致します」



 紹介が最後の方だと言われていたので、本当にゆっくりする事が出来た。お茶を飲んで喉を潤し、他愛のない会話で和やかな時間を過ごせたと思う。



「レディ、お手をどうぞ」


「ふふふ、お願い致します」



 クレージュ公爵の差し出した手に、私の手が乗った。



「クレージュ公爵家、アブラーム・クレージュ老公爵。妻マリーテレーズ・クレージュ夫人。アルカード・クレージュ公爵、そしてジュリエンヌ・アンダーソン侯爵令嬢のご入場」



 本当に名を呼ばれての入場である。


 一斉に注目を浴びて緊張がピークに達した。慣れない場に足が震える。



「ジュリエンヌ嬢、大丈夫だ」



 クレージュ公爵に囁かれ、私は意を決すると背筋を伸ばして歩く。



「まあ、アグレッサ侯爵にソックリね」


「そういえば、次女と嫡男が優れていると噂だったわね」


「アンダーソン侯爵令嬢と呼ばれていたけど、何か意味があるのかしら」


「クレージュ公爵が女性をエスコートするなんて珍しいわね」



 人々の言葉が耳に入って来る。


 私の容姿は元父そっくりなので、アンダーソン侯爵令嬢と紹介されても意味が分からないだろう。それに婚約者ではなく、その父親にエスコートされているのだから余計に。



「父上、エンヌ」



 クレージュ公爵令息がデビュタント用のドレスを着た令嬢を伴い、目の前に現れた。


 薄茶の髪に空色の瞳ーー顔はそれなりに整っている。こういった場では、特に秀でた美貌ではない為、人に埋もれて気づかれないだろう。


 彼女が身に着けている装飾品は、クレージュ公爵令息から贈られたと分かる。


 さすがにブラックダイヤモンドのついた物はつけていないが、髪飾りや首飾りはかなり高価な品だ。本日より後見人だったクレージュ公爵の後ろ盾が消える。資産もない彼女が、デビュタント用のドレスや高価な装飾品が買えるはずがない。


 その見返りにクレージュ公爵令息に、自分の体を差し出したと言われたら納得しそうだ。



「エンヌ、今夜はすまなかった」



 私がデザインした衣装を着ているのに、別の女性をエスコートしている。


 クレージュ公爵令息の表情に後悔している様子は感じられない。

 元から彼女をエスコートしたかったのだろう。



「いいえ、わたくしは気にしておりません」



 クレージュ公爵にエスコートして貰えたから、こうなって良かったのかもしれない。



「アグレッサ侯爵令嬢、本当に申し訳ありません。わたくしが悪いのです」



 ベル伯爵令嬢が謝罪の言葉を告げるが、本心じゃない事が伺えた。


 見た目は普通だが、彼女の内面は強かなのだろう。伯爵令嬢という立場で、侯爵令嬢の婚約者をエスコートで侍る。彼女の心の中は優越感に浸っていそうだ。


 ーー感じ悪い。


 私から見た彼女の第一印象はソレだ。


 同性には態度が悪く、異性の前ではしおらしくするのだろう。

 そういったタイプと仲良くするのは無理だ。



「何度も言いますが、わたくしは気にしておりませんので。ダニエル様は友人とご挨拶はされましたの?」



 この女とは相いれない。


 私はクレージュ公爵令息に別の話題を促す。



「いや……」



 ーーでしょうね!


 卒業パーティーの時から、彼らとの交流が絶たれている事に気がついている。


 正式な婚約者がいながら別の女性に懸想しているのだ。しかも既に肉体関係まで発展しているのだから始末が悪い。目の前にいる女の方が、クレージュ公爵令息よりも肝が据わっている。



「わたくしは、これから挨拶に周りますの」



 国立ヴァソール学園の同級生や先輩たちに挨拶へ向かう。


 生徒数が少ない関係なのか、国立ヴァソール学園の卒業生同士の交流が深い。いずれスタンピードの討伐部隊として、卒業生が駆り出される事も交流が深くなる理由なのか。


 クレージュ公爵令息は学園と関係ない存在なので、彼らとの縁を切られたらどうするつもりだろう。他に友人がいる話を聞いた事がない。


 目の前にいる女は王立ノヴェール学院で、クレージュ公爵令息の後輩にあたる。

 私が知らないだけで、王立ノヴェール学院の同級生と繋がりがある可能性も見えてきた。



「そうか。フィル兄たちに宜しく伝えてくれないか?」


「あら、ご自分でご挨拶をされた方が良いのでは?」



 ちょっとだけ意地悪をしてみる。


 クレージュ公爵令息が、再び罰の悪い顔を浮かべながら溜息を漏らす。



「明日も顔を合わせるから、挨拶はその時にするよ」



 きっと彼らに合わせる顔がないと見た。


 クレージュ公爵令息は、私の隣へ視線を向ける。



「父上にエンヌを任せて申し訳ありません」



 父親に謝罪の言葉を告げた。



「こんなに素晴らしいレディのエスコートをする機会があって、とても光栄に思っている」



 クレージュ公爵は私の方へ視線を向け、薄い笑みを浮かべながら息子へ告げる。



「馬車の中からずっと言うのですよ。クレージュ夫人も一緒になって言うものですから、わたくしも恥ずかしくて何度も顔を赤くしていますのよ」



 私もクレージュ公爵の言葉に続く。


 クレージュ公爵令息に嫌味が通じただろうか。



「エンヌはベッキーだけじゃなく、父上や祖母上とも仲が良いんだな」


「ええ、仲良くさせて頂いています。わたくしの事は気にせず、ご令嬢と楽しいひと時を」



 クレージュ公爵のエスコートを受けて、私たちはその場から離れる。


 私の本命はクレージュ公爵なので、クレージュ公爵令息がエスコートしなくても心は痛まない。クレージュ公爵令息の不貞が分かっていたら、彼と婚約する道を選ばなかった。


 そうなっていたら、正攻法でクレージュ公爵に振り向いて貰えるように、私は努力していたと思う。

 そんなタラレバの話をしても今更だ。


 クレージュ公爵の隣に、堂々といられる幸福を噛み締めなくては!


 この一部始終を眺めていたのが、元父アグレッサ侯爵と養父母のアンダーソン侯爵夫妻だったらしい。彼らのクレージュ公爵令息へ向ける目が強くなっていくとは、この時の私は予想すらしていなかった。




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