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転生令嬢は初恋を貫く!  作者: 尾木 愛結
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 デビュタントの翌日ーー王都のクレージュ公爵邸の応接室に、クレージュ公爵とクレージュ公爵令息の親子に、老公爵夫妻がソファに並んで座っている。


 その対面側には養父ラファエル・アンダーソン侯爵と、養母ミュリエル・アンダーソン侯爵夫人に私が並んでいた。


 テーブルの上には結婚契約書。



「わたくしの出す条件は此方でございます」



 すっと差し出した書面を見て、クレージュ公爵令息の顔色が変わる。



「エンヌ、どういう意味?」



 契約書の項目に視線を落としたまま、クレージュ公爵令息が尋ねてきた。



「書面の通りにして頂けますか?」



 その書面には以下の通りを記載した。


 二年間は白い結婚とする。

 その間の部屋は別々とする。

 結婚契約書と同時に離縁書にもサインをする。

 どちらか不貞不倫をした場合、即座に離縁届けが出せる。

 離婚した場合、不貞不倫をした相手から慰謝料の請求が出来る。



 この五項目の条件については、クレージュ夫人とクレージュ公爵に予め相談した結果だ。


 クレージュ公爵令息が、ベル伯爵令嬢と既に肉体関係という事は伏せているが、二人は結婚式の話が進んでいないのを訝しんでいたのである。


 そこは素直に「話を反らされる」と答えておいた。


 

「何か問題はありますか? わたくしも保険が必要なのです」



 私は至って真面目な顔をする。



「どういう事かな?」



 アンダーソン侯爵が私に理由を促す。



「ダニエル様は結婚式の話を反らしてばかりいるので、わたくしなりに保険をかけたかったのですよ。二年というのは、結婚式の準備を兼ねているので問題はないかと」



 特に結婚式に拘りはないけれど、この二年という期間がギリギリだったのだ。


 これから神殿のスケジュールを調べ、披露宴となる場所の準備。そして一番は婚礼衣装に時間がかかること。最低でも一年はかかるのだ。それでもギリギリの範囲なので、仕立てに余裕を持たせるなら二年が妥当である。


 レベッカも二年以上かけて準備を進めていた。


 私も十四歳の時に提案したが、クレージュ公爵令息が留学から戻ったら一緒に考えると言い出したので、それから現在まで保留のまま。


 彼の方から話は全くない。


 もうずっと「入籍は予定通り行う」と言い続けるだけで、結婚式の日取りに始まり、何処で式を行うといった話をしてくれないのだ。


 まだ百歩譲って話を反らすだけなら良かったのだが、別の女性と淫らな行為をしているのだから始末が悪い。

 私と婚約を解消せずに、平気な顔で二股をしている。


 ーー私が条件に出すのは間違っていないはずだ。


 私の説明にアンダーソン侯爵が頷いて答える。



「ーーなるほど」



 その隣に座っていたアンダーソン侯爵夫人も、ようやく納得といった表情を浮かべていた。



「そうね……結婚式を挙げてから初夜を行うのは、これまでの慣例から外れていないわね」



 結婚式を挙げずに初夜を迎える新婚は多い。


 しかし結婚式を考えている場合だと、式を挙げてから初夜を迎えるのが基本である。せっかく婚礼衣装を仕立てるのだから、懐妊したら服のサイズが合わなくなってしまう。

 それを踏まえて式の後に初夜を迎えるのだ。


 私の出した条件を飲む形で契約書にサインをする。


 その流れで二通の離縁書にもサイン。一通ずつ離縁書を持つという形を取った。どちらか片方が所持していると、争いごとの種になり得る。互いが所持していれば争う必要はない。


 私は二年を待たずに離縁書を提出する予定だ。



「ーーでは、二人は婚姻の書類に魔力を注いでくれ」



 私とクレージュ公爵令息は同時に魔力を注ぐ。


 その瞬間、契約書が塵となって消える。実際に消失したわけじゃなく、神殿の方へ飛ばされた形だ。この婚姻の契約書は神殿で保管されるもの。離縁書が届いた時点で、その婚姻の契約書は完全に消失するといった仕組みらしい。


 契約書に使われている用紙に魔法が付与されているもの。魔道具と少し違う魔法の組み入れらしいが、魔力を注ぐ事によって離縁書と繋がり、そちらに片方の魔力が注がれたら婚姻契約書が跡形もなく消え失せる。


 勿論、通常の婚姻契約書は魔力を注がない。

 魔法契約書は通常の契約書より高額になるので、ほとんどの者は使用しないだろう。


 私が敢えて此方を選んだのは、時期を見計らって離縁する予定でいるから。



「本日よりジュリエンヌ・アンダーソン改め、ジュリエンヌ・クレージュとなった。二人とも結婚おめでとう」


「有難うございます、養父様に養母様。それと老公爵夫妻にクレージュ公爵、これからダニエル様と共に宜しくお願い致します」


「ジュリエンヌ、わたくしの事はお母様で良いのよ? ジュリエンヌに両親と言われているアンダーソン侯爵夫妻が羨ましいわ」



 クレージュ夫人がアンダーソン侯爵夫妻に訴えている。



「まあ、クレージュ夫人はジュリエンヌの事がお気に入りなのですね」



 アンダーソン侯爵夫人が、意外そうな表情を浮かべながら言葉を漏らす。



「ええ、こんなに良く出来た娘が貰えるなんて嬉しい限りよ。アルカードは義理父よりも、パパと呼ばれたい?」



 クレージュ夫人が悪戯っ子のように、クレージュ公爵に訪ねている。



「ーーパパは嬉しくない」


 クレージュ公爵がムスッとした空気を醸し出す。


 ーーパパ!!


 クレージュ公爵を「パパ」と呼ぶと、いかがわしい気持ちになるのは何故だろう。


 個人的に「パパ」や「義理父」ではなく、「アルカード様」と呼びたい。クレージュ公爵を名前で呼ぶのは、クレージュ夫人と老公爵の二人だけだろう。


 先輩であるはずのアンダーソン侯爵も、クレージュ公爵と呼ぶのだから名前呼びの特別感は半端ない。



「養父様、養母様。これから結婚式なのに、お忙しい中、本当に有難うございます。お仕度の準備がありますので、そろそろ出た方が良いかと存じます」



 これからレベッカとアンダーソン侯爵令息の結婚式。

 

 神殿で婚礼式を挙げてから、アンダーソン侯爵家で披露宴の予定だ。

 レージュ公爵家一同は、婚礼式からの参加である。披露宴は婚礼式に参加できなかった同級生たちや、アンダーソン侯爵令息の友人たちが集うらしい。


 二人を見送った後、私たちは一旦領地の方へ向かう。


 王都のクレージュ公爵邸に、私の荷物が一つもないからだ。

 クレージュ公爵令息はその逆で、王都の邸に彼の私物が全てが揃っている。

 領地の邸には普段着しか置いていないらしい。


 私たちが領地で着替えを済ませてから、クレージュ公爵令息と共に神殿へ向かう事になった。



「お嬢様、湯あみの準備が整っております」



 アリエルが出迎えてくれて、一緒に部屋へ向かう。

 私の部屋は十歳から使用している客間のまま。


 新しい部屋を用意してくれたようだが、どうせ離縁するのが決まっているので、部屋の移動はしないでおく。それに六年も使い慣れた部屋なので、個人的に愛着はある。



「ドレスは予定の物で宜しかったですか?」



 本日のドレスはクレージュ夫人が力を入れている素材で仕立てたもの。

 クズ石を粉にしたものを染料に混ぜ、それを糸の時点で染め上げたのだ。布になった状態で染めるよりも、糸のままで染めた方がムラになりにくい。


 私は自分の瞳の色の藍色のドレスで、クレージュ夫人は老公爵の瞳の瑠璃色のドレスを仕立てた。


 クズ石の粉は糸の繊維に入り込み、それを織って布にすればキラキラと輝く美しい生地となる。この素材への装飾は最低限に抑え、生地の美しさを引き立たせるのが重要とした。



「ええ、今から考えるのも面倒臭いのよ」



 湯あみをパパっと済ませ、濡れた髪は風魔法で瞬時に乾かす。


 アリエルが準備してくれたドレスに袖を通し、生活魔法で難なく着替え終わる。



「お嬢様、わたくしの出番がありません」


「手間が省けて良いじゃない」


「お嬢様がご自分でなさるから、わたくしは楽過ぎますわ」


「アリエルの仕事は、わたくしの髪をセットする事よ」


「ええ、責任重大の仕事です」



 そんな冗談めいたやり取りをしながら支度を進めていく。

 アリエルに髪を結って貰い、髪飾りはクレージュ公爵から頂いたブラックダイヤモンドのついたもの。


 耳飾りと指輪も同様だ。



「ジュリエンヌ嬢、此方をーー」



 クレージュ公爵から新たな首飾りを渡された。

 しかも彼の手で首飾りがつけられる。


 白金の素材で作られた美しい三連のチェーン型だ。



「有難うございます……パパ?」



 先ほどのやり取りの通りに告げれば、クレージュ公爵が「その呼び方は駄目だ」と、複雑そうな表情を浮かべている。クレージュ夫人は「わたくしは、お母様よ」と言って微笑む。


「はい、お母様」とにっこり笑みを浮かべれば、クレージュ夫人に抱きしめられた。



「さあ、王都へ戻って神殿に向かいましょう」



 四人で転移門を抜け、王都の邸の一室に戻ってきた。


 玄関ホールへ向かうと、礼服に身を包んだクレージュ公爵令息が立っているのが見える。彼の隣に立つ侍女姿の女性は、例のベル伯爵令嬢だろう。


 クレージュ夫人が彼女を一瞥した後、汚いものを見るような顔を浮かべる。


 ーーもしかして二人の関係を既に知っているのかな?


 私の卒業パーティー以来、クレージュ公爵令息の立場が悪くなっているのは気のせいだろうか。


 あの件で物心ついた時から、兄弟同然に過ごしていた人たちと絶縁状態が続いている。私という婚約者がいながら、二人の女性と親密になっていた。


 そのうちの一人はハリソン伯爵令嬢。


 現在は何をしているのか分からないが、これまでのように貴族令嬢として過ごせていない事だけは知っている。命があっただけでも奇跡に近い。本当なら極刑でもおかしくなかったのだから。


 そしてもう一人は、目の前にいるベル伯爵令嬢だ。


 ーー彼女との関係は完全にクロ!


 いつから始まったのか分からないが、二人は体の関係を持っている。

 私は聴覚で盗み聞いただけで現場を目撃したわけではない。クレージュ夫人に気づかれているなら、二人の関係は終わるか、それとも私を捨てて彼女を取るかの二択だろう。



「全員揃っているわね。では馬車に乗って移動しましょう」



 クレージュ夫人の指示に従い、外へ出て馬車に乗り込む。


 大型の馬車は八人用のものらしい。女性は特にドレスを身に着けるので、通常の馬車だとドレスに皺が寄る。広々とした座席はドレス姿でも余裕があって快適だ。


 席順は老公爵にクレージュ夫人と私が並び、対面席には私の真正面にクレージュ公爵がいる。

 クレージュ公爵令息はクレージュ夫人の対面の席だ。


 私はクレージュ夫人と楽しく会話をし、それを聞いて頷く老公爵とクレージュ公爵。

 クレージュ公爵令息に至っては、馬車の窓から外を眺めて会話に入ってこない。


 いつから私に無関心になったのだろう。


 十二歳を過ぎた頃に素っ気ない態度を取られていたが、それは思春期の照れ隠しだと判明した。その後は特に、私が気になるような態度は取れていない。連絡の回数が減り出したのは、ちょうど留学が決まった時期と重なる。

 私から連絡をいれれば対応はしてくれるが、クレージュ公爵令息からの連絡は激減していたと思う。


 その頃から関係があったとしても、ベル伯爵令嬢は王立ノヴェール学院の寮で生活をしていたはずだ。クレージュ公爵から学費や寮費の援助があったとしても、他国へ行くお金は持っていない。


 クレージュ公爵令息が、土壌や肥料について興味を持ち出した時期だろうか。そうなるとクレージュ公爵令息が在学中に関係した事になる。場所は勿論、彼女の住む寮の部屋しかない。


 ーークレージュ公爵令息が十五歳で、ベル伯爵令嬢は十三歳!?


 これが事実なら三年もの間、私を騙していた事になる。


 道理で卒業パーティーの衣装や、デビュタントの衣装も投げやりになるわけだ。口では「エンヌの好きにしたら良い」と言って、心は裏切り続けていた事になる。


 ーー私の決意は固まった。

 


 ちょうどクレージュ公爵一家が揃っているなら、レイモンとの約束を果たそうと思う。



「お母様、わたくしのお願いを聞いて下さいますか?」


「勿論よ、ジュリエンヌ」



 クレージュ夫人が即座に頷く。


 私は毎年夏の後半を祖父母と弟と過ごしている事を説明し、その時に手土産に持参した蜂蜜の事で、クレージュ公爵領のダンジョンの話になった事。

 王都のダンジョンしか知らない弟のレイモンは、領地に存在しているダンジョンに興味を持っている事を話した。

 来年の夏に十歳を過ぎるので、他領への招待があれば来る事が可能になる。


 私から招待すればレイモンは領地に来られるので、その許可が欲しいのだと告げた。



「嫡男は十歳になるのね。それでダンジョンに興味を持つなんて、将来が楽しみだこと」



 クレージュ夫人は私の事に関して、割と肯定的な反応をしてくれるのが有難い。



「レイモンは十歳にしては魔力量も膨大ですし、わたくしと一緒ならダンジョンを攻略できますね。あの火蜥蜴もレイモンは一瞬で仕留めたのですよ。それと大熊と牛型魔獣も軽く倒せます」


「私も嫡男に興味が湧いた。その時は私もダンジョンへ同行する」



 老公爵が会話の中に入ってきた。


 ダンジョンと聞いて加わりたかったのだろう。



「父上、自分だけ狡いですよ。俺も同行致します」



 クレージュ公爵も会話に混ざってきたが、老公爵に対抗しているように見える。


 ーーレイモンに興味を持ってくれるのは嬉しいけれど。


 私一人の場合だったら、老公爵やクレージュ公爵も一緒にダンジョンへ向かうなら、「楽に蜂蜜が手に入る!」と喜ぶ所だ。私の気持ちとしては、レイモンと二人でダンジョンへ行ってみたい。



「お二人がご一緒では……その、レイモンの活躍の場を奪うのですか?」



 私が首を傾げなら告げれば、老公爵とクレージュ公爵が同じ顔で言い返す。



「邪魔だけはしないと誓う」


「嫡男の戦闘を観察するだけだ」


「二人には困ったものね」



 クレージュ夫人がころころと笑いながら言葉を漏らす。


 四人で楽しい会話をしている中、クレージュ公爵令息だけは会話に入らず、馬車の窓から外を眺めて始終無言でいた。その態度が自分の首を絞めているなど、本人は全く自覚すらしていないのだろう。



 




 

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