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転生令嬢は初恋を貫く!  作者: 尾木 愛結
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 数日後、クレージュ夫人が王都での茶会に招待されているらしく、彼女は転移門を使用して王都へ移動した。


 クレージュ夫人は茶会が終わったら、すぐに此方へ戻って来るらしい。

 王都にいても鬱陶しい輩がいるので、ゆっくり過ごせないようだ。


 現状でクレージュ公爵邸に残っているのは、私とクレージュ老公爵とクレージュ公爵の三人である。クレージュ老公爵は邸にいるより、領地の見回りやダンジョンへ潜って体を動かす事が好きらしい。

 クレージュ夫人と一緒にいる時は、さすがに老公爵も別行動は取らないようだが、ここには私という話相手が存在する。そして自身の息子もいるのだからと、老公爵は活発に動き回っているという状況だった。


 確かに日常的に鍛えないと、クレージュ老公爵の肉体美は作れないだろう。強靭な肉体はとても堅い。私が苦手とする筋肉もりもりの、ゴリマッチョではないのが救いだろうか。


 老公爵も軍服がとても似合いそうだ。

 個人的に彼の見た目が若いのに、老公爵と呼ぶのも気が引ける。クレージュ公爵令息という孫がいるのだから、老公爵で間違いないけれど。


 クレージュ公爵は午前中に執務をこなし、その後は一緒にお茶をする約束をしている。


 彼は甘い物より塩味のある方が好みだ。何か甘くないお茶菓子でも作ろうかと厨房へ足を向ける。料理長に食料庫を見に行く事を告げて、その中に入った。

 目的は果物である。


 レモンかグレープフルーツといった柑橘類のものがあれば嬉しい。

 他はミルクと卵に小麦粉ーー砂糖ではなくダンジョンのドロップ品の蜂蜜を使用すれば、執務で疲れた体を回復してくれるだろう。


 私が作るのは、夏に食べたいシャーベットとパウンドケーキ。

 食料庫で見つけた爆裂種のとうもろこしがあったので、有難く活用する事にした。


 パウンドケーキは多めに作っておいて、ブランデーに浸しておけば大人が好みそうな仕上がりになる。カカオがあればウイスキーボンボンも作れそうだ。この領地は北部にあるので、温かな地域にしか育たないカカオは難しい。この知識は前世のもので、もしかしたら異世界では違うのでは?


 私は必要な材料を空間収納に保管し、作業をする為に場所を移動する。



「お嬢様、これは?」



 アリエルが目をキラキラさせて尋ねてきた。


 目の前にあるのは出来立てのフルーツパウンドケーキに、レモンのシャーベット。



「クレージュ公爵とお茶の約束をしているから、そのお茶菓子を作っているのよ。皆も味見してみる?」



 私の言葉に、その場にいた全員が頷く。


 全員の分を皿に盛りつけて渡すと、一斉に口へ運ぶ。



「冷たい! 何これ……酸っぱいけど美味しい!」



「氷菓子というものです。暑い時期に食べると美味しいのですよ」



 この国にはアイスやシャーベットといった冷たい菓子がない。


 食事は魔力の糧として食べるが、味や種類に拘りがないのは残念に思う。私としては食事は美味しい方が嬉しいけれど、この世界の人間は腹が満たされれば気にしないのだ。



「あ! お嬢様、その作物は失敗作で美味しくありません」



 アリエルは私が手にしている爆裂種のとうもろこしを見て告げる。



「失敗作? これは爆裂種という名でお菓子になる原料よ」



 ポップコーンは爆裂種でしか作れない。



「お菓子になるんですか!?」


「ええ、見てて」



 私は房から取り除いた実を溶かしバターの入った鍋に入れた。火が通るまで鍋の持ち手を持って中を回すように動かす。ある程度、バターが絡んで熱が入った所で鍋に蓋をする。


 間もなくバチバチと弾ける音が鍋の中が響く。

 再び持ち手を持って鍋の中を回すように動かしていると、そのうち音がしなくなったので火を止めて鍋を戻す。



「いい感じに出来たわ」



 バターの香りが厨房に漂う。


 まだ熱いうちに軽く塩をまぶして、全体にかかるように中をかき回す。



「アリエル、これも味見してみて」



 ポップコーンを一粒渡すと、アリエルがそれを口にする。


 彼女につられて厨房にいる人たちも、目新しいものに興味津々といった様子でポップコーンを頬ばっていた。



「美味しいです!!」


「こうして食べるのが正解なのよ。だから爆裂種は失敗作なんかじゃないわ」


「この作物を作ったのが、オレの実家なんですよ。どうにかして調理できないかと預かったんだが、実が小さいし堅くて料理に向かない。家畜の餌にするにしても量があり過ぎる。実家で育てた作物を処分したくないし、食料庫にいつまでも置いておく事も出来ないし悩んでいたんです」



 天候の関係なのか、購入した種そのものが別ものだったのか分からないようだ。

 いつもの手順で作物を育てたら、爆裂種が出来ていたらしい。



「貴方の実家で作ったものなのね」



 彼は頷いた後に肩を竦める。



「最初に収穫したのは昨年ですが、今年も同じものが出来たようで……」



 おそらく種そのものが爆裂種だったに違いない。



「コレが沢山あるのなら買い取るわ! それでポップコーンを作って売れば新たな収入源になるわね。お酒が好きな人なら顧客になるし、酒場なら定期的に購入してくれるはずよ」



 既にソーセージとハム、ビーフジャーキーは不動の人気を誇っているようだ。そこへ新たにポップコーンが加われば、酒場も更に繁盛するに違いない。


 ソーセージ類は腹に溜まるが、ポップコーンは軽い。いくらでも食べらるので、これを目当てに酒場へ通うのん兵衛が増えるだろう。材料は爆裂種をバターで炒めるだけというお手軽さも考慮し、原料を売り込んで作り方を教えれば出来立てが食べられる。

 何よりポップコーンは出来立てが美味しい。



「素晴らしいね」


「クレージュ公爵、いつからそこに?」



 彼はレースアップブラウスにベスト型のロングコートを身に着け、下はスラックスといった姿で立っていた。邸内での執務のせいか、私の父と同じようにラフなスタイル。


 ーーどんな服を着ても、クレージュ公爵はドストライク!


 私は緩みそうになる顔を必死で取り繕い、平常心を持って声をかける。



「何やら香ばしい匂いにつられて足が向いてしまった」



 クレージュ公爵の視線はポップコーンに釘付けだった。



「お嬢様、旦那様と一緒にサロンの方へ」



 アリエルが厨房にいる人に指示を出し、私とクレージュ公爵にサロンへ向かうように促す。


 私が用意したレモンシャーベットとパウンドケーキ、そしてポップコーンを運んでくれるようだ。お茶は爽やかなミントティーにして貰い、口直しに濃い目のミルクティーをリクエストしておいた。

 これは氷で冷やして飲む用である。



「ではレディ、お手を」



 クレージュ公爵が私をエスコートしてくれるらしい。



「はい、クレージュ公爵」



 私は彼の腕に手を添えると、クレージュ公爵は私の歩調に合わせて歩き出す。


 こんなにスマートなエスコートが出来る人なのに、結婚相手を適当に決めたなんて信じられない。彼が心から愛した人じゃないのは嬉しい誤算だが、私の彼への気持ちは封印しなくてはいけないのだ。


 ーークレージュ公爵令息にも申し訳ない。


 私がクレージュ公爵令息に対して抱いている感情は、恋愛ではなく家族愛である。


 まるで兄弟のようなーー兄や弟みたいな存在。恋焦がれるような感情は抱いていないが、いつか彼を愛するようになるのかもしれない。彼とは四年の付き合いになるが、会った回数は多くないのだ。月に二度のお茶会で会うのみで、夏の休暇は領地へ来ない。


 そして彼は二年も他国へ留学という選択肢を選んだ。


 婚約者と言っても会うのは年に最低二十四回、一番多く過ごしたのは二年前の夏だけである。通信機で連絡を取る事もあるが、ほぼ連絡事項といった内容のものばかり。


 そこで愛を囁くとかもない。

 まだ年齢が若いのだから照れて言えない事情も分かる。女性にとって相手が何も語らなければ、その相手に対する感情は生まれないのだ。気持ちが凪のように止まったまま、その相手と添い遂げるしかない。


 まだ十六歳だから仕方ないと諦めている。


 クレージュ公爵令息が私に愛を語るのは何時になるだろうか。

 そしてーークレージュ公爵に対する気持ちも落ち着いて、彼を義理の父として見られるようになっていくのかもしれない。先は長いので持久戦で良いだろう。



 クレージュ公爵と楽しくお茶をしていると、王都でのお茶会を済ませたクレージュ夫人が戻ってきた。



「お帰りなさいませ、クレージュ夫人」



 クレージュ夫人はお茶会用のドレスのまま、空いている席に押しを降ろす。


 彼女の専属侍女がさっとお茶の準備を始める。マーガレットは代々クレージュ公爵家に仕える家系らしい。クレージュ夫人が高齢で退職する侍女の後任として指名したようだ。


 参加したお茶会が楽しくなかったのか、クレージュ夫人は深い溜息を漏らす。



「あまりにも実にならない場で退屈だったわ」


「まあ……」


「母上、これでも召し上がって下さい」



 クレージュ公爵がアリエルに目配せをし、レモンシャーベットを盛った器を彼女の前に置いた。



「これは?」


「レモンシャーベットというものですよ、母上。ジュリエンヌ嬢が作ってくれました」


「頂くわ」



 器と一緒に置かれていたカトラリーを手にして、シャーベットを口へ運ぶ。



「美味しいわ。冷たくて口の中がサッパリするわね」



 クレージュ夫人が冷たい氷菓子を口にすると、うっとりした表情を浮かべている。


 おそらくクレージュ夫人もクレージュ公爵と同じく、初めてレモンシャーベットを口にしたのだろう。ひんやりと冷たいシャーベットは、口の中へ入ると一瞬で溶けるのだ。

 レモンの味が口の中をサッパリしてくれるので、夏には柑橘系のシャーベットが合う。



「お気に召されたようで嬉しいです」



 ーー作った甲斐があったわ。



「母上、それと此方ーー新たな商品らしいですよ。酒場や市場に出せば売れそうです」



 クレージュ公爵がポップコーンが入った籠を手繰り寄せ、クレージュ夫人の前に置く。皿に盛りつけるより、籐の籠に入れた方が見栄えは良い。皿だと山盛りに出来ないのだ。ポップコーンは山盛りにした方が美味しそうに見える。


 これは私なりの拘りと言っても良い。



「これは何かしら?」


「失敗作と呼ばれていたトウモロコシを利用した菓子のようです」


「あれを?」



 クレージュ夫人はポップコーンを一粒摘まみ、それを口の中へ入れた。味付けは塩のみでシンプルだが、一粒食べたら止まらなくなる。



「これは止まらなくなるわね……それとワインが欲しくなるわ。酒場というのは間違っていないわね」



 二人は物珍しいシャーベットとポップコーンに注目しているが、パウンドケーキには気づいていないようだ。見た目が地味だからなのか、気づく様子はない。


 パウンドケーキはプレーンで十個、レモンやオレンジを入れた物が各十個ずつ、ナッツを入れたものを十個ほど焼いた。かなり大量に作ったので重労働である。一番の重労働は小麦粉を入れるまでの過程だろうか。卵を白っぽくなるまでかき混ぜるのは腕が痛くなる。


 パウンドケーキ型は存在していなかったので、私の手作りなのだ。ダンジョンで鉱石を大量に入手していたので、その中で鉄鉱石や銅を含んだ鉱石を材料に魔法で製造。


 型の大きさは一般的なパウンドケーキの幅と長さ。

 これを作った流れで、シフォン型とカップケーキ用の型も作り置きしている。何かと活用できる型なので、作っておいて損はない。


 焼き上がったパウンドケーキは、私の非常食用として空間収納へ確保させてもらい、更にその半分はお酒に漬けて氷室で寝かせ、プレーンとレモンのパウンドケーキのみ茶請けとして出して貰っていた。残りは使用人たちの休憩時に食べる分として渡してある。


 クレージュ夫人がお茶を飲んで喉を潤すと、王都での茶会の話を切り出した。



「ハリエット・シャプル伯爵夫人が参加していたわ。勿論、アグレッサ侯爵夫人もね。わたくしの魔眼で観察していたのだけど、アグレッサ侯爵夫人は誰かの魅了にかかっている状態よ」


「魅了!?」



 ーー魅了というのは、相手に精神異常をかけるアレよね?



「あの様子だと長い間ずっと魅了にかかっている状態に近いわ。彼女は魔力が少ないから魅了にかかりやすかったのね。そして術者はハリエット・シャプル伯爵夫人といった所かしら」


「姉が母に魅了をかけて意味があるのでしょうか? もし仮に姉が魅了を使っているなら、真っ先に父へ仕掛けると思いますが」


「あの男はアグレッサ侯爵夫人の魅了にかかっている振りをしているから無理ね」



 ーーは?


 どういう事?


 姉は母に魅了をかけて、母は父に魅了をかけている?



「アグレッサ侯爵は感情を母親の胎内に置き忘れてきたような男よ? 初めてアグレッサ侯爵夫人に仕掛けられた魅了が心地良かったんでしょうね。あの男の魔力量は桁外れだから、ほんの微かな魅了にかかる事はないの。魔力量が多い者は無意識に弾いている形かしら? 逆に魔力量が少ないアグレッサ侯爵夫人の場合だと、魅了をかけられたら簡単にかかってしまうのよ」



 ーーそういう事か!


 母が姉を優先するのは、姉の魅了にかかっていたから。

 それが分かると、私のアグレッサ侯爵邸での日々に納得がいく。



「先輩なら魅了に気づくと思うが?」


「あの男はアグレッサ侯爵夫人の魅了は心地良いけど、それ以外は無関心なのよ。妻が娘の魅了にかかっていようが、自分の傍に彼女がいるなら些細な事としか思っていないわね」



 母に対する執着が魅了なら、確かに父は気にしないだろう。



「ハリエット・シャプル伯爵夫人は地味で存在感もないのに、なぜか彼女の周りに人が集まる事に違和感を感じていたのよ。魔眼で観察していたら魅了使いだった。魔力量の少ない者しか対象にならないけど、その魔力量の少ない人間の数は、国内では圧倒的に多い。あの女は魅了を常に垂れ流しているのよ。魔法の制御を教わっていないのかしら?」


「ああーーハリエット・シャプル伯爵夫人は、王立ノヴェール学院の入学試験で最下位から七番目の成績だったらしい。更に付け加えれば、卒業試験も合格ラインに届かず、二月から八月半ばまで補習に参加して卒業したようだ。魔法実技も全て合格ラインに達しておらず、彼女の魔力量を考慮してギリギリ免れたらしい」



 ーーまた新たな姉の情報が!!


 義理兄であるシャプル伯爵から補習の話を聞いたけれど、姉はそこまで落ちこぼれだった事に改めて驚く。母も王立ノヴェール学院の卒業生だが、成績は中間あたりだったと聞いていた。


 父は国立ヴァソール学園の首席を誇り、その圧倒的な魔力量でも有名人である。

 外見も超絶美形な父と、癒し系で可愛いタイプの母を持つのに、姉は二人の要素を受け継がず、地味で平凡を絵に描いたような容姿だ。


 母方の祖母に雰囲気は似ていると思うが、六歳以降から完全に疎遠という事もあってハッキリと覚えていない。



「ジュリエンヌ嬢のアグレッサ侯爵家での境遇は、姉君による可能性が高いな」


「そうね、長女が生家で優遇されるのは十六歳までよ。シャプル伯爵に嫁いで妻となった十八歳の娘を、生家が優遇するなんて有り得ない事だわ。本来なら予算の対象から外れた娘に予算を与え、予算を与えるべき娘に与えないなんて有り得ない話ですもの」


「ジュリエンヌ嬢が母君の魅了を解けば、少しは改善されるのでは?」



 確かにーーそれも一理あるが、私の置かれた境遇が姉の魅了によるものだと分かっても今更だ。


 そもそも父が母にかけられた姉の魅了を解除していないので、私が解除する必要性も感じられない。勝手に三人で家族ごっこをしていれば良いのだ。

 

 ーー私は予定通りにアグレッサ侯爵家を出る!


 その目標を目指して準備をしているので、私も目標に向かって進めば良いだけ。

 会話が弾んだ後にパウンドケーキの存在に気づいたクレージュ夫人は、それを気に入ったようである。明日はお酒に漬けたパウンドケーキを出して感想を聞いてみよう。


 大人には美味しく感じるはずだ。


 私はお酒が飲めない年齢なので、お酒に浸したものでも口に出来ない。成人を迎えないとお酒が飲めないのは前世と同じ。こちらの世界は十六歳が成人なので、私の感覚では高校生でお酒が飲めるようなもの。


 私はクレージュ夫人とクレージュ公爵の二人の会話を聞きながら、この光景がいつまでも続くと良いなと思うのだった。


 

 



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