17.憧れから、等身大へ
その日、私はひっそりと浮かれていた。
「重くはないか、シンシア君。こんな雑用を手伝わせてしまってすまない」
「いえ、力になれたなら嬉しいです。どうか無理をせずに、気軽に声をかけてください」
私たちは二人一緒に、荷物運びをしていた。ギルバート様の仕事を、私が手伝っていたのだ。
ギルバート様は侯爵家の次男にして王太子の側近という立場だ。けれど彼は、自分はこの魔法省ではただの新人の一人に過ぎないといって、特別扱いをひたすらに拒んでいるのだった。
だからこんな風に、ギルバート様は自ら進んで雑用もこなしている。ちなみにアンドリュー様は、こっそりと特別扱いを受けているということもあって、荷物運びなどはしていない。
色々とおおざっぱな魔法省であっても、さすがに王太子を他の職員と同等に扱う訳にはいかなかったらしい。いくら本人が望んでいるとしても。
幸い、本人が能天気ということもあって特別扱いには気づいていないようだった。
軽い足取りで、せっせと荷物を運び続ける。書類や本、その他がらくたにしか見えない様々なものを、指定された場所へ移していく。ギルバート様と、あれこれお喋りしながら。最高の仕事だ。
そうやって作業を続けることしばし。最後の荷物を魔法省の別棟に運びながら、ふとギルバート様がつぶやいた。
「……アンドリュー様が君に執着される理由も、分かってきたような気がする」
涼やかな目元を少しほころばせて、ギルバート様がちらりとこちらを見た。
うう、やっぱりかっこいい。こうやって一緒に仕事ができるなんて、本当にラッキーだったなあ。
「君は明るく前向きで、努力家だ。こうして共に仕事をするようになって、そのことに気づかされた。王立学園にいた頃は、ただの優秀な生徒としてしか認識していなかったが」
「ありがとうございます。ギルバート様に褒めていただいて、とっても嬉しいです!」
ついつい弾んだ声で答えてしまったからか、ギルバート様が若干困ったような顔をした。
「だが……そんな風にあけっぴろげな笑顔を向けられると、どうしていいか分からない。その、思いを寄せられても、私はその思いに応えることは難しいんだ」
「はい、分かってます。私はしょせん男爵家の娘ですし、ギルバート様とは釣り合ってません。と言いますか、たぶん……恋慕の情とは、ちょっと違うんです」
私の言葉に、ギルバート様は驚いたように目を見張った。それから眉間にしわを寄せ、首をかしげている。どうも、私の言ったことがいまいち理解できていないようだった。
「そうですね……ギルバート様のことは素敵だと思っています。こうしてギルバート様の近くにいると、それだけで心が弾みます」
「そ、そうか」
「でも、だからといってあなたに嫁ぎたいとか、そういう感情はなくて……むしろ、あなたが誰かお似合いの可愛らしい方と幸せになっていくのを見守っていきたいというか……そんな感じですね」
「……すまない、やっぱり理解できない」
そう言って悩むギルバート様がなんだか可愛らしくて、ついついくすりと笑ってしまう。
「ふふ、ギルバート様はそのままでいいと思います」
そんなことを話しながら、荷物運びを終えた。さて、持ち場に戻ろうかな。そう思ったその時、足元できゃんという鳴き声がした。
「こんなところに、子犬が……」
すぐさまギルバート様がかがみ込み、足元の子犬をそっと抱き上げた。
あれ、何だかとっても優しい顔をしている。というか……明らかに笑み崩れている。こんな表情、初めて見た。
「可愛いな。いったいどこから来たんだ? この先に迷い込むと危ないぞ」
きらっきらの笑顔で微笑むギルバート様、そのギルバート様の頬をなめている白くてふわふわの子犬。
私に絵心があったなら、この姿を絵に描いていた。そう断言できるくらいに愛くるしい光景だった。
「こら、人懐っこいやつだな。くすぐったいぞ」
ああ、ギルバート様が素敵に麗しい。ほうとため息をついていると、ギルバート様が子犬を抱っこしたままこちらに向き直った。
「シンシア。子犬の首輪に、飼い主の住所が書いてあった。きっと飼い主は、この子犬のことを探しているだろう」
さっきまででれでれしていたのが嘘のように、いつものクールな表情でギルバート様が言う。
「私はこれから、この子犬を届けにいこうと思う。少し城下町に行ってくると、上司に伝えてきてくれないだろうか」
実は魔法省は、割とゆるい。仕事の種類がやたらと多くてみんなあちこち動き回っているせいか、仕事の合間にちょっと外出なんてのも許されているのだ。ただし、誰かに伝言しておく必要はあるけれど。
「だったら私も行きたいです。ちょっと伝言してきますので、ここで待っていてください」
ギルバート様の返事を聞かずに、そのまま走り出す。背後から、上機嫌な子犬の鳴き声が聞こえてきた。
「……無事に子犬を届けられて、良かった」
「飼い主の子も子犬も、とっても嬉しそうでした」
子犬の飼い主はあっさり見つかった。首輪に書かれた住所に向かう途中、一生懸命に声を張り上げている少年の姿が見えてきたのだ。
その声を聞いたとたん、ギルバート様に抱かれていた子犬がもぞもぞと身じろぎし始めた。
そっと足元に下ろしてやると、子犬は迷うことなく少年のほうに駆け出していった。こうして子犬と飼い主は、無事に再会を果たせたのだった。
ほっと安心しながら、二人並んで魔法省に戻る。
「それにしても、さっきのギルバート様……あの子のお兄ちゃんみたいに見えました。かっこよくて頼りになって、優しくて」
「そう……なのだろうか。自分ではよく分からない」
困ったように眉をひそめ、ギルバート様が首をかしげる。
「ふふ、そうなんですか? あの子の頭をなでてあげて、これからは逃がさないように気をつけるんだぞって優しく言い聞かせてる時のギルバート様、本当にいい顔をしてましたよ」
「……やっぱり、君が私に投げかけてくる褒め言葉は、みなどれもこれも実感がないな」
そう言いながらも、ギルバート様の口元にはぎこちない笑みが浮かんでいた。いつもの完璧にかっこいい笑顔ではなく、もっと親しみやすさを感じる、はにかんだような笑みだ。
きっとこれが、彼の等身大の姿なのだろう。私が勝手に抱いていた憧れの姿とは違うけれど、これはこれでとっても素敵だ。
最近、ギルバート様はちょっぴり柔らかくなったと思う。今までの近寄りがたい雰囲気が、少しだけ和らいだようにも思えるのだ。
たぶんそれは、先日一緒に仕事をした時に、彼がうっかり私たちに弱音を吐いてしまったことと関係があるのだと、勝手にそう思っている。
隠し事をしていると、どうしてもその分相手との距離が遠ざかってしまうし、自然にふるまうのが難しくなってしまう。
その辛さは、私も知っている。私も、みんなに隠していることがあるから。
そんな考えをそっと胸の奥に押しこめて、小声で言う。照れくささをにじませて。
「……私、ここであなたと働けてよかったです」
「そうか。私もそう思う。……それと、一つ礼を言わせてくれ。ずっと言おうと思っていたのだが、中々機会に恵まれなくて……。王立学園で私を打ち負かしてくれて、ありがとう」
思いもかけない言葉に、勢いよく横を向く。と、柔らかく微笑んだギルバート様と目が合った。
「あの経験がなかったら、私はきっと今でも、アンドリュー様の側近として完璧な存在であらねばと、不可能な目標に向かって走っていただろうから」
「……えっと……どういうことでしょうか?」
「はは、今度は君のほうが理解できていないようだな」
そうして彼は教えてくれた。王立学園にいた頃、私とレイ、それにギルバート様はトップ争いをする間柄だった。でもギルバート様は、私たちのことをほとんど知らなかった。
それもそうだろう、立場の違いやらなんやらで、私たちの間に交流なんてなかったのだし。
「だから私は、君とレイ君は特別な天才なのだろうと、勝手にそう思っていたんだ。そういった相手に敗れたのなら仕方がないと、自分に言い聞かせていた」
特別な天才って。あぜんとしていると、ギルバート様はおかしそうに肩を震わせた。
「だがこうして君たちと共に仕事をするようになって、すぐに分かった。こう言うと誤解を生むかもしれないが、君たちは私と同じ、普通の人間だった。それを知って、目が覚めた気がしたんだ」
申し訳なさそうにそんなことを言っているギルバート様に、にっこりと笑いかける。
「……気にしないでください。それに私だって、似たようなものでしたから。あの学園にいた頃からずっと、あなたは憧れの人でしたから。完璧にかっこよくて、文武両道で……そんな人だって思ってましたから。私だけでなく、他の女生徒たちも」
「買いかぶりだ、それは」
ギルバート様は即座にそう言って苦笑する。こちらも力いっぱい首を横に振って否定しつつ、さらに言葉を続けた。
「全部間違いでもないと思いますよ。実際のあなたは、私たちが作り上げた偶像とは違って、弱いところもちゃんとありました。けれどその分、さらに素敵な人でした」
そこまで語り合って、二人同時に沈黙する。
「…………昼間から、しかもこんな道端でこんな真剣な話をしていると、ちょっと……いえ、かなりくすぐったいですね」
「奇遇だな。実は今、私も同じことを考えていた。どうにも気恥ずかしくてたまらない」
「……気分転換に、ちょっとだけ寄り道していきませんか。あそこの屋台、水の魔法を使った氷菓子を売ってるみたいですし、食べながら帰るのはどうでしょう?」
「賛成だ」
そうして、二人でその店に向かっていく。ギルバート様とこんな風に買い食いをすることになるなんて、ちょっと前までは思いもしなかった。
彼とは恋愛関係にもならないような気がするし、ましてや婚約することなどまずありえない。そう思えるからこそ、私はこうして気楽に彼に接していられる。
私には、格上の相手には嫁げない、そんな事情があるのだから。
和やかに話しながらもそうやって隠し事を続けていることが、ちょっと申し訳なくて、同時に少し寂しかった。




