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13.ベリンダ様も悩んでいた

 私たち新人には、ほぼ毎日違う仕事が割り振られていた。新人のうちに色々な仕事を体験して経験を積む、それがこの魔法省のしきたりなのだ。


 というのも魔法省では、魔法に関すること全てを取り扱う。必然的に仕事の種類も量も多い。


 だから新米のうちに一通り体験して、慣れておく。その後、どの部署に配置されてもいいように。


 私たちはこれまでにマナの泉を調査し、魔法の練習をして、書類仕事をこなした。


 さて今日は何かなと思いつつ出勤すると、そこにはクライヴさんが待ち構えていた。大きなトランクを手に提げて。隣には、張り切った様子のベリンダ様も立っている。


「今日はこの面々で、魔法の素質持ちを探しにいくぞ。といっても目的地は王都の中だからな、歩いていこう」


 そう言って、クライヴさんは元気よく歩き出す。私とレイも、そのまま彼に続いた。そして、ベリンダ様も。


 その姿を見て、ふと思い出したことがあった。少しためらって、口を開く。


「……あの、ベリンダ様」


「なにかしら、シンシアさん?」


「先日の、マナの泉の調査の時も思ったんですけど……ベリンダ様みたいなちゃんとした令嬢が、こんな風に外を歩くなんて……抵抗、ありませんか?」


 私のような下っ端男爵令嬢ならともかく、ベリンダ様のような最上位の公爵令嬢ともなれば、屋敷の外を移動する時はもれなく馬車だ。


 でもベリンダ様は、この前も、そして今も、自分で歩くことを嫌がっているようには全く見えなかった。


「ありませんわ。あの王立学園で、わたくしは自分の足で歩くことを覚えましたもの」


 可愛らしく笑って、ベリンダ様は視線を上げる。つられてそちらを向くと、一面の青空が目に入った。並んでてくてく歩きながら、空を眺める。


「元々わたくしは、あの学園に入るつもりはなかったんです。けれどアンドリュー様が突然入学すると言い出されて。あの方を一人にしておいたら何が起こるか分かりませんから、わたくしもついていくことにしました」


 そう言って笑うベリンダ様は、可憐な少女のようにも、しっかり者のお姉さんのようにも見えた。


「……あの学園は、素晴らしいところでしたわ。公爵家の令嬢としてぼんやりと過ごしているだけでは決して見ることのできない世界を、かいま見ることができました。わたくし、あそこに行ってよかったと思っていますわ」


 そんなベリンダ様に、レイが静かに口を挟む。


「最後はあんなことになってしまいましたけど、それでもそう言えるんですか」


「ちょっとレイ、余計な事言わないの」


「ふふ、いいんですの。あの場に居合わせた者なら、みな同じことを考えたでしょうから」


 大人びた苦笑を私たちに向けて、ベリンダ様が続ける。


「アンドリュー様があんなことを言い出した時はさすがに驚きましたけれど……でも、婚約が破棄されるというのなら、それでもいいかもと、実はそう思っていますの」


「えっ、それは困ります!」


「ふふ、あなたからするとそうですわね。けれど、実はわたくし、ほっとしましたのよ。わたくしはアンドリュー様と長い付き合いではありますけれど、そもそも王妃の器ではありませんから」


「えっ、どうしてですか? ベリンダ様は品があって落ち着きがあって、それに気配りもできて、それに、それに」


 ベリンダ様が口にした予想外の言葉に、思わずむきになって言い返す。


「ありがとう、シンシアさん。でも、わたくしが一番分かっておりますわ。未来の王妃の座は誰かに譲るべきだ。わたくしはずっと前から、そう思っていたんですの」


「あの、ですからどうして、そんな」


「お願い、これ以上は聞かないで」


 弱々しくそう言って、ベリンダ様は口を閉ざした。少し先を行くクライヴさんの大きな背中を見ながら、無言で歩き続ける。


 ふとレイが歩く速度を落とし、最後尾についた。どうしたのかなと思いながら隣に並ぶと、彼はぎりぎり私だけに聞こえるような小さな声でつぶやいた。


「……ギルバート様といい、ベリンダ様といい、どうして自分のことを過小評価するんだろうね」


「あの謙虚さと思慮深さを、少しでいいからアンドリュー様に分けてほしいわ」


「言えてる」


 二人で顔を見合わせ、同時に肩をすくめる。


 もしかしたら今の会話は前のベリンダ様に聞こえていたかもしれないけれど、彼女は振り向くことなく、しとやかに歩き続けていた。




 そうしてクライヴさんが私たちを案内したのは、城下町でも住宅が集まっている区画、そこにある大きな建物だった。近所の住民が集会所として使っているらしい。


 そこの一番奥に、大きな広間があった。そこにはたくさんの人たちがいて、とてもざわざわとしていた。しかし私たちが足を踏み入れたとたん、ぴたりと静かになる。


 クライヴさんは広間に置かれた大きな机の上にトランクを置いて、ぱかりと開ける。


 中には、半透明のつるつるした石が置かれていた。大き目の本くらいの大きさの、平べったい石だ。この石には見覚えがある。今までに何度か触ったことがあるから。


 いつもより愛想のいい声で、クライヴさんは周囲に呼びかける。


「それでは、これより魔法の素質の有無について調べます。誘導に従って、一人ずつこちらの大机のところに来てください」


 彼の言葉に、町の役人らしき人たちが動き出した。集まっている人たちを誘導して、私たちのところに一人ずつ連れてくる。


「緊張しなくても大丈夫ですよ。こちらの大きな石は、魔法の素質を持つ方が触れると光ります。ただそれだけですよ。痛くも、怖くもありません」


 そうして、最初にやってきた人がおそるおそる石に触れる。光らない石を見て、その人は大いに安堵した様子で帰っていった。


 それもそうか、普通の生活をするのであれば、魔法の素質なんて面倒なだけだろう。


 素質持ちだと判明すれば魔法省の管理下におかれるし、肝心の魔法はしっかり練習しないと使い物にならないし。


 それから次々と、人々が石に触れては立ち去っていく。今のところ、石は一度も光っていない。


「……魔法の素質持ちは少ないって聞いてたけど、毎回こんな感じなのかもしれないね」


 少し退屈してきたらしいレイが、ほとんど口を動かさずに言った。


「私も子供の時にこれをやった覚えがあるけれど、その時は光らなかったし」


「僕もだよ。それなのに、王立学園の入学時検査で引っかかるんだから。ほんと謎だよね、魔法の素質って」


「肉体と精神が成長するにつれて、素質が育つこともあるんだって言われてもね」


 こそこそとそんなことを喋っていたその時、いきなり辺りが騒がしくなった。


 ぱっと口をつぐんでそちらを見ると、石が光っていた。それはもう、思いっきり。ちょっとまぶしい。


 石に触れていたのは、まだ十歳くらいの少年だ。こんなことになるなんて想像もしていなかったらしく、石に手を置いたまま助けを求めるような目できょろきょろしていた。


 その後ろでは、彼の両親らしい男女が驚いた顔を見合わせている。


「おや、小さな魔法使いさんがいたな。君にはいったん魔法省に来てもらおう。何、名前や住所など、基本的なことを登録するだけだから」


 クライヴさんが優しい声でそう言ったその時、少年はびくりと体を震わせた。いきなり魔法省に連行されると言われて、怖かったのかもしれない。


 次の瞬間、少年の手から炎が吹き出した。その炎は蛇のようにくねくねと動き、少年の周りを舞う。ちょうど大人の男性の腕くらいある、特大の炎の蛇だ。


「おっと、魔法が暴発してしまったか。なるほど、君は火の属性だな。そうかそうか、俺と同じだ」


 クライヴさんが少年をなだめるようにそう言いながら、炎の蛇に手を伸ばしている。火の魔法を使える彼であれば、あの炎の蛇を消すこともできる。


 しかし炎の蛇はまるでそれが分かっているかのように、空中を器用に逃げ回っていた。


 周囲で叫び声が上がる。集まっていた人たちが、てんでに外に逃げていくのが見えた。少年の両親らしき二人は、すっかり腰を抜かしてしまっている。


 早く、この状況を何とかしないと。私とレイも大あわてで、クライヴさんに加勢することにした。


 しかし私たちが使える魔法は、それぞれ光と闇だ。どちらも、魔法で生み出された炎の蛇に干渉することはできない。なので、少年のほうを落ち着かせようと頑張ってみる。


「落ち着いて、ほら、深呼吸して。大丈夫だから。私たちも魔法省の人間よ。怖くないから」


 呼びかけても、少年は応えない。背中を丸めてうずくまるようにして、ただ震えているだけだ。


 そうこうしているうちに、クライヴさんの手が炎の蛇をかすめる。その部分だけ、炎が消えてなくなった。


 やった、と思ったのも束の間、炎の蛇は苦しそうに空中でのたうち回り、いきなり二匹に増えてしまった。


「くっ、シンシア、レイ! すまんがそちらを頼む! ベリンダ様は、安全な所へ!」


 そう言いながら、クライヴさんは炎の蛇の片方を追いかけ回している。私とレイは、必死に少年に呼びかけ続けた。けれど、やはり返事はない。


「……完全にパニックになってるね、これ。いったん眠らせればいいんだろうけど……こんなことでは、闇の魔法の使用許可は出ないだろうし。眠り薬の持ち合わせもないし」


 少年の隣にひざまずき、彼の肩に手をかけたままレイが考え込む。


 そんな彼に、もう片方の炎の蛇が襲いかかろうとしていた。大きな口を開けて、まっすぐにレイに迫っていく。


「危ない、レイ!」


 考えるより先に、体が動いていた。その炎の蛇をつかんで止めようと、私は両手を思い切り伸ばした。

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