SOS .009 洞蜘蛛
何とか少年を外に運び出し、ソアラの横に寝かせる。
得体の知れない少年ではあるが、捨ておくほど
危険であるとも判断が出来なかった。
ソアラなら何も考えずに助けていただろうが、
性格的に慎重なシルビアは余計なことを考えすぎて
そろそろ倒れたくなってきた。
安らかに眠っているわけでは無いが、
二人が少しだけ羨ましくなる。
「さて、どうしたもんかしら…」
シルビアは一息ついて、今後の行動指針を決めようとした矢先、
通路の向こう側から聞きたくなかった嬌声が上がった。
「…最悪じゃない」
《洞穴》の主と思われる『洞蜘蛛』の金切り声だ。
シルビアは途中でこの《洞穴》が『洞蜘蛛』によって作られた
ものであることを理解していた。
ただ、既に人の手が入っていることを考え、
元々の主は既に討伐されているものと思っていた。
けれどここは、珍しいことに共存できる状態で保存されていたらしい。
とはいえ、諦めるという選択肢は無い。
シルビアは自分の状態を再度検分し始める。
身体はまだ動くが、得物はそろそろ危うい。
《神鉄如意》は充填型の神導具であり、
今回はいつもより無茶な使い方をさせていることもあるため
『洞蜘蛛』を相手には心もとない。
となれば、どうにかしてソアラを復活させ、
可能であればこの少年も一人で避難できる程度にはしておきたい。
賭けにはなるが、討伐よりも回復を優先すべきだろう。
そうと決まれば、シルビアの動きは早い。
まずはソアラの気付けを優先する。
「《転儀・回帰》」
普通はあれほどの術式の媒介に使われたら、
死ぬか使い物にならないかの二択だろうが、
ソアラはそもそも普通では無い。特別の中でも特殊だ。
最初は驚いて焦ったが、冷静に考えれば
ソアラがあの程度でどうにかなるわけが無かった。
「ほら、さっさと起きなさい!」
「…う、うぇ?」
ソアラが半覚醒の状態で寝ぼける。
ある程度のところで術を解除させ、
残りはシルビアが持っていた気付け薬で賄う。
「ほら、飲んで」
「う、苦、ちょ、ま」
有無を言わさず飲ませ、ソアラは目を覚ます。
文字通り苦虫を噛み潰したソアラは、
辺りを見回してシルビアに状況を説明してもらう。
「…それで、この子がその建物にいたんですか」
「そうよ」
「それで、今は『洞蜘蛛』が迫ってきていると」
「そうよ」
「最悪じゃない!」
「だからそう言ってんでしょ!」
シルビアの叫びに答えるよう、先ほどよりも近くで嬌声が聞こえる。
間違いなく近づいてきていた。
「ど、どうすんの!」
「死にたくなきゃ逃げるか戦うかでしょう!」
「こ、この子はどうすんの!」
「見捨てれば、生存確率は上がりますよ」
「そんなこと出来るわけないじゃん!」
「だったら聞かないで下さいよ。
そっち持って、早く!」
「わ、わかった」
死地へと向かう、三人四脚が始まった。