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第六話 泉の畔 広まる話

「そう、お前がザザというの、バムから聞いていてよ、年若い者がいるというのは良い事、それに綺麗青、サリアと同じ色ね」


 私の拙い指が幾度か破れて、硬くなりを繰り返し、ようやく切れることが、少なくなってきたある日、美しい装束をたずさえて、王宮から訪れそのお方はクシャル様の義母上様と名乗られた。


「だいぶ顔色も良くなって、お身体もしっかりとしてきたわね、これならば大丈夫」


「母上様のお心遣いは嬉しいのですが、われに、これをまとえと?」


「当然でしょう、私の子が、あちらにいったから、第四だけど、表向きは上がりました。そう、貴方は、()()三番目ですからね、儀式は簡略に、王から宣旨を受けるだけですけれど、それなりにつくらなければなりませんよ」


「わかりました。それなりに身に着けます、母上様、そう、母上様も()()三番目ですから、そう控えめでいいのです。」


 二人で繰り広げられる会話を目の前にし、クシャル様の違う一面を見たような気がして、部屋の片隅に控えながらそれを興味深く眺めていた。


 他愛のないやり取りをされている、バム様が時折それに加わる。やがて何かを思い出されると、従者にお声をかけられた。


「そう、ドイ、あれをクシャルに、面白い物を手に入れたの、今流行ってますのよ」


 はい、とドイと呼ばれる彼は、懐から折り畳まれた紙を取り出すと、ご覧下さいと手渡した。


「ふ、ん………面白い物が流行ってますね、あいも変わらず、父上からですか?」


「ええ、あの時の続きらしいですわ、新たなる方が上手く出来てると、殊の外喜ばれておりますよ」


 何か良からぬ様な、笑みを交わされているお二人。義の間柄ながら、何か似通っているものを、感じさせるものを持たれている。


「今度は美しく描かれて、やはりこちらの方が楽しい」


「前は、一枚一話の完結でしたけどね、今回はお話が続く様ね、結末は変わらないけれど、あの通りになるのかしら?」


「ああ、そうですね、そうなる方が楽しい」


 何か怪しい事が、含まれているような言葉のやり取り、息をつめて見守る私に気が付かれた、三の妃様は優しくお声をかけて来られた。


「ザザ、花を摘んで来てちょうだい、あの子に持って帰りたいの」


 その言葉に含まれている意味が、わかる様になっている私は、深く頷くと一礼をした後、バム様から送られた視線に対して無言で頷き、部屋を後にした。少し離れる様にだろうと考え、ウードを手に外へと私は出る。




 離宮にある泉の畔に向かう。鬱蒼と繁る木々のせいか、陰鬱な空気に満ちるその場に来るものは昼でも疎らだった。


 花ならばあそこかな、庭に配置良く育てられているそれを手折る事は気が引けた、なのでそこに向かう事にした。あちらこちらに、植えられている、砂ナツメの木がさやさやと葉を鳴らし、涼やかな音を立てている。


 柔らかな下草を踏みながら、私は心地よさに包まれながら歩いていいた。庭師により丁重に管理されている庭園では、奔放に生えているかの様に見える下草も、貴人の為に、衣の裾を濡さぬ様にと、どこもかしこも、きちんと短く刈り込まれている。それを眺めると、朧になりつつある母さんと父さんを思い出す。


 天空高く昇った月の側に、白い一つの星、『草刈星』が姿を表したらその季節、村はどの家も伸びた青草を懸命に刈った。青い草刈りの季節の始まり。歌をうたった事を思い出した歌は覚えている、だけど一緒に声を揃えた母さんのそれは、もう朧になっていた。 


 そして今は、夜空を大きく見上げる事は無い、何故ならばあの夜以降、出るなと言われているから、美しい格子をはめられた窓から、その形に、切られたのを見ることしかここでは出来ない。


 …………季節ごとに、変わると言われている花が、数多く植えられている泉、美しい場所だと言われているが何故か、陰鬱に淀むモノが漂う場所、何故にそうなったのかは、ようやく親しくなり過去の話を知っている庭師達から、最近教えて貰えた。


「お姫様が、溺れられてね、お可哀そうに………私たちが見つけたのだよ、時折こちらに来られてて、クシャル様と睦まじくて、その時は、バム様が特別にお人払いされておられたけれど、外だからね、時なに目にしていたのさ、楽の音に乗られるお姫様は、それはお可愛らしく、クシャル様も嬉しそうに、優しい笑顔でウードを扱われてて」


 ハイ?笑顔?優しい笑顔とは?冷たく笑むのではないのですか?嬉しそう?そのような感情を持ち得ておられるのでしょうか?どなた様の事ですか?と思わず彼らに聞きそうになったのは言うまでもない。


 空を見上げた、青が広がっている。そして彼らの話を思いだす。優しいとか何とか、それは到底信じられない事。私は朝の食事の時を、思いだしていた。


 外に出ること等無く、お育ちになられたクシャル様は、市中の暮らし、そこに住まう、行き交う人々にいたく興味をもたれているのか、それまで私に聞くことが無かった、生い立ちを、唐突に聞いて来られた。答えよと言われたのだが………


「はい、生い立ちですか………」


 私はその時………自分の音楽以外の記憶力が………無いのを痛感した。切れ切れにしか出てこないのだ、あの夜の事は色も熱も覚えているというのに、それ以前の事は酷く曖昧になっていた。


 決して明瞭とは言えない内容を、ぽつりぽつりと紡いで行くと、しびれを切らしたクシャル様のお言葉を承った。


「もうよい、不完全は許さぬ、そう、命をかければ思い出すかもしれんな、拷問という言葉を知っているか?」


 どうしてそうなるのか………私は首を振る、否を伝えた。はいと答えれば、なら参ろうと連れ出され、実行されるであろう確信があったから。


 案の定、私のそれに対して、そうか、知らぬのならやめておいてやろう、命拾いをしたな、と、風が吹くように話されたのだから。


 何故にそうなるのか、そしてそのお考えに染まって来たかのように、出来れば、直々のお手打ちにして頂きたい。と思うようになっている。


 でもこの厳しさは、ご自身のお側近くにいる者、直々に仕える相手のみ、二心を持つなという事か。


 考えても、考えても、分からぬ物がある。何故にこうも命が軽いのか、ここでもあちらでも祈りはある、命を尊べと述べられている。あの時、いとも容易く切り捨てられたお二人。切り捨てようとしたお二人。


 クシャル様は、狙われていると、それは即位に関する争いに、巻き込まれておられると、だから厳しいのだろうか


 よく深く何かを、考えいらっしゃるお姿を目にする、その細い身体に、背負われているこの国の行方、未来、暮らす人々、取り巻く世界。それは、あまりにも大きい事。


 なので、自身の行く手を阻む者、仕える主を害をなす者、使えぬ者の、一人や二人など、砂粒の大きさなのだろうか、だからバム様も………。


 命を尊べと神はいう、刑罰では私利私欲で人を殺すなとも、しかし、守るために流す血がある。、欲得で金になる事も、恨みつらみでも、売られ買われる命のやり取り、それは悪とされいる………しかし、それは、表向きの事。私は売られて買われ、そして生きている。


 知らなかった世界があった。教えられた世界がある。私はそれまで、知らなかった。私が生を受けて、神の教えに従って暮らしていた世界も、ここと同じような事が行われている事を。


 買われ拾われ、学んだ………そして知った、世界の理。




 …………途中顔馴染みになった庭師や、兵士達と笑顔を交わし、私は目的の場へとたどり着く、そして砂ナツメの木の下に座り込むと、ウード抱え息を整えた。奏でる曲は決まっている。


 三の弦を打つ、題名など無い曲。聴く者によって、様々な感情が溢れてくる名曲。長く複雑な旋律を繰り返す難曲。お独りの時はそれを何時も奏でられているクシャル様。


 この曲だけは何故か、お人払いをされてから演奏されていた。大切に、大切に創り出される旋律、流れて来るその音。私は、どうしても覚えたかった。しかしそれは出来ないのぞみ。


 私はいち音を、流れ聞こえてくる旋律を、何一つ落とすまい、聞き逃すまいと、必死に覚えた。与えられたウードで、それの練習を時を作り、密かに重ねていた。


 気まぐれにどれそれを聴かせろ、と言われれば、出来なくてはならない。否は言えない物である私。基礎は教えた。後は覚えろ、その一言を頂いているから、仕方がない。


 恐れ多くも手ずから教えを頂いた。拙い出来だと厳しく叱責を受ける。旋律を覚える事は他愛もない、今では楽譜も読めるようになっている。


 しかし、歌とは違い、弦を覚え位置を覚え、強弱を……それまで楽器等と触った事もない手は、指先は皮が硬くなるまで幾度も破れ血にまみれた。音楽の才を、今はいらないと時々思う。



 パキ、と小枝を踏みしだく音が微かに耳に届いた。私は手を止めると、肩に落としていた布を目深に被る。耳慣れない声を聞いたから。


「クシャルなのか?そんなところで」


 若い男の声。それと共に風に乗り流れて来る、甘ったるい鼻につく香の匂い、それは何処かで嗅いだ事がある様な、嫌なものだった。私は振り返ると、その二人にひれ伏した。


「まぁ、違いましてよ、手は似てますが、クシャルではないわ、表を上げなさい」


 何処か媚びる様な話し方が耳に触る、そしてそれには聞き覚えがあった。なので、私は平伏したままで答えるにとどめた。初めてそのお声を、耳にした時の事を思い出したから。そして答えた。


「バム様にお使えしております、小者にてございます」


 バムの従者か、ここで何を、と何処か剣が含まれた声に、甘い声がそれを少し諌める。


「強面はいけませんよ、貴方は一の王子、上に立つ者、下々の人間には優しくしなければ、王の器と認められません、それでバムの従者とやら、ここに何を?」


 私はそのままに、花を摘みに、その命を受けました、と返事を返した。居心地の悪い視線が降りてきている。一つは胡散臭く、疑うような色、一つは値踏みをしている様な、かつて物乞いをしていた時に、大人達が向けていたソレを感じる。


「母上様、すみません。われは至らない………はは、悪かった、バムの従者とやら、そうわれが、手伝ってやるから、この場を空けてほしい、母上様がここに休息に来られた故」


 上から抑えつけるような声が降る、私はそれにはおよびません、既に花は摘んでおりますから、と答える。ここに来た時に必要なそれを摘み、軽く束ねて泉に茎を浸けていた。


 ならばそれを、早く持って立ち去れと、声がかかる、何故か、その声音にはここに私がいる事が不安だというようなものを感じた。


 私は言われるままに、では失礼を、と、ウードを袋に入れ背負うと、立ち上がると、ザッと水から花を上げ、濡れるのも構わずに腕に抱えようとした時、指先が水底に触れた、その時何かを見つけた。


 指先でまさぐる。少し引き上げるとそれを目にした。浅瀬に敷き詰められた、色とりどり小石の中に、混ざる青。私はなぜかとても惹かれて、そして気になった。なのでついでに、わからぬ様にそれ拾いあげた。


 そして、水辺の私を不安そうに、チラチラと視線を送る二人に、挨拶を残してその場を後にした。何故か息苦しい緊張か私の中にはりつめていた。


「お后様が居られたか?」


 水をよく切れて無かったので、ポタポタと、滴るままに歩いていると、兵士の一人が私に近づき話しかけていた。それに頷く。


 ここに来て、初めてお二人には、直にお目にかかった。やはりあの時のお方は、お后様だったのかと、ざわめく何かに包まれる。


「時折良く来られるのだか、お忍びでな、ここは堅苦しい王宮とは違い、決まり事も少しばかり緩い故、気晴らしに来られるのだよ」


 災難だったな、と笑いながら話す彼。そしてお前はどうする?と唐突に聞かれた。声を潜めて、辺りを探り、息を殺して、知っているか?と言葉をつなぐ。


 この前な、宮からきいたのだがな、と前置きをしてきた。そして一歩近づくと、私の耳にこそりと囁いた。



「成人の儀を終えられたら、他国に質に向かわれるらしいぞ、クシャル様は。お前はどうする?付いていくのか?」


































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