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Scene21.『ラストシーン』

最終話です。

 双子としてこの世に生を受けたレッドとブラッド。彼等が人為的な操作によって造られ、引き裂かれる運命だったということは最初から決まっていた。創造者は己の研究と探求心を満たすために神の領域に侵入した。彼にとってその双子の兄弟たちは作品に過ぎず、彼等がどんな運命を辿ろうと構わなかった。例え殺し合うことになろうとも。



 その日は晴れていた。空は不穏な雲を漂わせず、その下に広がるロンドンの街並みには、なんの変哲もない喉かな日常の光景が広がっていた。

 ブラッドの脳裡に過った不吉な予感が、彼の胸をざわつかせていた。既視感が芽生える。それは、決して出逢ってはならない少年とあの日、遭遇してしまった時のざわめきに似ていた。

 自分の身の回りに危険が迫っていると彼の直感が警告するが、それと同時にそれは決して避けてはならない試練だと直感する。決して外れることのない絶対的彼の第六感――“直感能力”が、彼を落とし入れようとしていた。彼は運命に導かれる。

 自分が知らない何かに決着を付けなくてはいけない。その不可解な使命感が彼の中で、不気味に鎮座していた。



 氷上を思わせる透き通るようなグレーの瞳を持つ美しき青年フランシスは、ステンレスモデルの愛銃の手入れを一巡すると、38spacialを装填した。彼はそれを常に懐に忍ばせている。主人のブラッドを護るため。


 彼は準備を怠らなかった。日々、執事としての職務の合間を縫ってのトレーニングを欠かさず行っている。身体を鍛え、射撃の訓練は主にイメージトレーニングで賄っている。彼にはそれでも充分だった。感覚は身体に染み着いている。銃を握るだけで標的を狙い撃つビジョンがイメージできる。失敗すれば()られる世界で彼は生きてきた。その世界で的を外すことは、“死”を意味する。


 最初の襲撃の時、双子は互いの存在を目で確認した。完全同一形体で産まれた二人は、同じ顔、同じ髪色、同じ背丈、同じ癖を持つ。離れて暮らしてもそれは変わらず――


 それこそまさに

 体内を流れる同じ血の……


     “血族の証”。


 決して出逢ってはならなかった。

 だが出逢ってしまった。

 次、二人が出逢う時は“死”が結末にある。


 それがなければ終わらない。

 死でしかこの復讐劇を終わらせる方法はない。

 それですべてが終わりになる。

 “遺伝子操作双生児”レッドとブラッドの運命に決着が着く。



 主人のブラッドは言った。


「僕がこうやって彼のことを頭に思い浮かべるってことは――

 “もうすぐ現れる”って暗示なんだよ」と。


 ブラッドの勘は当たる。彼の言うことは予言者のように、いやそれ以上――決定事項のように的中する。つまり決着の日は確実に近いことを警告(いみ)していた。

 レッドとブラッドは完全同一形体でありながら、似て非なるのはその特殊能力。ブラッドのそれは実戦には適していない。一方レッドのそれは、まさしく実戦向きと言えた。フランシスは狙撃者スナイパーウイングスとして彼に撃ち方を伝授した。ブラッドはそれをコピーするように見事に習得した。その彼の特殊能力は、三感(見る、判断する、動く)同時始動能力――それが彼の特殊能力ちからだった。その能力ちからを使えば、標的を視覚に捕らえたと同時に引き金を引くことができる。それは射撃の技術が同レベルに達した彼が、ウイングスを凌ぐ力を身に付けた可能性を秘めていることを暗示していた。

 発動する瞬間が遅れたほうが負ける。レッドの目に捕えられた瞬間、死はほぼ確定している。チャンスはその直前だけ。彼の特殊能力に勝つためにはその一瞬に動くしかない。それはハイスピードカメラでしか撮れない超高速――0.01秒の世界。

 高速で動くことに長けたウイングスの手の動作が先か、レッドの三感同時始動能力が先か。それが決まるのは一瞬。先に出たほうが勝利し、遅れたほうは死ぬ。それで終わる。



 昼下がり、フランシスはノート型パソコンにデータを入力していた。そこに主人の毎日のスケジュール、在庫管理の他、主人や邸内のさまざまなデータが詰まっていた。パソコンのディスプレイと向き合い、数字と記号と文字をそうやって眺めている間は心配事から解放される。もう終わるな……そう思った時だった。机の片隅に置いてあった、彼の携帯端末の着信音が鳴った。非通知だったが、彼は迷わずその電話に出た。


《あなたはブラッド・クリザリングさんの執事ですよね?》

 電話の相手はそう言った。聞き覚えのない声に、フランシスは眉を潜める。以前Mr.Xと名乗る者から非通知で掛かってきたことがあった。その時はルパートだったが、声が違う。どうやら別の人物のようだった。今度は誰だ? 今度こそ悪戯かもしれない。フランシスは無言で様子を窺うことにした。すると相手は勝手にしゃべり出した。

《実は彼が“誘拐されました”》

「誘拐?」

《ええ、それで犯人から要求が来てまして》

「何と?」

《フランシスさん、“あなた”です》

「私?」

《そう、あなたを》

 相手はこう告げた。

《場所はあなたのご主人様が通う学校から、車で5分圏内にある廃工場です》

「廃工場? それだけでは……」

フランシスが最後まで言うのも聞かず、相手は

《では、“お待ちしてますよ”》と言い、一方的に電話を切った。

「ちっ!」

 フランシスは舌打ちした。ブラッドの携帯端末に電話するが繋がらない。屋敷の電話も鳴っておらず、何の連絡も来ていない。彼は近くにいた使用人にただ「出かけてくる」とだけ告げて、屋敷を後にした。





 ブラッドが通っている学校から車で5分圏内にある工場を、フランシスは車で片っ端から探して回った。どこだ! どこにあるんだ、その工場は!? あの電話の内容では情報が足りなすぎた。そのことに焦りと苛立ちが募る。六棟ほど回ってようやくそれらしき建物を発見した。窓ガラスが割れるなど所々破損はしているが、建物の形をそのまま残した工場跡地だった。奥に二人の人影が見える。フランシスは愛銃を握り締めながら、その人影に歩いて近付いた。「やはりお前だったか」と相手を見据える。


「よく来たね。待ってたよ、“兄さん”」

 人影はそう言った。茶色い髪の少年――レッドだった。彼は自分と同じ容姿をした少年の頭に銃口を突き付けていた。少年の腕と足には何か巻かれているようだった。

「どういう意味だ。フランシスが“兄さん”て?」

 頭に銃口を突き付けられた少年――ブラッドが問うと、レッドは得意げに答えた。

「僕のパパと彼のパパは同じだからさ」

 フランシスは射程距離まで来て足を止めた。彼に向かってレッドは「ねえ、“兄さん”?」と含みを持たせて問いかける。フランシスはわざとらしいその呼び方に不快感を覚えるが、視線でそれを跳ね返した。元狙撃者(スナイパー)ウイングスの標的を見る視線は、見られた者を凍結させる威力があったが、今のレッドは冷や汗を滲ませるも動じない。彼もまた覚悟を決めてそこに立っていた。

 一方ブラッドは困惑していた。彼の執事であるフランシスは、心が読めない人物の一人だった。レッドは心の中を覗くとき相手の瞳を見る。だがフランシスの心の中は覗けなかった。瞳の奥がまるで、鉄壁で固められた城砦のように守られていて何も見えてこない。そのため、この時まで自分たち双子と彼にそんな繋がりがあるとは思わなかった。だが今思えば、彼と居ると不思議と他人とは思えない心地好さがあったのも事実だ。

「それじゃあフランシスは……」

「僕のほうは“偽物”だけどね」と言ってレッドは口を閉じた。一拍置いてから続きを語る。

「僕たちと彼は、従妹なんだ。父親が双子の兄弟の」

「父親が双子の兄弟」

「そう、僕たちのパパは双子の兄弟だったってことは知ってるだろ?」

「でも子供の時に死んだはずじゃ?」

「クスッ、生きてたんだよ。それが彼の父親だったってこと。わかった?」

「そんなのおかしいじゃないか。お葬式だってやっただろうし」

「じゃあ、それも説明しなきゃね」

「双子の片割れ、つまり彼の父親のカドマスは、赤ん坊の時取り違えられた。それで不運にも二人は生き別れになり、マフィア一家の手に渡った」

「マフィア?」

「パパ――彼の父親は、そこで育てられ、行きずりの女との間に子を孕ませた。その子供が彼というわけだ。その九年後、パパ、カドマスの双子の弟マドックと妻との間に僕たち双子が産まれた。これで理解できた?」

 レッドはさらに続けた。憎しみのこもった眼でフランシスを見据えながら。

「僕はね、彼ともっと仲良くしたかったんだ。だからウルフガング一家うち)に来ないかって誘ったんだけど、断られちゃった。しかもよりによってもっとも憎んでる奴の所に行くなんて……愛情が憎しみに変わったよ」

 レッドの眼に毒炎が燻る。彼の口から笑みが消えた。

「だから二人とも消すことにした」

「……!?」

 不吉な言葉にブラッドは息を呑む。それは“始まり”を予感させた。

「いままで一緒に暮らしてきて、もう充分楽しんだだろ」 

 言ってレッドは、ブラッドの頭に当てていた銃の撃鉄を起こした。カチッと小気味の良い音が響く。

「やめろ!」

 フランシスが叫んだ。

「へえ、君でも慌てることってあるんだ? もっと見たいなぁ」

 銃声が轟いた。

「危ないなぁ、服が破けちゃったじゃないか。まだこれからなのに。気が早いよ、“ウイングス”」

 服の上から肩を掠めた銃弾の痕跡が燻り、レッドの鼻を衝く。焦げ臭い残り香を漂わせ、そこだけ焼け焦げて布が裂けていた。いつ撃ったのか――レッドはその瞬間を目で捉えられなかった。ただその破裂音だけを耳が捉えた。その速さは肉眼では到底捉えられない速さだった。ハイスピードカメラでしか捉えられない、マジシャンの手の動きと酷似している。

「それ以上、オレの主人に手を出すな。次は急所を撃つ」

「ふふ、相当愛してるんだね、ブラッドのこと。顔が一緒なのに、なんで僕には冷たいの?」

 拗ねたような顔で言うとレッドは

「ねえ、ブラッド?」とブラッドの頭に自分の頭を擦り付けた。

「っ……」

 頭を押し付けられてブラッドがふらつく。彼は両手足をテープで固定されているため、バランスが上手く取れなかった。

「ウイングス、勝負しよう」

 レッドは正面の敵を見据えて言った。フランシスの返事を待たずに彼は手を閃かせた。ブラッドの頭に突きつけていた銃口が正面を向いた瞬間火を吹く。

 フランシスの眼は虚空を凪いだ。彼の掌、指先、頭、足、身体は、レッドの「勝負しよう」という声を聞いた時点で既に反応し、肉眼では捉えられない高速な手捌きで標的に銃口を向け、トリガーを引いていた。彼の撃った銃の弾道が、勝ち誇った笑みを称えるレッドに向かって飛んで行く軌跡を空間に描き出す。頭部に向かって弾は吸い込まれていった。

 フランシスは地面に手を突いて倒れる。その斜め上を銃弾が通過した。

「ッ!?」

 頭部から血が飛散して、レッドが目を剥く。彼は口を開けたまま痙攣すると、身体が傾き、そのまま地面に向かって倒れていった。頭や身体を強打して、地面に硬く鈍い音が鳴り、傍らに彼の銃が転がる。

 よろめくブラッドを、駆けつけたフランシスが受け止める。彼は主人を抱き締めながら、地面に倒れたレッドを見下ろした。ブラッドもまた執事の腕の中で震えながら、首を巡らせてそれを覗く。自分と同じ姿形をした者が血に塗れた顔で地面に寝ていた。天を仰ぐその眼にはもはや何も映っていない。そして何か言葉を発しようとするが紡げずに、彼――レッドは事切れた。


 

 後にルパート・L・クリザリングは「遺伝子操作双子」のレポートをこう締め括った――――


 遺伝子操作双生児のレッドとブラッド。完全同一形体の二人はやはり出逢ってはいけなかった。光と影は同じ空間には共存できなかった。影――レッドは、光――ブラッドを攻撃し、最後は影が消えた。それはまるでドッペルゲンガーの末路のようだった。自分のドッペルゲンガーを見た者は死ぬ――故に同じ姿の人間は片方しか残らなかったのだろう。

 



最後までお読みいただきありがとうございます。

更新が遅かったので途中で読むのをやめた方もいると思いますが、なんとか完結することができたのでまた戻ってきてくれることを願うばかり(-_-;)汗汗


今作は「血族シリーズ」です。

ブラッド視点の「血族/Brad ver. 〈Black message〉」

レッド視点の「血族/Red ver.〈The next target〉」

「血族『Last stage』」は裏と表それぞれ別の世界で生きてきた双子が最終場面で合流し、その続きが今作の

「血族『Last stage』」になります。

視点が異なる前二作はどちらを先に読んでも大丈夫ですが、今作はその続きから始まるので、なるべく前作から読むことをお勧め

します。どうぞそちらと合わせてご覧ください。



更新や最終話を残して、長い間お待たせして申し訳ございません。これで今作を無事完結させることができました。感想や評価してくださった方、読んでくださった方、いろいろお世話になりました。読み返すといい思い出になっています。本当にありがとうございました。同シリーズ読破してくれたら感涙です! 現れないかな、、、(T_T)

執筆はまだ続けているので、他作品も読んでいただければ幸いです。今後もよろしくお願いします。

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