偽悪者は罠にはまる
呪いの洞窟などと便宜的に呼んでいるが、その実態は古代の砦だと言われている。
地表部分は長い年月のすえに朽ち果て、幾つか柱が残るのみとなっていた。
漂う呪いの霧にはばまれて、内部の確認は出来ないものの、地面にぽっかりと空いた穴から、下に向かって階段がのびており、覗き込むと通路は残っていて、空気も流れている。そのことから地下部分はまだあると予想されていた。
危険区域に指定され、普段は近づく者などいないが、現在は探索におもむく冒険者達と、商人が集まって賑やかだ。少し離れた所にはテントが建てられ、ちょっとした集落みたいになっている。
長丁場になるから拠点を設営するとは聞いていたものの、ここまで規模が大きいとは思わなかった。
「賑やかね。お祭りみたい」
傍らを歩くリアンは興味深げにきょろきょろと周囲を見回す。口調はちょっと楽しげで落ち着きがない。
「稼ぎ時ですからね。お祭りみたいなものです」
俺達を先導しているシャーリーが振り向いて言った。
未調査の遺跡は宝の山だ。あくまで教会や国が主導する探索なので発見した遺物の所有権は得られないものの、買い取りという形になるので金は儲かる。
俺達はシャーリーの依頼で探索をするから所有権はどうなるのかよく分からない。シャーリーに確認してみても誤魔化された。そのあたりの事情に深入りするつもりはないので、どうでもいいことではある。
それよりも気がかりなことがあった。
何故かシャーリーも探索に同行するのだ。暗に俺が狙われる可能性をほのめかしても彼女はどこ吹く風でとりあわない。
むしろ、それを狙っているふしもあった。
残念なことに彼女の実力は俺よりも上。更に何があっても俺達に責任はとらせないと誓約書まで用意された。
これは冒険者ギルドを間に挟んだ正式なもので、そこまでされれば断りにくく、同行を認めざるおえない。
「今日は少し入ってすぐに出よう。本格的に探索するのは明日からにする」
馬車に揺られてやって来て、既に日が傾いていた。妖精の箱には大量の物資が入っているから遺跡内で夜営も出来なくはないが、未知の遺跡で夜営なんてごめんこうむる。
設営された受付所で許可をとって、さっそく洞窟に足を踏み入れる。
空気は湿り、身体にまとわりついてきて気持ち悪い。一昨日から断続的に降っている雨の影響だろう。
階段を下りた先の呪いの霧は薄かったが、少し奥を見ると黒い霧が視界を塞いでいた。
教会から借りた対呪結界を起動させると、周囲の景色が僅かに歪む。結界が空間にもたらす副作用だ。
試しに呪いの霧のある通路に進むと、結界が霧を押し込んでいく。問題なく作動しているな。
「ご主人様」
リーリスが俺の腕を掴む。
「どうした?」
リーリスは嫌そうに通路の奥を視線で示す。ほぼ同時に複数の足音が聞こえてきた。
「白鷺? なんでここに?」
霧の向こうからやって来たのは久宝達だった。まさか此処で鉢合わせるとは。
彼ら、勇者が探索に参加するのは終盤だと聞かされていた。序盤は冒険者の利益を確保するために待機すると、表向きにはなっているのだ。要するに、彼らの役割は勇者が聖鎧を手に入れたという教会のプロパガンダということである。
だから探索が終盤になったら、見学に回るつもりだった。それはシャーリーも了承していた。
「仕事だ」
あえて淡々と答える。
久宝の隣には何故かカイル、背後には浅野、犬飼、来栖がいる。相変わらず犬飼は顔色が悪く、雰囲気が暗い。この場に男勇者が久宝しかいないのは、男勇者と女勇者の間で何かあったからだろう。俺の危惧が当たった形だが、だから何だと言うのか。
今さら何かするつもりはない。だと言うのに、腹立たしさを感じる。何故こんなにもいらいらするのだろうか。
「こっちの依頼は断ったのにか? いいご身分だな」
「まあな」
平然と答えてやると久宝ははなじろんだ。
冒険者は依頼を選べる。断れないのは冒険者ギルドからの緊急依頼だけだ。どうこう言われる筋合いなんてない。
「私達は下見に。もう戻るところだから」
尚も何か言おうとした久宝の背中を浅野が押す。しぶしぶといった感じで久宝は出口の方へと歩き出した。すれ違いざまに来栖は軽く頭をさげ、カイルはきっと俺を睨む。
久宝が大罪の牢獄の実態を認識していたかは知らないが、俺が死にかけたのは事実。
久宝と仲良くするつもりはない。だが、犬飼の様子が気にかかった。彼女は女子の中心的存在で強気な性格だったはずなのに、すっかり意気消沈している。
何気なく振り返ると犬飼は頼りない足取りで階段をのぼっている。小さく見える背中に声をかけようとして、不意に視界が揺らぐ感覚に見舞われる。ついで轟音が耳に突き刺さった。
地面が縦に激しく揺れる。身体が浮き上がる程の揺れに、階段をのぼっていた犬飼が空中に投げ出された。
舌打ちしつつ、走りよってぎりぎり犬飼を抱き止めた。犬飼は見るからに重くない。それでも衝撃で腕が痺れた。他にも誰か落ちてこないかと階段を見上げると、予想だにしない光景が目に飛びこんでくる。
黒い蔓が密集して入り口を完全に塞いでいた。さっきの揺れは蔓が生えてくる衝撃だったのだろう。
リアンが興味深げに蔓の壁を観察すると、ハルバードを勢いよく叩きつけた。しかし、蔓が何本か切れただけで効果うすい。しかも切られた蔓は下から生えてきて元通りに戻った。
「処置なしか。どうする? 旦那様」
肩をすくめるリアン。
現状、蔓の壁をどうにかする火力はない。外にいる冒険者が何とかしてくれるのを待つのが無難ではあるのだが。
「下がれリアン」
リアンはすぐに蔓から離れた。疑問をていさず、すぐ指示に従ってくれるのは助かる。
ひっと、犬飼が短く悲鳴を上げた。無理もない。大量の蔓が一斉に蠢き出したのだから。
蔓はぐりぐりと渦巻いて何本かの蔓が束になり、不恰好な人型を形成した。こいつは確かマンドレイク。森の奥でたまに出現する魔物である。
マンドレイクはゆっくりと歩き出した。
すかさずリーリスが飛び出して短剣で切りつける。あっさりと上下にわかたれてマンドレイクは消滅した。だがマンドレイクは蔓の壁から次々にと這い出してくる。これでは切りがない。
「逃げるぞ。立てるか? 犬飼」
犬飼は頷いて立ち上がったものの、覚束ない足取りだ。
「リーリスは先頭、シャーリーは俺の隣に、リアンはしんがりだ」
呼ばれなかったからか、犬飼の瞳に不安が揺らぐ。
「犬飼は俺が抱える。いくぞ」
抵抗する暇を与えずに犬飼を抱えあげた。犬飼が落とした棍も拾ってリーリスの後に続いて走る。
後方を確認するとマンドレイクが何十体も追ってきていたが、足は速くないので逃げきれそうだ。
明らかにに誘いこまれている。かといってどうしようもない。自身の考えの甘さに苛立ちつつ、ひたすらに黒い霧の向こうへと駆けていく。




