偽悪者は忠告される
「間の悪い時期にこられましたわね」
テーブルの向こうで彼女は優雅に紅茶をすする。所作の一つ一つが高貴さを感じさせ、フィリーネを想起させた。
案内されたサロンは、人はまばらながらも好奇の視線が鬱陶しい。余所者が珍しいのだろうと、気にしないことにした。ただ、どうも彼女に向かっている視線に険悪な物があるのは多少は気がかりではある。
「手早くすませましょう。私と関わるのはよろしくないので」
早口でありながら聞き取り安い声で彼女は手早く説明してくれた。
学長選挙。
現学園長が引退を宣言したことで、学園長選挙に向けて勢力争いが勃発。さらに引退間近の学園長を甘くみる者が増えて学園は不穏な空気に包まれている。
「特に事務官長と魔法学部の学部長には関わらないよう忠告いたします」
言うだけいって彼女は腰をあげようとした。
授業が終わったのか、人影が増えている。比例して険悪な視線も増えていた。そそがれる先は彼女。
「学園長に取り入って、今度は一般学生に色目を使うとは」
少し前から派手な集団が視界に入ってはいた。知り合いでもないし、関わりたくもなかったから、視線を反らしていたのに、厄介事というのは向こうから絡んでくる。
「勘違いです。私が美しすぎてそのように見えただけでしょう」
反論する彼女の言が自惚れとはいいがたい。彼女の容姿は相手を惑わせるだけの魅力はある。
「減らず口を」
絡んできた少年は美少年だった。歳は俺と同じくらい茶色い目に茶色い髪。人形のように整った顔立ちを歪めて彼女を睨み付けている。
「口は一つしかありませんわ。減ってしまったら困ってしまいます」
口を片手で隠し、困り顔で彼女は首をかしげて見せた。
「可愛げのない。妹とは大違いだな」
「誰かと比べるのは品性の乏しい行為ですわ」
美少年はひくりと頬をひきつらせた。自分に品性が足りていない自覚はあるようだ。
「せいぜい吠えているがいい。もうすぐ婚約破棄できるからな。楽しみにしておけ」
言うだけ言って少年は俺とリーリス、リアンをちらりと見た。少し迷うような素振りをしてから俺と視線を合わせる。
「お前がレイか?」
「そうですが、なにか?」
少年は口をもごもごしてぎゅっと拳を握る。
「平民の冒険者風情は我が校にふさわしくない。相応しくないが忠告はしておく。事務官が不正入学者いると騒いでいた。気をつけておけ」
質問は受け付けないとばかりに少年はサロンから出ていった。
忠告してくれるのはありがたいが、素直に感謝しずらいな。悪い奴じゃなさそうだが。
それに彼女に対する態度がきになった。
「恨まれるようなことをしておりますから。殿下は信用できる方ですよ。単純なところはいただけませんが」
彼女は平然としていたが、俺には悲しそうに見えた。
「私も失礼いたします。いらぬ噂を流す事務官を始末せねばなりませんので」
彼女も去ってサロンに残される。
「やっぱり旦那様は運命の女神に愛されてるわ」
優雅に紅茶を啜るリアンは小憎らしい程に絵になる。
「そうだな。リーリスとリアンに出会えたしな」
皮肉で言ってやると、リアンはごふっとむせた。
「はしたないな」
「旦那様のせいでしょ!」
なにもそこまで動揺しなくてもいいだろうに。リアンは涙目で怒っている。少しやり過ぎたかもしれない。
「用事もすんだし宿をとりにいくか」
貴族は全寮制で一般学生はどこに住んでもよいことになっている。例の一件でえられた賠償金や魔族を退けた報償金で懐は暖かいから、トラブルが起こりそうな寮をさけて学生向けの宿に泊まる予定だ。
毎日講義があるわけじゃないし、ギルドで依頼をこなせば余裕をもって生活できるだろう。
働かなくてもなんとかなるだけのお金はあるが、仕事をしなければ勘が鈍ってしまう。
リアンの冒険者登録に、装備の調達。数日は忙しく過ごすことになりそうだ。
学園をでて街に出る。
今まで立ち寄った街の中で、ティマイオスは一番栄えていた。見た目はコンクリートのビルと変わらない建物が幾つも建ち並び、舗装された道路には雑草も生えていない。
歩道は完全に分離されていて、結構な頻度で道の中央を馬車が行き来していた。
冒険者が武器を持って歩いている姿が滑稽に見えてしまうほど、近代的な光景である。
「さすが、遺跡が近いだけあって冒険者が多いわね」
リアンの言う通り、通行人の冒険者の割合がわりと多い。
ティマイオスは周囲を水堀で囲まれた都市だ。外は見晴らしのいい平原が広がっており、その平原にはあちこちに穴があいていた。
穴の中はさまざまで、洞窟だったり、建築物のようになっていたりする。共通しているのは魔物が出てくることくらいだ。
どこからともなく無限湧きしてくる魔物は、冒険者逹からすればいい獲物。冒険者が集まれば、研究や開発をおこなうための資源が安定的に入手できるので、学園が建てられたのだ。
「リアン、魔物は外に出てこないんですか?」
リーリスの問いにリアンは肩をすくめた。
「私の知る限りでは出てこないけど、まともに稼働してるかな? きちんと間引きしてれば、いきなり街が魔物に襲われることはないと思うけど」
あくまでリアンの予想ではあるが、この辺りにある遺跡は今は無きドワーフ王国が作った闘技場やアスレチック施設だ。
当時の娯楽施設が、いまや、資源の採掘場というわけである。
「安全そうなところを狙って潜ろう。人が多ければ危険も少ないだろう」
冒険者が多ければ当然、魔物も少ない。ただ、心配ごとがないわけでもない。
「新人冒険者が多いんでしょ? 絡まれたりしない?」
リアンの心配は杞憂とはいいがたい。
ティマイオスの冒険者ギルドは学園と連携して広く学生を受け入れている。噂では、少しばかり素行の悪い者もいるらしい。
「返り討ちにすれば宜しいのでは?」
真顔で過激なことを言うリーリス。彼女なら本当にやりそうで怖い。
「何事も経験だ。他に仕事もないしな」
結局はそこにいきつく。
俺も、リーリスも、リアンも。冒険者として生きていくしかないのだ。
プリン食べたい。




