偽悪者は学園につく
長い馬車旅を終えて、たどり着いた先は学校だった。
「ご主人様? どうされました?」
俺の顔を覗き込んできたリーリスの翡翠色の瞳が心配げに雲っている。
わりと長い時間、学校の校舎にみいっていたかもしれない。
「なんでもない。いくぞ」
「旦那様、心配くらいはさせてくれてもいいんじゃない?」
今度は長身の美女、リアンがわざとらしく俺の服の袖を掴む。
「気にしないでいい。下らないことだ」
実際下らないのだ。
並ぶ校舎の光景が、元の世界の高校に似ていて郷愁をかんじた。
ただ、それだけの些事。
昼を少し過ぎたくらいの緩い時間。冬が近く若干肌寒いが身体を動かせばむしろ熱い。
生徒らしき集団が、グランドで走りこみをしていた。
建物の見た目はコンクリートっぽい。道も整備されていてまるでもとの世界に帰ってきたのかと錯覚するほどだ。
なんとも表現しずらい感情を噛み砕きつつ、受付に向かう。
ギルドから貰った推薦状を提出すれば、俺もこの学園に入れる、筈だ。
当初の予定では帝都にある学園で魔法を学ぶ予定であったが、フィリーネから勇者達が帝都の学園にいくと聞かされて急遽予定を変更した。
フィリーネは俺も同じ学園に入れたかったようだが、意固地になって不興を買うより、細い糸であっても繋がりをとったらしい。
彼女はかつて留学していた学園を紹介してくれた。
オルドヌング共和国、学術都市、ティマイオス。
都市の名前がそのまま学園の名前である。とはいえ、住民が全員学生というわけでなく、ほとんどは一般人である。
帝都のローゼンタール学園と肩を並べる名門であり、他国の貴族が多く留学してくるし、学生のほとんどは貴族で、一般人は少ない。
だが、ティマイオス学園を名門足らしめているのは一般人だ。実力に差がある貴族だけでは名門であり続けるのは難しい。常に結果をだし続けるために優秀な一般人を常に募集していた。
優秀というのは学術だけを意味しない。武による優秀さも含まれる。
魔族とやりあえるのなら冒険者ギルドから推薦状が貰えるとフィリーネが教えてくれた。
俺の懐には推薦状が二通ある。一つは冒険者ギルドから、もう一つはフィリーネが書いてくれたものだ。
フィリーネから貰った推薦状は使うつもりはない。へたに使えばマニアス聖国と忌々しい縁を結ぶことになる。フィリーネも困った時に使って下さいと寂しそうに笑っていたから、使わなくて気を悪くすることもないだろう。
案内図を頼りに事務棟に入る。一階の右手のドアに入るとカウンターの向こうで事務員が一人、暇そうにしていた。
「入学希望なのですが」
声をかけると中年の男性職員が俺の左右をみてにやにや笑った。名門にしては質の低い職員だな。組織が大きくなると変な人間も紛れこむとはいえ、顔役がこれでは不安になる。
「へえ、若いのに二人も侍らせて凄いねえ。推薦状はあるよね」
余計な言葉は無視してギルドからの推薦状を渡す。
事務員は推薦状をしげしげと読む。
「魔族と互角? 君が?」
いやらしく事務員は笑う。疑う気持ちはわかる。リーリスすら魔族にかなわなかったのだから。
もっとも、武器をととのえれば、リーリスは十分魔族と戦えるとフィリーネは言っていた。
「互角は言い過ぎかもしれませんが、それなりに」
事務員はふんっと鼻息をはく。
「あのプトレスの襲撃事件はA階級冒険者がおさめたんでしょ」
共同統治地域に侵入した魔物を殲滅したのはA階級冒険者だ。もともと俺の救助のために近くに来ていたそうだ。
「D階級なんて一般人と変わらないのに、この推薦状は本物?」
「冒険者ギルドに確認してください」
他に言い様もない。
「おや、いいのかい? もし偽物だったら君、奴隷も取り上げられちゃうよ」
リーリスに視線を向けようとしたので一歩動いてリーリスを隠した。事務員は小さく舌打ちする。
「とにかく、こんな偽物じゃ入学できないよ」
「そうですか」
事務員がひらひら振る推薦状をやや乱暴に奪い取り、身をひるがえす。
「いくぞ」
リーリスは氷の彫像めいた冷たい雰囲気、リアンは軽く肩をすくめて俺の後につづく。
魔法が学べる学校は他にもある。ここに来たのはフィリーネに紹介されたからだ。歓迎されていないのに、こだわる理由はない。
「まったく最近の若い者は困っちゃうね。礼儀もなってないし都合が悪くなるとすぐにげる」
「あら、私も礼儀知らずなのかしら」
扉をあけて入ってきた少女は入って来るなり事務員を睨み付ける。
きっとつり上がったつり目。血の色に近い濃い赤色の髪と瞳。緩くカールした長い髪をくくって一房にしているのは、体操服を着ているところを見るに、運動の邪魔になるからだろう。
「そ、そのようなことはありません。一般論です」
露骨に狼狽えた事務員は顔色を青くしている。
「偶然、立ち聞きしてしまいましたが、こちら入学希望者ですね。推薦状もあるのに何故お断りしたのですか?」
「偽物です。推薦状は偽物です」
事務員が取り繕うごとに少女の瞳が険しくなっていく。
「失礼」
少女は断りを入れてから丁寧に俺の手から推薦状をつまみ上げる。
しばし、推薦状に視線を落とすと綺麗に推薦状を畳んで俺に返してきた。
「なにを根拠に偽物だと?」
少女の問いに事務員は狼狽えるばかりで答えない。それはそうだろう。推薦状は本物なのだから。
少女は深く、深く、ため息をついた。
「この件は学園長に報告します」
「し、しかし、私は職務をまっとうしただけで」
往生際悪く事務員がいい募るも、少女はいっこだにしない。
「最近、一般枠の入学者が激減しているのを学園長は疑問に思われていました。あなたが握り潰していたのではありませんか?」
「私は悪くない。命令にしたがっただけで」
はっとした顔になり事務員はてきめんに狼狽えだした。
「違う、これは私の独断、いや、職務を」
「もうよろしいです。沙汰を待ちなさい。そこのあなた」
少女に指定された別の事務員が小さく返事をした。
「あなたが変わりに手続きなさい。不正はゆるしませんよ」
こくこく頷く事務員。
今さら入学しないと言える雰囲気ではない。
まあ、この何者なのかわからない少女もいることだし、様子をみて、いざとなったら逃げればいいだろう。
逃げ場のなかったあの頃とは違うのだから。




