人形は踊る
扉を開けた先のフロアは今までと雰囲気が違っていた。壁には絵画、天井は見えないが大きなシャンデリアがいくつもぶらさがり、豪奢な雰囲気だ。ただしそれはかつてはだ。
絵画は傷だらけ、シャンデリアは無事なものはなく砕け、壊れている。落ちたガラス片が散らばっているせいで靴裏からじゃりじゃりした感触が伝わってきた。床も小さな穴があちこちにあいていた。
フロアの奥に、ラスボスよろしく大きな扉の前に控えた人形も壊れていた。もともとはちゃんとしたひとがただったのだろう。腰まで届く長い髪を持っているのだが、肝心の髪が生えている頭部は機械そのものだ。かろうじて唇から顎にかけて、ひび割れながらも皮膚っぽくはあるものが張り付いているがかえって無気味だ。手足も胴体も、大きな亀裂の入った金属のような物で構成されていてみるも無惨な有り様である。服もなく、全裸なのだが人っぽい部分がほとんど残っていないので色気も何もない。
中ボスにしろ雑魚にしろ、こんなふうにぼろぼろではなかった。人形と魔物達では何か違うのだろうか。魔物は再召喚出来るが人形を修理できる施設はないとか?
だとしたら好都合だ。精霊剣をかまえて慎重に距離をつめていく。すると突然、人形の目が赤く明滅しはじめた。
『し……お引き取りください……こ……お嬢様が……ご就寝中です』
ノイズ混じりの音声が空間に響く。
「そこを通してくれれば、おとなしくかえる」
無理だろうな。お願いして通してくれるのであればあの本の持ち主の死体は転がっていなかっただろう。
『お嬢様がご就寝……ころ……お引き……死ねえ……』
ゆらりと人形から漆黒の靄が立ち上った。言葉の抑揚が安定していない。
『死ね死ね殺す殺す……お引き取りを……潰れろ砕けろ……に……げ……て』
目の明滅が止まる。同時に雪崩をうつように人形は動きだした。例えるなら蜘蛛。四足歩行で迫るさまはホラー映画に出てくる幽霊のようだ。
『死ね死ね死ね』
「うるさい」
目前にまで飛び込んできた人形に精霊剣を横凪ぎに払う。手応えがない。人形は精霊剣があたる前に四肢でぐっと地面を蹴って飛び上がっていた。
『殺す殺す殺す』
長い髪を振り乱し、俺に向かって落下してくる人形。迎撃すべく精霊剣を振り上げるも、人形は空中で突然軌道をかえて壁にべたんとはりつく。
なんだ今のは。なにをしたのかわからない。暗視スキルがあるとはいえ、限界はある。漂う靄もあるし見えない何かがあってもおかしくない。
『なんで死なない、殺されろお!』
気でも狂ったように人形は頭を何度も壁に叩きつけながら吠えた。反響する声と共に人形から濃い黒い靄が噴出して空間に広がっていく。避けられない。あれに触れても魔力を封印されるだけのはず。覚悟を決めて靄を無視しつつ、フロアの奥にある扉に走る。
『そこに近づくなああ!』
あわよくば無視して通れればと目論んでいたがやはり無理だったか。壁に移動した時と同じ俊敏さで人形が俺に肉薄する。その姿は隙だらけだ。そして今度は見えた。一見何もない空中に精霊剣を一閃。
空中にあったのは黒いケーブル。人形の手首からのびて床に指をめり込ませた手までつづいている。先ほどの空中機動もこれを使ってやったのだろう。
感触からして切断は出来ていなくとも多少は切れている。実際、際立って人形の速度が落ちて地面に衝突、それでも無茶苦茶に転がりながら俺に突撃してくる。
精霊剣を水平に構えて全力で突きこむ。
人形は避けるつもりもないらしく、精霊剣は胸あたりに当たった。僅かに食い込む感触があるも、人形は身体を反らして俺へと手を伸ばす。その勢いで精霊剣を自ら押し込んでしまい胴体に大きな亀裂を走らせる。
いったいこの執念はなんなのか。今までのボスとこの人形は行動原理があまりにも違う。
人形の手が俺の腕を掴む。そしてそのまま腕を引っ張る形で投げ飛ばされた。
身体が空中に浮く。腕を引かれた衝撃で肩が悲鳴をあげるのを無視して床を足で叩きつけるつもりで蹴り、なんとか倒れこむのを防ぎつつ振り返る。
追撃はなかった。人形は扉にすがり付いている。
『ああ、お嬢様いつお目覚めになるのですか……お嬢様はアイビーがお守りします……どうかもう一度お声を聞かせ……』
経年劣化は深刻であったようだ。精霊剣によってつけられた亀裂が動く度に広がっていき、その亀裂のまわりにも細かい亀裂が生じている。ケーブルを切った手も回収できないようで床に放置され、手首まで伸びたケーブルがむなしく揺れていた。
『殺す……お嬢様……殺す……お嬢様、アイビーはアイビーはいつまでもお待ちして……死ね死ね死ね』
ぐりんっと人形の首が百八十度回転した。真っ赤な目が闇の中で禍々しく輝く。
『みんな死ね……壊れろ……殺してやる!』
残ったもう一方の手が俺に向かって放たれた。くるとわかっていれば対処出来ない速度ではない。精霊剣であっさりとはじく。人形はどうでもいいとばかりに後ろ向きで襲い掛かってきた。もはや限界なのか、走る振動でどんどん身体が崩れていく。胴体は完全に外郭が剥がれ落ち内部の電子部品が剥き出しになっていた。
次で決める。
内部まで外郭のように硬くはないはずだ。床を蹴って走る。勢いをのせカウンターを期待して精霊剣をふるう。
「なっ!」
ふった精霊剣が前方に引っ張られる。何事かと精霊剣をみるとさっき弾いた手が精霊剣をつかんでいてケーブルがもとに戻る力で引っ張ていた。
『憎い憎い、呪わしい。怨むぞ! ドワーフども!』
人形の右目が突然破裂した。眼前に人形の顔があったせいでもろに破片が俺の顔に浴びせかけられる。
「いっつ!」
左目に破片が入った。針で刺されるような痛みにたえながら咄嗟に人形を蹴り飛ばす。
人形は床に倒れ、衝撃で腕や足が胴体からもげて転がっていった。
完全に壊れたのか確認すべきなのだろうが、それどころではない。左目に激烈な痛みが走る。何かがいくつも細い糸を眼球の奥へと突っ込んでくる感触があった。さっきいったい何が目にはいったんだ?
『死ね』
聞こえたのは人形の声ではなかった。頭の中に直接声が響く。
『狂え』
水の中で喘ぐような声がこだましていく。
気持ち悪い。自分以外の誰かの意思が身体の中を浸食していく不快感。
『死ね死ね死ね死ね!』
「うるせえ! お前が死ね!」
短剣を抜き放ち、左目に切っ先を向ける。
「おおおお!」
躊躇う気持ちを叫んで叱咤し、切っ先を左目に突きこむ。思いっきり力を込めて手の震えを誤魔化しつつ目玉をえぐりだした。
天魔降臨を発動。失われた左目が再生していく。身体は熱いのに芯は凍えるほどに冷たい。冷たい大粒の汗で全身びしょ濡れだった。乱れた呼吸をととのえて長く吐息をはく。
『死ね』
また声が響く。
「くっそ!」
左目の痛みと違和感が復活する。左目を再生させたからか? それとも目玉をえぐるくらいでは無駄なのか?
どうする? どうすればいい。
天魔降臨の効果なのか、さっきと違って痛みは左目に集中していて広がってはいかない。だったらやはり左目をどうにかするしか方法が思い付かなかった。
落としてしまった精霊剣へと這いつくばりながら手を伸ばす。精霊剣で傷つけられれば精霊魔法以外でなおせない。
一か八かの賭けでも、やらなければこのまま死ぬだけだ。精霊剣の刀身を両手で挟んで構える。
わき上がる吐き気。もし精霊剣でも無理だったら死ぬ。不安で手がぶれて狙いが定まらない。
やれ、やるんだ。
俺はリーリスの隣に帰る。
またリーリスの笑顔が見たい。
そのためなら俺は。
なんだってやってやる。
震えが止まる。
いっきに精霊剣を眼球に突き込んだ。奥に刺し過ぎれば致命傷だ。あくまで眼球だけをつぶさなくては。じわりとさらに奥へといれるとぷちんっと何かをつぶした感触がして目の中で何かが暴れだした、これ以上は精霊剣を奥に入れるのは危険だ。だから精霊剣をねじってさらに眼球を潰す。
声にならない断末魔の悲鳴が頭の中で響く。
長引く悲鳴が消えてなくなるまでまってから精霊剣を引き抜くと真っ黒な粘性の液体がどろりとこぼれ落ちていく。まだ天魔降臨は発動していて痛みは急速にひいていったがやはり左目自体は再生しないようだ。視界が明らかに狭い。どうやら賭けには勝ったらしくもうあの声は聞こえない。
だが、まだ終わっていない。
無惨な姿で横たわる人形。とても動きだしそうに見えないがもしかしたらまだ動けるかもしれない。完全に破壊するような余裕はもう俺にはなかった。天魔降臨の効果も切れてステータスも下がってしまっている。せめて妖精の箱に仕舞えないだろうか? 生きている生物などは入れられなかったがもしかしたら入るかもしれない。
ふらつきながらも警戒しつつ、妖精の箱の範囲まで近寄っていく。すると人形の残ったほうの目が鈍く青色に光った。
やはりまだ動けるか。頭を潰すべく精霊剣を叩き込もうとして。
『お嬢様、お目覚めになられたのですか?』
寸前で止めた。
『お嬢様、お嬢様、何処におられるのですか?』
さっきまでの狂った声ではなくすがり付くような声に俺は。
「ここにいる」
『お嬢様、おはようございます。ずっとずっと、おまちしておりました』
人形は駆動音をあげて動こうとしたようだが僅かに身体が揺れる程度で足もないので当然、立ち上がることも出来ない。
『申し訳ありません。アイビーはメンテナンスが必要です。このままではお嬢様のお役にたてません。アイビーは、アイビーは役立たずです。お嬢様をお助けできず、お目覚めまで壊れずにおまちすることすら出来ませんでした』
「アイビーは役にたった、もう充分だ。少し休め」
アイビーの右目が明滅する。
『アイビーはお役に立てたのでしょうか?』
「ああ」
『アイビーはお嬢様のお側にいてもよいのでしょうか?』
「そうだな。ずっと一緒にいよう」
『はい。アイビーはお嬢様のお側をもう二度と離れません』
駆動音が止まる。右目の光も弱くなっていきやがて消えた。
『……ありがとう……』
この言葉を最後にアイビーは完全に沈黙した。
放置していく気にもなれず妖精の箱に入れてみるとあっさりと入った。外に出て落ち着いたらどこかに埋葬しよう。
身体が悲鳴をあげている。ともかく休息が必用だ。壁際までおぼつかない足取りで歩き、ほとんど倒れる形で床に身体を横たえる。最後の気力をふりしぼり、魔物よけの香をたくと、そのまま意識が薄らいでいった。




