フィリーネの決断
「絶対反対」
フィリーネは楽観視していた。いざこざがあったところで同じ世界の学友。まさか牢屋に閉じ込めたままにはすまいと思っていた。レイを牢屋に入れるのだって難色を示していたのだ。迎えにいって牢屋から出すことを反対する筈がない。ところが、リーリスを見た瞬間、有罪判定がくだされ、浅野達ギルドにいた女子以外はかたくなな態度を示した。
ワンフロアを貸しきった宿屋の一室に女勇者達を集めて開かれた会議は見事に暗礁に乗り上げた。
因みに半井と久宝は一つ下のフロアにいる。半井は何を考えているのかわからない。久宝はすまし顔をしながらも不貞腐れているらしく声をかけてもこなかった。
いないものはしょうがないとしてフィリーネとしては勇者の不興を買いたくはない。ただでさえ王家には勇者が二人しかいないのだ。その上に貴族側の勇者達に不信感を持たれたらどうなるか。王族として正しい行動はレイとリーリスを見捨てること。それですべて上手くいく。だが、フィリーネはその決断を下せない。それはフィリーネの甘さだった。神であるルーザを否定するつもりはないが右も左も分からない異世界に放り出されたレイを牢屋にいれたままにするなんてあんまりではないか。
「どうしてです。さっきはためらわれていたじゃないですか」
「だって、こんな綺麗な子が奴隷だなんて思ってなかったし」
反対派の筆頭、犬飼凪が言うと数人がうんうんと頷く。
「綺麗だとどうして駄目なんですか」
フィリーネは訳が分からないというように聞くと凪は少し頬を赤くした。
「奴隷ってあれでしょ、命令に逆らえないし、白鷺は男だし、なんていうかほら、男はみんなけだものというか」
目をおよがせる凪。フィリーネはなんとなく意味を理解した。ただ、性奴隷であればそういうことをしても問題はない。女性として思うところもあるのだが、それは犯罪ではない。
「リーリスさんは性奴隷なんですか」
もしリーリスが性奴隷であれば反対する理由はなくなるだろうとフィリーネは単純に考えた。
「ええ、私はご主人様の性奴隷です」
何やら性奴隷という部分に妙な力が込めらていたがフィリーネは気にしないことにした。
「でしたらなにも問題ないですね」
「いや、問題ありまくりだから」
浅野が指摘するもフィリーネはきょとんと小首をかしげる。
「どうしてですか」
「あのね、私らは白鷺が転移された時に見たからそういう関係なんだなってわかってるけど、凪達はしらないんだからさ」
凪は拳を握りこみ、ふるふる震えるとかっと目を見開く。
「さいてー! あんな奴、一生牢屋に入ってればいいのよ!」
浅野は深く溜め息をつく。
「まあ、こうなるわけよ」
こうなると言われても文化の違うフィリーネには理解できない。
「勇者様の世界では性奴隷が犯罪になるということでしょうか」
「まあ、なんというかね」
浅野は何が問題なのか一通り説明する。凪はようするに嫌がる女性にそういうことをするのを許せないのだ。
「リーリスさんに直接聞くとかじゃだめでしょうね」
フィリーネの呟きに浅野はそうだろうねと答えた。
リーリスが何を言ったところで凪は信じないだろう。レイの不利になることを言わないように命令されているんだと言われてしまえばフィリーネにその疑いをはらすすべはない。
「手がないわけでもないけど」
浅野の視線を追うと前髪で目元が隠れた少女が興奮する凪の後ろでおどおどしていた。
「直接見せればいいということですね」
「白鷺がほんとに紳士ならね」
おどおどしているのは御影沙紀、小柄な体躯の小動物みたいな可愛らしさのある少女だ。彼女の職業は心理師、そして得たスキルは精神感応5である。心理師とは精神に関する魔法に補整のかかる職業なのだが、戦闘向きな職業ではない。幻覚をみせることはできないし、幻痛もむり、記憶操作もできず、行動を制限することも出来ない。そもそもそんな魔法は存在しない。ではなにができるかというとカウンセリングである。なんとなく気分がおちつく魔法である精神平静やちょっと楽しい気分になる気分高揚などを駆使してクライアントの相談を受けるのだ。沙紀の場合、スキル精神感応によって相手が何を考えているのかわかるので努力すれば一流のカウンセラーになれるだろう。
さらに沙紀はもう一つ、魔法を独自に習得した。それが内面投影である。文字どおり自分の内面というか、記憶を映像にして見られるようにする魔法で、精神感応スキルと併用すると他人の記憶すら映像化できる。
なぜ沙紀がこの魔法を取得したかというと娯楽のためである。この世界、娯楽が少ない。演劇や娯楽小説などもあるのだが、インターネットやテレビなどがないと気楽に娯楽を楽しむのも難しい。そこでみんなが記憶している映画などを投影できないかと凪が提案したのである。
精神感応は対象に触れなければ発動しないとはいえ、心をよむスキルを持つ沙紀は孤立気味になっていたので凪からすればみんなと距離が開かないようにという気づかいもあった。沙紀にもみんなから避けられているという自覚があったので頑張って魔法を覚えたのだ。
人の記憶は曖昧で、きちんと映像として映し出せるのか不安もあったが杞憂だった。どうも曖昧な部分は勝手に補整が入るらしく、見たことがあれば映画でもドラマでもちゃんと映像化できた。さらに映画マニアの子が三人もいたおかげでレパートリーも多く沙紀と他のクラスメイトの距離感は元通りどころかかなり親密になった。もともと仲が悪かったわけではない。きっかけさえあれば何時でも仲良くできたのだ。特に提案した凪と沙紀の距離感は近く、腕を組んでいるのも珍しくない光景となった。
「それしかなさそうですね」
フィリーネはみんなにリーリスとレイの生活を見て判断してはどうかと提案した。渋々といった様子でみんなが了承する。フィリーネはレイが向こうにいたころ盗みをはたらいてみんなに嫌われているという話しは聞いているのだが、だからといってわりとあっさりレイを見捨てているクラスメイト達の感覚がどうも理解できないでいる。レイが万引きとやらをしたという話しを聞くかぎり、明らかに推定無罪なのだ。マニアス聖国では、王族や教会の都合で推定有罪をよくやらかすが、法のなんたるかを知らないわけではなく都合が悪いからあえて無視しているにすぎない。なのにフィリーネよりも高等な教育を受けているであろう勇者達がレイを敵視するのは不自然に思えた。だからといってどうすることも出来ないのでなんとか折り合いをつけて勇者達を説得するしかない。
「どうでしょうかリーリスさん協力して下さいませんか」
「お断りします」
即答だった。
一瞬、思考停止したフィリーネであったが、すぐに再起動すると自分の迂闊さを呪う。あまりにもリーリスが協力的であったために忘れていた。自分の記憶を映像化するなんて普通は断る。さらに自らの主人の能力を探られる可能性を考えれば記憶を見せるなんてありえない選択だ。
ギルドでの久宝とのやりとりは浅野から聞いている。その会話からフィリーネはレイが身体欠損すらなおせる何らかのスキルをもっていると当りをつけていた。女神からのスキルを拒否していても固有スキルを持っている可能性はある。
固有スキルは切り札とも言えるスキルだ。それがばれる可能性があるのならなおさら拒否するだろう。
「ほらみなさい。絶対あいつなんかやらかしてるにきまってる」
「私らはリーリスさんの敵みたいなもになんだから断るのは当たり前でしょ」
煽る凪とたしなめる浅野。騒がしい周囲の喧騒をシャットアウトしてフィリーネは熟考する。どうすればリーリスは協力してくれるのか。答えは簡単だ。信頼されればいい。ではどうやって信頼を勝ち取るのか。
「皆さん、席を外して下さい」




