リーリスの焦燥
ゴブリン討伐隊はキャロルを中心にして陣形を組んで森の中を進んでいく。陣形といっても大所帯なのでそれぞれの臨時パーティは距離をあけていた。キャロルの近くにはリーリスしかいない。レイは後方を歩いている。キャロルはリーリスを護衛の名目であえて自分の側においたのである。本来ならもう二、三人ほしいところだが、リーリスとだけ話す機会は今だけだろう。
「リーリスさん、現状に不満はありませんか?」
「あります」
さりげなく問いかけると望んだ答えが返ってきたのでキャロルは内心ほくそ笑む。
「そうですよね、おつらいですよね」
「ええ、とっても」
リーリスの声には皮肉がこめられていたがキャロルは気付かなかったらしい、同情するような表情を作り、すっとリーリスとの距離を縮めて声を潜める。
「実はいいお話しがあるんです」
リーリスは詰められた分距離を開けて胡散臭げにちらりとキャロルを一瞥する。
「ギルドから今回の報奨金としてリーリスさんに自分を買い取れるだけのお金を貸しましょう。大丈夫、リーリスさんならすぐに返せますよ」
報奨金なのに返して貰うというのも変な話しだが、そもそも今回の緊急依頼の予算に余裕はなく、リーリスに報奨金を渡すにはギルド支部の運営費から出すしかない。できる限り回収しておきたいし、凄腕冒険者に借金をさせれば色々と都合がいい。
「そうですか」
リーリスは今度は一瞥もくれなかった。
「ギルドマスターにも話しは通っています。もしレイさんがごねるようなら冒険者資格剥奪も含めて対処を……」
キャロルはぞわりと悪寒を感じた。リーリスの涼しげな翡翠色の瞳がじっとキャロルを捕らえている。人を見ている目ではない、まるでうるさくさえずる虫けらを見るような目だ。すでに引退しているとはいえ、元C階級冒険者であるキャロルが凶悪な魔物に対峙した時と同じような威圧感を感じて息が止まる。
「戻りました」
タイミングがいいのか悪いのか、斥候に出ていた冒険者が戻ってきた。リーリスの視線が逸れてキャロルは深く息を吐き出す。
「ご苦労様でした。どんな様子でした?」
ゴブリンの数は報告より増えているが数は不明。トロールの姿は確認出来なかった。ゴブリン達は廃村に住み着いているらしい。普通、森の中の村を棄てる時はすべて燃やす。でないと今回のように魔物の巣になるからだ。
「家を壊してはあったな。それを修理して掘っ立て小屋にしたみたいだ」
キャロルは舌打ちした。ゴブリンは知能がひくく通常は小屋など立てられない。しかし、ゴブリンの個体数が増えてより上位の、例えばホブゴブリンなどが誕生するととたんに知能が高くなる。小屋があるとなると最低でもホブゴブリンがいる。E階級冒険者でも倒せる魔物ではあるが通常ゴブリンよりも手こずる相手だ。
「どうする、ひくか」
斥候の冒険者はベテランのD階級。実力が高い者ほど逃げるのに躊躇がなくなる。逃げなければ死ぬような状況を何度も経験しているからだ。
「ひけませんよ」
「だよな」
ギルドから出せる戦力はすでにぎりぎり。他の支部から呼び寄せるにしても時間がかかり、時がたつほど敵が増える。軍を動かそうとすればさらに時間がかかるだろう。
「聖女様の護衛を三人に減らしましょう。前線からの距離を開ければなんとかなるでしょう」
聖女も前線に組み込みたいところだが、確実に守り切れる保証がない。怪我人が多数でるであろうと予測されるので万が一でも聖女を喪うような可能性は排除したい。負傷した状態での帰還は魔物の餌食になりかねないのだ。
「ここで聖女様とは別れます。護衛はお願いしますね」
キャロルは後方で何故かレイと一緒に歩いていた聖女に事情を話した。聖女はレイさんがいるから大丈夫ですといったがレイはまともに戦えないだろうとは言わないでおいた。リーリスの前でレイを馬鹿にする愚かさをついさっき知ったばかりだ。
突撃組を引き連れてゴブリンの集落に向かう。慎重に進んでいくとやがて木板を重ねただけの小屋が見えた。その小屋の周辺を緑色の小人が徘徊している。
「ハイスさん、まず魔法であの小屋を燃やして下さい。それを合図に作戦を開始します。みなさん、所定の位置に移動して下さい」
一見すと普通の冒険者に見える男は黙って頷く。彼は元軍人だ。三十代くらいの特徴のないおっさんであるが腕は確かである。
キャロルは腰にぶら下げた剣を握って時をまつ。
そろそろいいだろうか。
「ハイスさん、お願いします」
ハイスは詠唱を開始、よどみなく唱えるその声に緊張はない。流石は軍人といったところか。
「貫け、炎の槍よ」
ハイスの目の前の空気が歪む。這い出るように出現した炎の槍が真っ直ぐに小屋に突っ込んで爆発する。同時に冒険者達が駆け出した。キャロルも少し遅れて飛び出す。
「あまり前に出すぎないで! 確実に仕留めて下さい!」
キャロルは指示しながら剣を抜き放つ。トロールを捜すが見当たらない。まあいい。まずは雑魚を減らそう。
キャロルは不用意に近づいてきたゴブリンをこともなく切り伏せた。
リーリスはあらかじめ決められたパーティに加わって所定の位置に向かう。レイが側にいないせいでいつもにまして冷たい表情をしている。そのせいで勘違いしたのだろう、リーリスと同い年くらいの少年がリーリスに声をかけた。
「討伐隊を組むのは初めて?」
「ええ、まあ」
リーリスは無視しようとしたが思い直して返事をした。主人がいれば奴隷が答える必要はないがここにレイはいない。無視して因縁をつけられたくはなかった。
「最初は緊張するよね。俺は三回目だからさ、俺が前にでるから援護をお願いしてもいいかな」
少年は少したどたどしく言った。少年なりに精一杯見栄をはっているらしい。ただ相手が悪かった。
「お断りします」
少年の表情がひきつる。リーリスはそもそも前衛であり普段はレイが援護をしてくれている。早くレイの元に戻りたいリーリスは最前線で迅速に敵を殲滅するつもりだし、仮に少年が援護してくれると言っても断っただろう。アルバートの一件でリーリスは人間に恨みを抱いていた。流石に皆殺しにしたいほどではないが、基本人間は敵だと思っている。むしろ後ろから刺されることを危惧しているくらいだ。
「他人の奴隷に気安く話しかけるな。揉め事になるぞ」
先頭をいくD階級冒険者が注意する。
「でもデルゴさん、奴隷なんて酷いじゃないですか。せめてすこしでも助けになりたいんです」
「カイル、正義感を振りかざすな。奴隷撲滅運動をしたいなら一人でやれ」
カイルは少年らしい正義感を持っているようだ。それがリーリスにはうっとうしく感じられた。
「俺はただ困っている人を助けたいんです」
立派な心掛けなのだがリーリスはカイルの言葉が軽い物に思えた。若者特有のきらきらしたカイルの瞳には汚れがない。レイの淀んだ瞳と比べるとかなり差がある。世の中の汚なさをカイルはまだ知らないのではないだろうか?
「冒険者をやっていきたいならその気持ちは捨てろ。お前程度じゃあすぐ死ぬ」
カイルはむっとして何か言い換えそうとしたがデルゴはそれを遮った。予定の場所に到着したのだ。皆に武器を構えるようにいうと息を潜めて合図を待つ。
炎の槍が小屋を貫いて肌を震わすほど轟音が響く。リーリスは一人で飛び出した。後ろでカイルが何か叫んでいるのを無視して燃える小屋に気をとられたゴブリンの首に短剣を叩き込む。半分ほど首に埋まったところで固い骨に阻まれて刃が止まる。首からは大量の血が流れだしゴブリンは激しく痙攣していた。切り裂くように短剣を引くと滑らかに抜ける。ゴブリンはふらりと倒れふした。リーリスは次々とゴブリンを仕留めていく。その姿にカイルは見惚れた。しなやかに躍動する肢体は艶すら感じさせる。
「カイル!」
デルゴが注意を促す。カイルが惚けている間に二体のゴブリンが距離を詰めていた。慌てて一体を切り伏せるがもう一体は間に合わない。一発食らうことを覚悟して身を固める。下卑た笑みを浮かべるゴブリンが拳を振り上げ、次の瞬間には首に短剣の一撃を受けてうめきながら倒れた。カイルは目を見開く。それなりに距離があったのにリーリスが事も無げに叩ききったのだ。リーリスはちらりとカイルを見てまた前線に戻った。カイルの頬が赤く染まる。リーリスは強く、美しく、艶やかだった。なんでこんな人が奴隷にされているのだろう。カイルの心に揺らぎが生じる。リーリスのような奴隷がほしい。あのレイとかいう冒険者が妬ましく思えた。あれほど蠱惑的な奴隷なのだ。きっと毎日楽しんでいるに違いない。
「カイル! いい加減にしろ!」
またも呆けるカイルに怒声が飛ぶ。カイルは自分が考えていた妄想に身震いして無理矢理振り払った。しかし、完全に振り払うことは出来ず、汚泥のように心の底に溜まる。
リーリスは瞬影の効果を確認出来て満足していた。カイルを助けたのは物のついでに過ぎない。
掃除の如く次々とゴブリンを切り伏せていくと奥のほうに武器を持った茶色いゴブリンがいた。レイと一緒に読んだ図鑑に書いてあった。あれはホブゴブリンだ。ゴブリンよりも力が強く、頭もいい。だがそれはゴブリンと比べてだ。リーリスは瞬影で一気に距離を詰めて首をはねた。弱い、瞬影を使うまでもなかった。
本来ならE階級冒険者では倒せはしても手こずる相手なのだがリーリスは手応えすら感じない。
ホブゴブリンが倒されたことでゴブリン達の動きが急に鈍りだした。ホブゴブリンによって底上げされた知能が下がったらしい。こうなればもはやゴブリンはただの的である。離れたところで戦っている他のパーティも順調にゴブリンを撃退している。リーリスは更にペースをあげて狩りまくり気付けば動くゴブリンはいなくなっていた。おびただしいゴブリンの死骸が転がる凄惨な光景の中でリーリスは不意に嫌な予感を覚える。戦いの音は既にやんでおり、キャロルのもとへと集合しているところだ。見たところ怪我人はいても死んだ者はいないようだ。けれど、不安が急激に這い出てくる。何かおかしい、何かが足りない。
リーリスは、はっとしてあたりを見回した。ない、何処にもない。トロールの死体が何処にも転がっていない。
「トロールはいなかったんですか?」
努めて冷静にキャロルに聞いた。するとキャロルは少し顔を青くしながらも落ち着いて答えた。
「ええ、どうやら聖女様のほうにトロールがあらわれたようです。先ほど彼が伝えてくれました」
キャロルが視線で示した先の冒険者、リーリスの記憶が正しければ、この冒険者はリーリスがホブゴブリンを倒した時くらいからキャロルの隣にいた筈だ。リーリスは目の前が回転するほどの目眩を覚える。あれからどれくらいたった? わからない。ご主人様はどうなった? わからない。
「これから急いで向かいます」
「なんですぐに言わなかったんですか!」
リーリスの剣幕にキャロルは一瞬怯む。
「トロールが一体とは限りません、こちらにも出る可能性はありました」
ぎりりっとリーリスは歯軋りした。吐き気がする、怖い。ご主人様が死んでいるかもしれないと考えるだけで怖くて仕方ない。
いや、そうだ、まだ死んでない。奴隷の首輪はまだ有効だ。ならまだ生きている。
リーリスは全力で走り出す。
「待って下さい! ちゃんと隊列を……」
キャロルの言葉はもはや雑音。リーリスはただ必死に脚を動かした。




