* 跋 *
まだ熱を持たない早朝の光を受けながら、
「行ってきます」
貫太は微笑む。
ショーコは清次と共に、細い坂道に面した門の前まで見送りに出ていた。
1秒でも長く貫太と一緒にいたいと願う気持ちから、自然と、
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
ショーコの口調は、いつもより ゆっくりめ。一語一語、噛みしめるように……。
ユウゾ、ショーコに、
「では、姉上。お体を大切になさって下さい」
言ってから、貫太に、
「行こうか」
貫太は頷き、ショーコと清次に背を向け、歩き出す。
それまで、俯き加減で ただ黙ってショーコの隣にいた清次が、
「兄ちゃんっ! 」
顔を上げ、貫太に向かって叫んだ。
「オレ、まだ、字を教えてもらってねーよっ! 」
貫太は足を止め、驚いたように振り返る。
清次、
「…帰ったら……」
一瞬、言葉を詰まらせ、
「帰って来たら、教えてくれよなっ! 」
(キーちゃん……)
ショーコも、少し驚いて清次を見た。
清次も、貫太と離れたくないのだろうか……? この頃、清次は貫太に対して、つっかかることが多かったのに、と。
だが、それは清次の性格。
(そりゃ、そうか……)
ショーコにとっては、タークの影に怯え、当たり前でなかった貫太と過ごした日々。しかし、多分 清次にとっては、ずっと当たり前のように一緒にいた。おそらく、昨日の夜、貫太が旅立つことが決まって、あるいは、今、別れる瞬間になって、初めて自覚した。大好きな、お兄ちゃん。離れて寂しくないわけがない。
清次は唇を噛みしめ、貫太を見つめている。
ショーコは清次の横顔に、そっと、心の中で、
(キーちゃん、『にいに』が早く帰って来るといいね……)
話しかけてから、視線を貫太に戻した。
貫太は優しく笑み、頷いてから、再び前を向き、歩き出す。
ユウゾと共に、坂道を下って行く貫太。
ヨシとマーユが、ショーコに会釈し、貫太とユウゾの後ろに従った。
少年らしく逞しささえ感じられるようになった貫太の背中が、次第に遠く、小さくなっていく。
* 終 *