第2部 * 6 *
一昨日の朝食の仕度の際、どういったわけか、急に貫太が清次に料理を教えると言い出し、あまり乗り気ではない清次に、貫太にしては珍しく半ば強引に、しかし いつもと変わらない穏やかな調子で指導していた。
今、ちゃぶ台の上に並んでいる今日の夕食は、カボチャの煮物とキュウリの浅漬け、ご飯に、かきたま汁。清次が1人で用意した。
煮物を1口食べ、貫太、
「ん、合格」
満足げな笑みを浮かべる。
清次は、自分には料理は向いていなから もう作りたくないと、小さく零していたが、貫太は完全無視。ショーコ相手に清次の料理を褒め続けた。
本当に、おいしい。貫太の味そのまま。結局のところ、ショーコの味そのままなため、ショーコの口に合うのは当然なのだが……。
相変わらずショーコが ゆっくりゆっくり食べている間に、食べ終わった貫太と清次はジャンケン。
今日は貫太が勝ち、先に入浴。
清次が調理に使用した鍋類と貫太と清次の分の食器類の後片付けを始める。
初めて清次が1人で作った料理を、ショーコが、ここ最近のゆっくりより更にゆっくり味わい、ようやく食べ終わろうとした時、玄関から、
「ごめんください」
と、大人の女性の声。
清次が、後片付けの手を休め、土間から上がってこようとするが、ショーコ、最後の1口を口に入れ、自分が出るからいい、と言い、ちゃぶ台の上のランプを手に、玄関へ。
ショーコはサンダルを履いて玄関の戸の前に立ち、開ける前に戸に右手をついて、戸の向こうに立っている人物を確かめる。
(誰だろう? )
暗くて、よく見えない。
3つの人影。それぞれが、10キロの米袋ほどの大きな荷物らしき物を持っている。
「ごめんください」
女性の声が繰り返した。
しかし、誰だか分からず、開けられない。
玄関から呼ぶ時点で、この地域の顔見知りの人ではない可能性が高い。
この地域の顔見知りの人ならば、たいてい、「居るかいやー? 」などと言いながら、勝手に勝手口を開け、入って来る。
ショーコが途惑っていると、後ろから、
「どうしたの? 」
風呂上りの貫太が、濡れた髪をタオルで拭きながら、やって来た。
ショーコが、誰か来たのだが、誰だか分からなくて開けられないのだと話すと、貫太もサンダルを履き、戸の前に立つ。
そして、
「青き湖水」
戸に向かって口を開いた。
(……? )
首を傾げるショーコ。
戸の向こうから、「ごめんください」の声とは違う、
「伝統を映す」
男性の声が返ってくる。
貫太は頷き、戸を開けた。
玄関の外に立っていたのは、ショーコと同じ年頃の男性2人と女性1人。
中央に立つ男性が、あとの2人より1歩前に出、左右の2人は、中央の男性に従うように遠慮がちに立っている。
ショーコは、自分の手のランプに照らし出された中央の男性の顔に、
(! )
驚いて、手にあまり力が入らないために気をつけて持っていたランプへの、それまでの集中力が、完全にきれた。
ランプが、ショーコの手を離れる。
(…ユウ、ゾ……? )
そう、中央に立っていた男性は、もう11年以上前に、親友・ハナコから、行方不明になったと聞かされていた、弟・ユウゾにそっくりだったのだ。
最後にユウゾに会ったのは、17年半も前だが、面影があるなどというレベルではなく、そのまま17年分の年を重ねた、といった感じ。
よく見てみれば、他の2人にも見覚えがあるように思う。……よく、青の城に遊びに来ていた、ユウゾの幼い頃からの友人たちに似ている気がする。
ユウゾそっくりの男性は、ショーコに向かって口を開いた。
「お久しぶりです。姉上」
(やっぱり、ユウゾなの? )
ショーコは、驚きと再会の感動に震える腕を伸ばし、すっかり大人の男になったユウゾの、大きくて硬い背中に手を回して、
「ユウゾ……! …生きてたの……。よかった……! 」
「姉上も、ご無事で何よりです。色々と大変だったそうですね。大体のことはカラスたちから聞いて知っていたつもりだったのですが、貫太君から詳しい話を聞いて、驚きました」
ユウゾの言葉に、
(え……? )
ショーコはユウゾを放して、その顔を見上げ、それから、貫太のほうに目をやった。
ショーコが落としそうになったランプを無理な体勢で受け止めた後、しゃがみ込んでホッと息を吐いていた貫太は、ショーコと目が合い、気まずそうに視線を逸らし、
「1ヵ月くらい前から、カラスの協力で連絡を取り合ってたんだよ」
立ち上がった。
「本当は、お母さんには、ユウゾ叔父さんの無事を僕が知った時点で知らせたほうがよかったのかも知れないけど、1人でじっくり考えたかったし」
伏し目がちに、ポツリポツリ話す貫太。
話が見えない。
「本当に戦うことになるとしたら、出発する前、出来るだけギリギリまで、お母さんやキーちゃんと、普段どおり過ごしていたかったから……。ゴメンね……」
(…戦う……? …出発……? )
本当に、話が見えない。
きちんと話をするべく、一同は場所を、いつも食事をする部屋に移し、ショーコが夕食で使った食器も清次によって片付けられた後の、キレイになった ちゃぶ台を囲んで座る。
ショーコは、自分の真向いに座るようユウゾに勧めつつ普段の自分の席。聞けばやはりユウゾの幼い頃からの友人であった男性・ヨシと女性・マーユは、ユウゾが腰を下ろすのを待ってから、ユウゾを挟んで左右に分かれ、ユウゾと同じ1辺の端に遠慮がちに、それぞれ腰を下ろし、貫太も、ランプをちゃぶ台の上に置いて普段の位置に座った。
清次が、ガラにも無く気を利かせて茶を淹れ、探るような目で3人の客人たちを見ながら、無言で それぞれの前に、茶の入った湯呑を置き、最後に自分の分を、やはり自分の定位置に置いて、座った。
ユウゾが、
「ありがとう。いただきます」
清次に言って、茶を1口飲んでから、ゆっくりと口を開く。
話は、11年半前、再度の地表界への侵攻を決定した日空軍が、それに先立って青の国の場所を突き止め、以前のような妨害工作をしないよう交渉するべく使者を派遣してきたところまで遡る。
その辺りの話は、ショーコも、ハナコとタークから聞いて知っていた。交渉が決裂し、戦争になった、と。
多大なる犠牲を払い、戦況が不利になっていく中、このまま青の国は滅び去るのみであると悟った父王は、青の国再建への一縷の望みを託し、ユウゾと、ヨシとマーユを、国外へ脱出させたのだという。
その後の青の国に関する情報は、カラスや、ユウゾの後から国外へ脱出してユウゾの下へ集った青の国民たちから。
ユウゾが隣の超大国・赤の国に落ち着くのを待っていたかのように、青の国の壊滅、父王の死亡が確認されたとの知らせが届いた。
青の国の国土は日空界の支配下に置かれ、生き残った青の国民たちは捕虜となった。
ユウゾが青の国再建に向け赤の国で様々な知識や経験を積み、国外脱出組の青の国民をはじめとする多くの協力者を得ていく中、10年以上の時が流れた。
機は熟したと判断。
綿密な作戦をたてた上で、先日、ついに、長年 捕虜として過酷な労働を強いられてきた国内残留組の青の国民たちが、カラスを伝った間接的なユウゾの指導の下、青の国再建の第1段階として、国土を取り戻すべく、元・青の国の国土内にて一斉蜂起。外側から、ユウゾを含めた国外脱出組も戦闘に加わり、国土奪還に成功した。
しかし、先にも述べたが、それは あくまでも第1段階。
日空界の力は未知数であるため、そこまでにしておいては、またすぐに、せっかく取り戻した国土を再び奪い返されないとも限らない。
そこで第2段階。地表界の日空軍を攻撃し、日空界に手中に収まってしまっているも同然の地表界を解放する。
青の国の再建を考える傍ら、常にショーコと その子供たちを気にかけ、カラスの協力で密かに見守り続けてきたユウゾは、1ヵ月前、貫太に強大な能力が芽生えたと知り、第2段階への参加を持ち掛けた。貫太は だいぶ悩んだ様子だったが、一昨日、たまたま他の用事でショーコの自宅と同じ市内の元・市街地へ来ていたユウゾに、参加の意向を伝えてきた。
5日後、風の縁の真下の地点で、第2段階に参加する仲間と落ち合うことになっている。空を飛ぶと目立つため、徒歩で向かいたい。そのためには、遅くても、明日の早朝には出発しなければ間に合わない。
自分は、貫太を迎えに来たのだ、と。
ユウゾの話が一通り終わるのを待ち、貫太、
「お母さん、僕、戦うよ」
切り出す。
「ユウゾ叔父さんと一緒に、戦うよ」
貫太の真っ直ぐな視線を受けながら、ショーコは、
(…ダメ……。ダメだよ……。ダメ……)
震えが止まらず、両手で自分を抱きしめた。
ユウゾの話を聞き、貫太の言葉を聞いて、うずうずしていた様子だった清次が、ちゃぶ台に手をついて身を乗り出し、
「オレも行く! 」
鼻息荒く言う。
貫太は、視線を清次に移し、ふっと優しく笑んで、
「キーちゃんは残って」
「何でだよっ? 」
不満げな清次。
貫太は腕を伸ばし、そっと清次の頭を撫でた。
「お母さんを、ひとりにするわけにはいかないよ。キーちゃんがお母さんの傍にいてくれると思うから、僕は、安心して出掛けられるんだよ」
内容だけでは清次を認め、頼りにしているかのように聞こえる台詞の中に、清次は、敏感に子供扱いの臭いを感じてか、脹れて押し黙る。
そんな貫太と清次のやりとりが、ショーコには、とても遠くに感じられた。
震え続け、心の中で、ダメ、ダメ、と、繰り返していたショーコの胸は、ダメ、だけでいっぱい。ついに溢れ返り、ショーコに、
「ダメ! 絶対ダメ! 行かせないっ! 」
悲鳴のような声を上げさせた。
3日前の夕方、有実が17年半前の救世主の話をした時に思い浮かんだのは、自分が戦うことだけ。
貫太が戦うなど、考えもしなかった。
今まで、一度も考えたことが無い。
考えたことがあるのは、貫太が貫太自身の身を守れるか、日空人に襲われた時に逃げられるか、という観点でのみ。
タークと戦い、圧勝するのを目の当たりにしていても、そうだった。
「子供たちを頼む」……慎吾との、最後の約束。
タークとの戦いを前に、一度は、もう自分の役目は終わったのだと感じたが、だからと言って、すすんで貫太を危険な目に晒せるものではない。
既に、貫太も清次も、ショーコより ずっと強い。分かっている。
だがやはり、どうしても、ショーコの中では、貫太と清次は、いつまでも、守るべき存在なのだ。
「危ないこと、しちゃダメだよ! 行っちゃダメっ! 」
ヒステリックに喚くショーコ。
「お母さん……」
貫太は座る位置を移動し、至近距離からショーコの目の奥を覗く。
ショーコは貫太の両二の腕を掴まえ、
「せっかく、タークがいなくなって、静かに暮らせてるのに! このままじゃ、ダメなのっ? ここにも、そのうち日空人が来るかもしれないけど、そうしたら、逃げて、逃げた先に、また来たら、また逃げて、どこまでも3人で逃げて、生きて、それじゃあ、ダメなのっ? カンちゃんは、お母さんが嫌いなのっ? 一緒にいたくないのっ? どうして他人のために危ない目に遭いに行くのっ? 」
血を吐く勢いで叫ぶ。
青の国の壊滅が自分のせいであることは、もちろん分かっている。
そのため、青の国再建という名目である以上、こんな体でなければ、自分も戦うべきだとは思う。
だが、貫太には、一切関係が無い。
貫太にも、青の国の血が流れているが、1度も行ったことの無い土地。故郷でも何でもない。
地表界は貫太の故郷かもしれないが、だから何だと言うのだ。
今、貫太の故郷・地表界に住む大勢の人々が苦しんでいる。それは事実だ。しかし、ショーコにとって、数えきれないほど大勢の見ず知らずの人々の幸せより、貫太の命のほうが、比べものにならないくらい、重い。
叫びすぎて、ノドが痛い。
「逃げるだけには充分な力を持ってる! 危ない目にも、遭わないで済むかもしれない! どうして、自分のためだけに力を使って生きていけないのっ? どうして……」
最後は視線を貫太から逸らして俯く。
(…私の、せいだね……)
青の国が壊滅しなければ、貫太は戦いになど行かなかった。
(私が、カンちゃんを戦いに向かわせるんだ……)
全ては、初めて地表界へやって来た時の、余分な、あの、たった一言のために……。
貫太の腕を掴んでいたショーコの手は力を失い、畳に滑り落ちた。
貫太に声をかけたユウゾを責める気は無い。彼は彼で、青の国再建という使命を果たすべく必死なのだ。
ユウゾには、子があるのだろうか? 子があるとしても、彼は、母ではない。子を持つ母の気持ちなど分からない。仮に分かるとしても、それを思い遣れなどとは言えない。身勝手すぎる。彼もまた、ショーコの軽はずみな一言のために、父を失い、故郷を追われ、重すぎる使命を背負って生きているのだ。
ユウゾの隣に黙って座っているヨシとマーユも……。王女のくせに自分本位なことばかり叫ぶショーコは、彼らの目には、どう映っているのだろうか? 青の国壊滅の原因がショーコにあると知っているのなら なおさら、反感を通り越し、侮蔑しているだろう。
だが、本当に、貫太には全く関係が無い……。
「戦わせるために、産んだんじゃないのに……」
……何のためだろう? 何のために、産んだ……? 老後の面倒をみてもらうため? 違う。
何のため、などというものは無い。ただ、
「大好き……」
だから、産んだだけ。
特に意識したことなどなかった。だが、多分、生まれる前から、大好きだった。
「…行かないで……」
「お母さん。僕も、お母さんのこと、大好きだよ」
貫太は、下を向いたままのショーコに向けて、優しく優しく、言葉を紡ぐ。
「僕はね、一緒にいたいから、戦うんだよ。他人のためじゃなくて、自分のためだよ。1日も早く、本当の平和を手に入れて、日空人の影に怯えたりしないで、お母さんとキーちゃんと一緒に、仲良く暮らしたいから、戦うんだよ。大丈夫、ちゃんと帰ってくるから……。大好きなら、信じて」
(カンちゃん……)
穏やかな口調の中に、固い決意。
ショーコは顔を上げ、貫太を見上げた。
まっすぐな その目で、ただ未来だけを見つめる貫太が、とても眩しい。
貫太が、巣立っていくのを感じた。
貫太が、貫太自身のために決めたことならば、自分に逆らう力は無いと感じた。
貫太は、もう、ショーコの腕の中で守られて甘えているだけの子供ではない。自分の頭で考え、自分の足で、しっかり立つ。立派な大人であると感じた。
頼もしく感じると同時に、寂しさ。
いつまでも、ずっと、この腕のなかに包み込んで、守っていられたらいいのに、と、ショーコは思った。
それは無理なことだと、分かっているけれど……。
*
夜中、ショーコは ふと目を覚ました。
いつもは飲まない時間に茶を飲んだせいか、何となく尿意を感じて……。
何となく、だが、そう感じてしまった以上、トイレに行かなくては落ち着かない。
就寝の際、ショーコは、明日 貫太が出発してしまうことを考えて、なかなか寝付けずにいた。
そんなショーコを気遣い、ユウゾが月空力で眠らせてくれていた。
ショーコ、
(せっかく、ユウゾに寝かせてもらったのに……)
溜息を吐きつつ、半身起き上がる。
と、隣の隣の部屋、食事をする部屋のちゃぶ台の上に、ランプの灯りが見えた。
(? )
その斜め手前に、ちゃぶ台に向かって座る貫太の後ろ姿。
(カンちゃん……? )
ショーコは静かに立ち上がり、ユウゾ・ヨシ・マーユが寝ている隣の部屋を、3人を起こさないよう忍び足で通り抜け、貫太の背後に立つ。
貫太は、現在は使われていない電話の横に長年置きっぱなしにされていたメモ用紙に、鉛筆で何やら書いていた。
「カンちゃん」
ショーコが そっと声をかけると、貫太は、軽くビクッ。ショーコを振り仰ぎ、
「あ、お母さん……。ゴメンね、起こしちゃった? 」
「ううん。トイレに起きただけだから」
言いながら、ショーコ、貫太の右側に回って しゃがみ、貫太と視線の高さを合わせ、
「カンちゃん、早く寝ないと、明日、たくさん歩かなきゃいけないんだから、大変だよ? 」
…そういえば、全く同じ台詞を、昔、幼稚園の遠足の前夜にも言ったな……、などと、懐かしく思い出す。
(あの時も、朝、とても心配しながら送り出したんだっけ……。ちゃんと皆について歩いていけるのか、道路に飛び出して車にはねられたりしないか、調子に乗って池に落ちたりしないか、って……)
出発は、ほんの数時間後。
…暫く会えない。もしかしたら、あってはならないことだが、「カンちゃんはタークに圧勝するほど強いんだから、大丈夫」、「月空力を持つ大人が大勢一緒なんだから大丈夫」、と、貫太が戦うことを認めた瞬間から何度も何度も心の中で繰り返しては自分に言い聞かせていたが、消えない不安……。もう、二度と会えないかもしれない……。そう思うと、今の、この何ということのない一瞬が、たまらなく愛おしい。
目が覚めてしまったことを、よかったと感じる。
何も、ユウゾの力を借りてまで無理に眠ることはなかったのだ。
貫太と一緒にいられる残された短い時間を、存分に味わえばいい。
もし貫太が眠っていたとしても、その寝顔を見つめて過ごせばよかったのだ。
明日も一日中 横になっているだけの自分が、今、眠る必要は無いのだと気づく。
貫太を見つめるショーコに、貫太は、一度、手を休めて顔を上げ、笑顔を作って見せ、
「うん、もう少しで終わるから、そうしたら寝るよ」
言ってから、メモ用紙に視線を戻した。
舌を上唇と下唇の隙間にちょろっと出し、集中した様子で鉛筆を動かす貫太。
これは、幼い頃から変わらない、集中して何かを書く時の癖。
すぐ傍から見つめ続けるショーコは、このまま時が止まってくれたら、と、願わずにいられなかった。
受け容れなければ、とは思う。貫太の決めたこととして、認めたのだから……。
しかし、何とか頑張って受け容れたとしても、やはり、全ては自分のせいなのだと、自分が原因で貫太を戦いに向かわせてしまったのだという思いは、ずっと抱えていくことになるのだろう。
ややして書き終えたらしい貫太は、鉛筆を置き、メモ用紙を2つに折って、3日前の夕方に有実から受け取った本の間に挿み、
「お母さん、これ、明日 有実ちゃんに渡してくれる? 」
ショーコに差し出す。
メモ用紙は有実宛ての手紙で、貫太が戦いに行くことを有実にも一切 話していないため、そのことについてと、帰りが いつになるか分からず、本を借りたままでは和尚に申し訳ないため、一旦 返してほしい旨を書いたとのこと。
(有実ちゃん、か……)
ショーコは、もしかして、と思い、そして それは、
(きっと、そうだ)
すぐに確信へと変わった。
貫太が第2段階への参加を決意したキッカケは、3日前の有実の話だ、と。
ユウゾに参加の意向を伝えてきたというのが、一昨日。時間の流れ的に、辻褄が合いすぎるくらい合っている。
貫太は、戦う理由を、自分のためだと言った。1日も早く本当の平和を手に入れて、日空人の影に怯えることなく、ショーコや清次と一緒に暮らしたいから戦うのだ、と。
それは本当だろう。
しかし、キッカケは有実の話。
貫太は意識的に伏せたのか分からないが、戦う もうひとつの理由も、そこに隠れている。
有実の両親を救うため。愛する、有実のため……。
(…そうなんだ……)
ショーコは、心に隙間風が吹いたのを感じた。
同時に、嫉妬に似た気持ちを抱いた。
だがショーコは、小さく息を吸って吐いて、すぐに そんな気持ちを打ち消した。
仕方のないことなのだ、と。
いつかは必ず訪れる日が、今、やってきたのだ。むしろ、訪れてくれなくては困るのだ。いつまでも、ママ、ママ、では……。
かつてショーコが貫太を身籠り慎吾と地表界で暮らすことを決めた時、ショーコは何も、父王を捨てるつもりなどなかった。
貫太だって同じだろう。
命を懸けてもいいと思えるくらい大切な女性が現れても、命をなげうってでも守りたい愛しい子供が生まれても、貫太にとって、ショーコが母であることは、ずっと変わらない。
共に過ごした日々は、消えない。
ショーコは意識して何でもないふうを装い、
「会わないで行くの? 出発の時間には、もう、有実ちゃんも起きてるでしょ? 行きがけに渡していけば? 」
その言葉に、貫太は伏し目がち、
「ユウゾ叔父さんたちに迷惑だよ。それに、会うと……」
小さく息を吐く。
暫し沈黙。
これも、幼い頃から変わらない、静かな静かな、貫太流のダダのこねかた。
事情は分からないが、とにかく会いたくないのだということは理解したショーコ、
「分かった。でも、お母さんはまだ、中村さんちには行かないから、キーちゃんに頼むね? それでいい? 」
と、その時、
(っ? )
貫太が突然、ショーコの後頭部を右手で庇いつつ、ショーコに飛びついて畳の上に倒し、覆いかぶさった。
直後、隣の部屋の方向から伸びてきた、黒くて長い、幅2センチほどの何かが、畳に転がった状態のショーコの視界、ショーコに覆いかぶさっている貫太の上スレスレを横断。
ガッと音をたて、壁に深々と突き刺さった。
(! )
位置的に、ショーコは、元の場所に座ったままだったら、胸を貫かれていた。
壁に突き刺さった黒く長いものは、すぐに壁から抜け、シュルシュルと微かな音とともに縮み、ゆっくりと隣の部屋へ戻っていく。
貫太は隣の部屋を振り返って身を起こし、ショーコを背に庇いつつ、片膝をついて、両腕を小さく、防御にも攻撃にも転じられる程度に広げた。
ショーコも半身起き上がって、貫太越しに、黒く長いものが戻っていく先に見たのは、マーユ。まるで幽霊か何かのように、じっと こちらを見据え、立っている。
黒く長いものは、マーユの髪の束だった。
長く伸びていたマーユの髪は、ショーコと貫太の見守る中、静かに、元の位置、マーユの肩の上に納まる。
マーユは震える声で、
「…あんたの、せいで……」
呟いたかと思うと、今度は、一度に3本の髪の束を、ショーコと貫太に向けて勢いよく伸ばしてきた。
(! ! ! )
貫太は素早くショーコを抱き上げ、後方へ跳んで かわす。
ザ、ザ、ザクッ。3本の髪の束は、丁度ショーコがいた辺りの畳に刺さった。
「あんたの、せいで……」
繰り返し、呟くマーユ。
3本の髪の束を畳から抜き、中途半端に縮めて自分のほうへと戻し、新たに2本加えて、次は5本。
ショーコを抱えた貫太目がけて伸びてくる。
貫太の、ショーコを抱く手に力が入る。
ワサッ。
貫太の背中から翼がとび出した。
と、
「よせ! マーユッ! 」
声と同時、ヨシの背中がショーコの視界に割り込み、マーユを前面から、体まるごと抱きしめるような形で押さえつける。
「やめるんだっ! 」
「放してよっ! 」
ヨシの腕から脱出しようと、もがき、暴れるマーユ。
ショーコたちに向かって伸びていた髪の束はコントロールを失い、ムチのようにしなやかに、部屋の中をブンブンとデタラメに宙を飛び交っては、食器棚のガラスやら、現在は使われていない蛍光灯やらを破壊。
貫太はショーコを抱えたまま、動きの読めない髪の束を避けるのに手一杯の様子。
その騒ぎに、
「何だよ、うるせーなー」
目を覚ました清次が、半分寝ぼけた状態で、のこのこと、ショーコたちのいる食事をする部屋まで出て来、危うく、
(キーちゃんっ! )
5本の髪の束のうち1本の餌食になりそうになる。
清次、反射的にかわし、
「あっぶねー。何だよ、これ」
完全に目が覚めた様子で、ブンブン飛び交い続ける髪の束を眺めた。
必死でマーユを押さえ続けるヨシ。
「落ち着けっ! 」
マーユ、
「は、な、し、てーっ! 」
ヨシの胸に両手のひらをつき、腕を突っ張って、強引にヨシを自分の体から剥がす。
瞬間、パンッ。
ヨシがマーユの頬を張った。
一瞬、マーユの動きが止まった。髪の束も、5本全て、突然動かなくなり、ドサッと畳の上に落ちる。しかし、本当に一瞬だけ。
マーユは、
「ああああああああああああああああああぁぁぁっっ! 」
自分の髪に両手の指先を埋め、頭を抱える格好で狂ったように叫んだ。
髪の束が5本とも復活。再び宙に浮き、伸びた状態のまま、先端から先に、勢いよくマーユのほうへと戻っていく。
先程とは戻り方が違う。
ショーコはハッとした。
(違う! 戻ってるんじゃない! )
髪の束は、ヨシへと向かっているのだ。
貫太も気づいたらしく、ショーコを腕から下ろして動こうとする。
と、ショーコの位置から、ユウゾが そろりとマーユの背後に近づくのが見えた。
ユウゾは、大丈夫、といったようにショーコに手のひらを見せる。
それを受け、ショーコは貫太を、肩を掴んで止めた。
直後、髪の束が畳の上に落ちた。そして、ゆっくりと静かに縮んでいく。
マーユは、スウッと目を閉じた。
不安定になったマーユの体を、ユウゾが受け止める。
ユウゾが、マーユを眠らせたのだ。
ユウゾはマーユを抱き上げて、ついさっきまでマーユが寝ていた布団へ運び、そっと横たえてから、愛おしむようにマーユの額に手をのせる。
ホッとしたショーコは、急に力が抜け、立っていられず、その場にヘナヘナと頽れた。
「お母さん」
貫太が身を屈め、心配げにショーコの顔を覗き込む。
「大丈夫? 」
清次も、
「あのオバサン、何で暴れてたんだ? 」
言いながら歩み寄って来、ショーコを窺った。
ヨシが、ショーコを真っ直ぐに見ながらズンズン歩き、目の前までやって来た。
その行動に、ショーコが、何だろう? と思いかけたところで、ヨシは、いきなり正座して畳に両手を揃えて置き、ガバッと身を伏せる。
「申し訳、ございませんでしたっ! 」
(っ? )
「どうか、マーユを許してやって下さい! 」
ワケが分からないショーコ。
(許すって……)
許しを請わなければならない立場なのは、ショーコのほうだ。
マーユは、「あんたのせいで」と言った。何がショーコのせいなのか? 考えるまでもない。マーユは、青の国の壊滅の原因がショーコにあると知っていたのだ。当然、ショーコには詳しいことは分からないが、ショーコのせいで、辛く悲しい思いをしたことに間違いはないはず。恨まれても仕方が無い。
ショーコ、
「あの……。顔を、上げてください」
声を掛けるが、ヨシは、頭を下げたまま。
ちょっと困りながら、ショーコは続ける。
「悪いのは、私なんですから……。17年半前、私が考えも無しに、日空人に、自分が青の国の王女であることや王の命令で地表界へ来たのだということを明かしたせいで、マーユさんに、辛く悲しい思いをさせてしまいました。ヨシさんも……」
「いいえ! 」
ヨシが、キッパリとショーコの言葉を遮った。
ヨシは顔を上げて、真っ直ぐにショーコを見つめ、
「それは違います、ショーコ様。徒に ご自分を責めては、いけません」
ショーコは、ヨシの言っていることが よく分からなかった。
「ヨシの言うとおりですよ、姉上」
ユウゾが、隣の部屋から こちらに向かいながら、ヨシに同調する。
「仮に、姉上が日空人相手に名乗らずにいたとしても、そのぐらいのことは、調べる気になりさえすれば、すぐに分かってしまうことです。それに、姉上が日空界の作戦を妨害したために戦争になったのではありません。交渉が決裂したために、戦争になったのです」
ユウゾの言葉に、ショーコは、
(私のせいじゃ、ないの……? )
やっと、ヨシの言った意味を理解し、同時、重く垂れ込めた雨雲の隙間から、サアッと明るい光が差し込んだ時のような感覚を覚えた。
(私のせいじゃ、ない……)
雨雲の隙間は見る間に広がり、いっきに晴れ渡る。
ユウゾは、ヨシの隣で足を止め、
「幼児のケンカではないのですよ? 交渉の決裂も、どうしても譲れない事情があってのこと。政治は単純ではありません。王位継承者候補の学習の中で、最も重点を置かれていた分野だったはずなのですが……」
そこまでで一旦、言葉を切ってから、イタズラっぽい笑顔を作り、
「まあ、仕方ありませんね。姉上は勉強嫌いでしたから」
冗談めかした挑発。
別に、勉強が嫌いだったわけではない。次期王位について病床の父王と話した日まで、ショーコは、何の疑いも無く、次期王はユウゾだと思い込んでいた。王位継承者候補の学習については、自分はユウゾに付き合わされているだけのつもりだったのだ。当然、興味もわかなければ、やる気もおきない。
不本意なことを言われ、少しムッとするショーコ。
しかし、自分が王位継承者候補の学習に真剣に取り組んでいなかったことは事実なため、反論できない。だが、やはり悔しく、何か言い返せることはないかと、生意気な弟・ユウゾを軽く睨みながら、ショーコは考えを巡らせた。
そんなショーコの視線の先で、ユウゾは、ふっと笑みを消し、真面目な表情。
労わるような目で、ショーコを見つめる。
「ずっと、ご自分のために戦争になったのではと、気に病んでこられたのですね」
その視線が、ショーコの くだらないプライドからくる悔しさを、素早くかき消した。
優しく優しく、ショーコの内へと流れ込む、ユウゾの言葉。
「これからは、どうか、心安らかにお過ごしください」
癒される。
「貫太君のことで ご心配はおありでしょうが、姉上が これまで慈しみ育ててこられた貫太君を信じ、私たちを信じて、お待ち下さい」
癒されたが、それでも、
(無理だよ……)
ショーコは思った。
信じたい気持ちはあるが、心配しないでなどいられない。
心安らかになど、過ごせない。
何故なら、ショーコは母なのだ。
俯くショーコ。
暫し、沈黙が流れた。後、ユウゾ、
「…それから……」
とても言いづらそうに、口を開いた。
(……? )
何だろう? ショーコはユウゾの目の奥を見つめ、続く言葉を待つ。
「マーユのことは、どうかお許し下さい」
ユウゾは、ショーコの反応を窺うように、
「マーユの怒りは完全に間違っていますが、彼女は彼女で、傷つき、苦しんでいるのです」
恐る恐るともとれる口ぶりで言う。
自分のせいではないとわかった途端に、自分だけではなく貫太と清次にまで危害を加えるところだったマーユに対して、母としては反感を持っても当然なのかもしれないが、何故だろう?ユウゾと目を合わせているため、その月空力の影響か、ショーコは、マーユのことを、心から気の毒に感じていた。
ユウゾの無自覚、無意識のうちと思われる月空力に心を操られてしまっている可能性を感じ、ショーコは、昔から思っていたことだが、あらためて、心の中で、ユウゾの月空力って怖いな、と呟きながら、頷く。
ユウゾは、ホッと息を吐き、付け加えた。
「マーユは、ここに到着した時から、必死に自分の感情と戦っていました。その気持ちを汲んだやりたく、マーユのため、そして、これから行動を共にする貫太君のためを考え、マーユの記憶を操作しました。マーユは ここに到着後、お茶を頂いた後、就寝し、そのまま朝まで眠っていた、ということにしておきました。ですから、目覚めた後、マーユからの謝罪はありませんが……」
ショーコは、もう1度、穏やかな気持ちで頷く。
ユウゾの隣で、ヨシも、安心したような笑みを浮かべた。
*
ショーコがトイレを済ませて寝室へ戻ると、貫太も清次も、既に横になっていた。
ショーコは、右を向いて布団に入り右隣の布団、仰向けの姿勢で静かに目を閉じている貫太の横顔を見つめ、そっと声を掛ける。
「カンちゃん、寝た? 」
「起きてるよ」
貫太は、目を瞑ったままで返した。
ショーコは、貫太の横顔を見つめ続ける。
眠れないようなら また月空力で眠らせてくれるとのユウゾの申し出を、ショーコは断っていた。
今夜は、ずっと こうして、貫太を見つめて過ごしたかったのだ。
貫太の幼い日の思い出が、優しい甘さと少しの切なさをもって、よみがえる。
貫太が生まれ、手伝いに来てくれていたバアヤが青の国へ帰ってからというもの、ショーコは、気分が とても不安定で、貫太相手にまで、ちょっとしたことで、すぐに泣いたり怒ったりしていた。そんな時、貫太は、ショーコの気持ちを探るように、ショーコを、じーっと見つめた。
貫太が生後4ヵ月くらいの頃、ショーコが慎吾に、ちょっと嫌味っぽい言い方をした時、貫太は突然、
「あうあうあうっ! 」
大きな声を出した。まるで、「まま、ぱぱと なかよくして」とでも言っているように……。
貫太は、本当に小さい頃から、場の空気を よく察した。それに応じて上手に立ち回るなどということは、当然 出来ないが、貫太の底からの優しい心は、真っ直ぐにショーコに届き、褪めて嫌な色になったショーコの心の中で素直に鳴り響いて、優しい温かな色を取り戻させた。
ショーコと慎吾は ほとんどケンカをしなかったのだが、それでも、一見 普通に会話しているだけに見える中に険悪なムードを感じてか、言葉が達者になってからの貫太は時々、ショーコと慎吾が会話している横で、独り言のように、誰に言うでもなく、
「けんかは よくないよ。うん、よくない」
と呟いた。
優しく、人に よく気を使う、平和主義者。
貫太自身のことでも、こんなことがあった。……幼稚園の年少の頃、幼稚園の同じクラスの友達で貫太にイジワルばかりする(貫太談)子がおり、ある朝、ショーコが普段通り貫太を送って行った保育室前のテラスで、貫太は、その子にイジワルされるから帰りたいとごね始めた。
「じゃあ、(その子を)やっつけちゃえば? 」
と けしかける担任教諭に、貫太は、ちょっと勇ましい表情で頷いた。そこへ、問題の その子が登園してきた。貫太は、勇気を振り絞って、といった様子で口を開く。
「あそぼー。あそんでー」
しかも、遜った態度で。ショーコはズッコケてしまったが、微笑ましくも感じたのだった。
きっと、戦うなどという行為は、ショーコの知っている人の中で、最も向いていない……。
年中の終わりごろ、清次が生まれた。清次の誕生を、貫太は とても喜んでくれた。会う人会う人に、清次の自慢をして歩いていた。
「カンちゃんに赤ちゃんのこと聞いたら、とろけそうな顔して教えてくれたよ」
と、同じ幼稚園のお母さん仲間が言っていた。清次に合わせた遊びで、よく清次と遊んでくれた。遊び疲れて2人並んで眠っている姿は、本当に可愛かった。
今も、目を閉じている横顔に、その面影が残る。
もう眠ったのかな……、と、ショーコは、もう1度、そっと声を掛ける。
「カンちゃん、寝た? 」
「起きてるよ」
貫太は、今度も 目を瞑ったまま返した。
こんなに見つめては貫太に穴が開くのでは、というくらいの勢いで、ショーコは貫太の姿を目に焼き付ける。
これほど一生懸命に貫太を見つめたことなど、今まで無かったように思う。
慎吾を亡くした あの日以降、貫太や清次と一緒にいられることが当たり前でなくなった。
そのため、貫太を、清次を、2人と一緒にいられる時間を、後悔の無いよう、大切に生きてきたつもりだった。
だが、今になって、全然足りないと感じる。
もっと、貫太を見ていたい。
もっと、一緒にいたい。
最近は、ショーコが一方的に、貫太に何かしてもらう側だった。
貫太のために、もっと、何か、してあげたかった……。
「カンちゃん、寝た? 」
ショーコは三たび、声を掛ける。
と、背後で、
「だあっ! 」
大声。
驚いて、寝たまま振り返るショーコ。
「うるせえっ! 」
それまで、こちらに背を向けて横向きで転がっていた清次が、喚きながらタオルケットを撥ね除け、半身起き上った。
「そんなに しょっちゅう話しかけられて、寝れるワケねーだろっ! 」
それはその通りだと、ショーコは素直に反省。
清次に、ゴメンと謝ると、清次は、フンッと大きな鼻息とともに、無言のまま、再び背中を向けて転がった。
ショーコが貫太に視線を戻すと、笑いを堪えた表情の貫太と目が合った。
ショーコは、貫太にもゴメンねを言う。
貫太は、堪えた笑いを消化しながら頷き、それから、
「お母さん」
口を開く。
「何か、オハナシして」
懐かしい台詞。
まだ、この地で暮らし始めて間もない頃、明日も朝早いから早く寝なさいと布団に追いやった後、毎日のように口にした、成長とともに いつの間にか言わなくなっていた台詞。
「うん、何がいい? 」
ショーコの問いに、貫太、
「オマメタヌタヌのぼうけん」
貫太が一番気に入っていたと思われる童話だ。
もともとは絵本で、前に住んでいたアパートの時も、その前のアパートの時も、最初の団地の時も、何度も何度も読まされた。
ここへ来てからは絵本は無いが、一生懸命思い出しては、ほとんど毎晩のように聞かせていた。
ショーコ、いいよ、と頷き、
「オマメタヌタヌは、ちいさなちいさな おうちのなか」
頑張って思い出しながら、話し始めた。
「やさしい おとうさんと、おこりんぼうの おかあさん、かわいいダイちゃんと いっしょに、なかよく くらしていました。あるひ、オマメタヌタヌが ダイちゃんと おうちの ちかくの じんじゃに あそびにいくと……」
流れていく、この愛しい時間を、じっくり、大切に大切に、味わうように……。




