ダイヤモンド越しにキスをして
光る階段を降りると、ゴローが待っていてくれた。
何故か毛布のようなものにくるまり、ミノムシみたいな恰好で私のいる空を見上げていた。
海岸には他にも大勢いた。ゴローが助けを呼んだのだろう。それにしたって、盛大な出迎えだった。一体何人いるんだ?
だが、今の私には、そんな大勢よりも一人の男しか目に映らなかった。
「ゴロー!」
地面がすぐそこに見える距離になると、私はもう自分を抑えきれなかった。足場を飛ぶように駆け下りていく。
今すぐ、ゴローの所へ行きたかった。
私が全速力を出すと、ゴローや周りの人たちが何か驚いたり慌てたりしたように見えた。まあ私が本気出して走ると大体いつもこうだから、気にしない。
私はすぐにゴローの前まで来て、そのままの勢いで抱き付いてしまった。
「うおっ!? お、おい遊姫」
ゴローは倒れそうになりながらも、私を支えてくれた。
勢い余ってこんな風に抱き付いてしまったが、抱き付くつもりまではなかったのだ。本当だ。
ただ、何かとても嬉しくて、体が勝手に動いてしまったのだ。
恥ずかしいという気持ちも少しはあったが、それを上回るくらい、幸せで、楽しい気持ち。
ゴローが待っていてくれたというだけで、こんなにも私は素直になれた。
誰かに私を受け止めてもらえた。それだけで、こんなにも私は温かい気持ちになれた。
「ははっ、ゴロー! ゴロー!」
私は笑いながらゴローにしっかりと抱き付いて離さない。ゴローの体温が伝わる。どういうわけかゴローは濡れていたが、毛布にくるまっていたおかげで暖かかった。
ゴローは何かいろいろ言いたそうな顔をした後、静かに、優しくこう言った。
「……おかえり、遊姫」
私はその言葉をゆっくりと、かみしめるように受け取った。
懐かしさと、優しさと、愛しさと。
そんなものが混ざりに混ざって、私の心をぼっと熱くさせた。
「ただいま……ゴロぉ……」
私は、その心のままに、ゴローにキスをした。
腕をゴローの首の裏に回して引き寄せて、少し足りない身長をつま先立ちで補って。
何か空の上でいろいろと教わったやり方と違うような気がしたが、もう我慢できなかったのだから仕方がない。
ゴローとのキスは、甘く、優しく、大人の味がして……。
何故か、血の味がした。
「……ゴロー、どこか怪我したか?」
そっと唇を離してそう聞く。自分でも驚くほど真面目な声が出た。
「え? 怪我? いや、あの銀髪に殴られた以外は特には」
何のことを言われているのか分かってなさそうなゴローをよそに、私はゴローの唇を見る。
赤い跡がついていた。
「ゴロー、その唇の赤いのは何だ?」
「え?」
言われてから、ゴローの顔がみるみる青くなっていくのが見えた。
私は、それを冷ややかな目で見つめる。
「そうかそうか、それ、血じゃねえよな。ああいや、血だよな。ゴロー以外の」
「……遊姫、落ち着け」
私は知らず知らずのうちにゴローの後ろに回した手に力をこめていた。
「口紅と血の赤って、近くで見ると見分けがちゃんとつくな。ここに残ってるのが口紅で、ここについてるのが血か?」
私の言葉に、ゴローは冷汗をかいているようだった。
私は逆に、心の奥でめらめらと怒りが湧き上がってきた。
さっきまでの浮かれた気分がそのままそっくりこのイライラした気持ちに変わってしまったような、そんな感じだ。
「あの中でキスされた時はこんな味しなかったしな。ふーん、そうか、これが血の味か」
「ゆ、遊姫、これは事故だったんだ。白妙のやつが突然」
私は、気付けば振りかぶっていた。
地に足つけて、手を自分の体の後ろまで引いて、思いっきり拳を握りこんで。
「このっ! バカぁっ!!」
ゴローの顔面を殴りつけた。
「おぐっ」
一応、手加減はした。
これまでのことを思えば、流石に気絶させるまでぶん殴るのは気が引けたからだ。
ゴローにしてもらったことを考えれば、本当は私に殴る資格なんてないのかもしれないが、それではこのイライラは到底収まらない。
「たくっ! ゴローのバカ! 信じらんねえっ!」
私は崩れ落ちたゴローをよそにのしのしと歩き始めていた。ゴローの顔をとりあえず今は見ていたくない。
周りがあっけにとられているように見えたが構うもんか。
「ま、待って、待ってくれ遊姫」
私が歩き出した背中から声がかかる。弱弱しい声。
ちょっとだけ、強く殴りすぎたかな?
「知るかっ! バカ! ほんっとバカ!」
「す、すまない、ほんと待ってくれって遊姫」
声がちゃんとついてくる。私を後ろから追ってきているんだろう。
なんだっけか、こういうのを『で』がつく言葉で言い表せるのがあったきがする。
前に同じことをしていて、それをもう一度味わう、ような感じのやつ。
あの時のように、私は走りはしなかったけれど。
「この、バカ! ゴローのバカ! その唇は私専用じゃなかったのかよ!」
「わ、悪かった。だから止まってくれって」
すまなさそうに、しょんぼりとしたようなゴローの声。
ほんとお前は謝ってばっかりだな、ゴロー。
「あーもう! 白妙どこだ! ゴロー欲しけりゃやるぞ!」
「す、すまない、ホント、止まってくれ」
構わずに私は歩き続ける。
夜の空気は結構冷たかったけど、私の怒りはちっとも冷めてくれそうにない。
何だよ何だよ。私はゴローのこと……その、あれだったのに。
私が空で戦っている間、自分は何してたんだよ。
私をほっぽって、白妙のやつと……。
「遊姫! 待ってくれ!」
今までより、力強い声がかけられた。
ゴローも、流石に怒ったのだろうか。
けれど私の怒りだって収まりそうにないんだ。悪いけどゴローの顔見たらもう一回ぶん殴っちまうかもしれないぞ。
そう思って、振り返った。
私の怒りは、すぐに溶けた。
「遊姫」
ゴローは、真剣な顔をしていた。
怒っているようにも見えるが、そうじゃない。
こういう顔はよく知っている。戦う時はしょっちゅう見る顔だ。
覚悟を決めた男の顔。
「俺は、お前が誰より好きだ」
ゴローの目が、真っ直ぐ私を射抜いた。
その真剣なまなざしが、私の心臓をびくんと跳ねさせる。
心の奥まで、もっていかれそうになる。
顔がどんどん熱くなっていって、勝手に体が震えて、声がかすれて。
「こ……のっ」
私はとうとう堪え切れず、一歩踏み出し……。
「バカぁっ!!」
「ぐぶぁっ!!」
ゴローの顔面を、思いっきり殴り飛ばしていた。
「この、バカぁっ! バカぁっ!!」
もう頭の中がぐちゃぐちゃだった。
何でこんな時に言うんだよ。
さっき、私が駆け下りてきた時に言ってくれれば、素直になれたのに。
「バカゴロー!」
気絶したまま横たわっているゴローに向かって、私は文句を言った。
私の気持ちをこんなにしておいて……ああもう、ホントにゴローはバカ!
「……ゴロー」
気絶したまま白目をむいたゴローを見つめていると、さっきまでのイライラなんて、気にならなくなってきていた。
私を、こんな気持ちにさせてくれたゴロー。
私に、好きだと言ってくれたゴロー。
……何か、礼がしたい。
「でも、もう一回白妙を思い出すのはシャクだよな」
私は誰に聞かせるでもない独り言をつぶやく。
そういえば、さっきまで周りにいた人たちがほとんどいなくなっている。まるで誰かに帰っていいとでも言われたかのように。
私の周りは、波の音と風の音、そして私の心臓の音しか聞こえない。
ゴローと、二人っきりだった。
「気絶してる、ってところを狙うのも、卑怯だよな」
私は、ぶつくさと独り言を続けた。私の悪いくせだと思う。こうやってうじうじするのは。
「……よし」
覚悟を決めると、私は鍵をあけ放つ。
ぱちりと、いつもの音がする。
「目、覚ましてから、もう一回さっきのセリフ、言ってくれたら……」
私は、気絶しているゴローの顔を上げ、私の刀の腹を押し当てた。
その唇に。
「ちゃんとしたのを、して……やるからな」
私は、そう一人で勝手に言って、倒れているゴローに身をかがめるように近づいて。
ダイヤモンド越しに、キスをした。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
まだ遊姫とゴローのお話は『鍵付き剣の少女2』に続きますが、掲載はしばらく先とさせていただきます。執筆分がたまり次第掲載していくようにはしますので、それまで、しばしお別れです。
ここまでご覧いただいた多くの方に、改めましてお礼申し上げます。初投稿の小説でたくさんの方に見ていただいて、とても励みになりました。
しばらくはR-18の方で投稿させていただきますので、そちらの方も宜しければご一読ください。
それでは、次回作でまたお会いしましょう。
感想、意見、いつでもお待ちしております。




