XXⅡ 神様へのインタビュー
「おおおおおっ!」
俺の水流の直撃をかわす姫山。あの姿勢のまま大きく横に飛び、そして――。
「らあっ!」
「何っ!?」
武器を投擲した。まるで光が矢の形をして飛んでくるようだった。光の軌跡が残像となり、尾を引いて迫ってくる。
まさに姫山の懇親の力を込めた全力投球。
風を斬り、唸りをあげ飛んでくる光の矢を、俺はすんでのところでかわした。いや、かわしきれなかった。右のアームランチャーにかすめ、いとも簡単に金属の輪を切り裂いた。
「背中ああぁっ!!」
そう叫んだ姫山が空中で姿勢を変えた。背中にたった今作られた光の壁に足を置き、体をバネのようにしならせる。
考えるまでもない、この隙に一気に距離を詰めるつもりだと。
功を焦ったな。
「たあぁっ!」
弾丸のように自らを飛ばして突っ込んでくる。脚力の全てを使ったまさに姫山最大の一撃だろう。
姫山と目が合う。
いい目だ。
戦う者の目。
芯の強さを感じさせる目。
屈服させたくなる。跪かせたくなる。
俺のものにしたくなる。
「甘いんだよ姫山っ!」
俺はもはや一直線に突っ込んでくるしかない姫山に、絶望的な一手をかざす。
「まだ左があんだよっ!」
左のアームランチャーの内部圧力は既に最高潮。この一撃で姫山を地に落とす。
例え腕がもげようとも、足が取れようともコイツはこの目を捨てないだろう。
俺をいつまでも楽しませてくれるだろう。
そう思って視線を合わせた姫山は、笑っていた。
目の前を、光が逆流するのを見た。
「!?」
俺の右のアームランチャーを叩き斬ったあの光が、また再び姫山の方へと戻っていく。光の残像のかすかな切れ目に、それは見えた。
包帯だった。
刀の鞘の先に結ばれた包帯。
それが姫山の左手と繋がっていた。それを使って姫山は刀を引き戻したのだ。あの光の尾の正体がこれだった。
光の軌道に惑わされて気づかなかったのか、それとも、俺の方こそ功を焦って見落としていたのか。
光はやがて姫山の右手へと帰っていった。
「だらああああああっ!!」
俺のアームランチャーから吹き出した白濁の水流と、夜空の星の光をいっぱいに集めた姫山の刀が激突する。
夜空に瞬く星のように滴が散らばり、その中を、一人の少女が突き進む。
何物にも揺るがない強い意志をたたえたその瞳を、その刀と同じように輝かせて。
光は、やがて澱んだ水流を断ち切った――。
姫山は勢いそのままに降り立った。ズザザ、と滑るように、俺の背後まで抜ける。
俺の腕から、金属片となったアームランチャーが音を立てて落下した。
「勝負アリ、だな」
背後からかけられる声と、ひゅんと刀を振るう音。
俺に届いたのはその『音』だけだった。刀の一閃は届かず、代わりにぱちりという音がした。
「……どういうつもりだ?」
奇跡的にアームランチャーは暴発しなかった。破損が起きた時に発動するセーフティーがしっかりと機能したおかげだろう。腕にも傷はない。
どういうわけか、しっかりと筒だけを切断し、俺の腕には傷ひとつ付けずに武器破壊をしたのだ。
だから俺はまだ無傷だ。武器こそ失ったものの五体満足の状態だ。
「何でそれをしまう」
「ったく、だから人を殺し屋みたいに言うんじゃねえ」
振り返ると、姫山は息一つ乱さずにそこに立っていた。
「お前なら、今の勝負でどっちの勝ちかくらい分かんだろ」
「分からねえな。俺はまだ生きてんだろ」
「だーかーら、人を殺し屋みたいに言うなっつってんだろ!」
姫山は俺の剣幕を上回る勢いでそう怒鳴る。
「まったく、お前らは物騒なんだよ。さっきも言っただろ。世の中そんな悪い奴ばっかじゃねえんだって。そうだな、一度誰かに惚れでもしてみろよ。そうすりゃちっとはマシになるぜ」
姫山はふふん、と得意げに言う。
ほっとくとまたあの記者さんとのノロケ話が始まりそうな勢いだった。
「何言ってんだ、さっき振られただろうが俺は」
「……ああ、あたしか」
姫山はぽっと顔を赤くする。なるほど、コイツ恋愛経験殆どないな。
こりゃあ記者さんは美味しいとこどりだな。
「悪いな、あたしはダメだ。なんつーか、そうだな、お前はちょっとタイプじゃないんだ」
姫山の言葉に、俺の中で何かつっかえていたものが取れたような気がした。長年俺を縛り付けていた、つまらない価値観。
俺は、それをため息と一緒に空へ吐き出す。
ああ、そうだな。むきになって付き合うのも馬鹿らしい。
「素直に記者さんに惚れてるって言えよ」
「ああっ!? 違う! ああいや、確かにゴローはその……大切なダチだ! そうだ!」
一人で何を納得してるんだか。
「あーそうかい。記者さんはダチかい。するってーと記者さんもお前に振られたわけだ」
「な、何でそうなるんだよ!?」
「だってそうだろ? あれほど熱烈アプローチしておいてまだダチってことは、お前からしたら脈なしってことだろ?」
姫山は俺の言葉に怪訝そうな表情を浮かべる。
「あぷろーちって何だ?」
前言撤回だ。記者さんこりゃあ苦労するぜ。
「だから、お前に迫っただろう記者さんはよ。それにお前はなんて応えたんだよ」
「え、えっと……迫ったって、キスしてきた時のことか?」
お、姫山の口から意外な展開が聞けたな。
あの奥手に見えた記者さんも結構やるときゃやるってことだな。
「そうだ。その時お前は記者さんにどう応えた?」
「えーっと、もうキスしてくんなって……」
言いながら姫山は表情をどんどん暗くする。テンパって照れ隠しで拒絶したパターンか。
「ど、どうしよう……あたしゴローに嫌われた?」
「いつの話か知らねえが、俺の知ってる限りなら大丈夫だ。あれはベタ惚れするタイプの男だからな」
「な、何だよ。お前にそんなことが分かるのかよ。恋愛とか」
「少なくともお前よりはな。これでも俺は元ホストだぜ?」
姫山はそれを聞くと唖然とした表情を浮かべる。
「……お前に引っかかる女なんているのか?」
「殴るぞテメー」
俺の言葉に、姫山はまた腹を抱えて笑った。何だかこいつに惚れていたのが馬鹿らしくなってきた。
「あーあ、ヤメだヤメ。お前とつるんだって面白くも何ともなさそうだ」
「何だよ、まじめな方がいいぞ。そっちのほうが女にモテるぞきっと」
「知ったふうな口聞くな。大体女にも飽きたからこんなところに来たってんだよ」
自暴自棄になって酒も女も浴びるほどやった。
けれどどこまで行っても満たされない。そんな毎日。
別に棒に振ったっていいじゃねえかそんな人生なら。
「そんなこと言うなって。お前なら絶対まともになりゃあいいことあるって。あたしがそうだったんだしな」
お前と一緒にすんなっての。
「ってかお前に俺の心配なんかされたくねーんだよ。それより分かってんのか、お前の方こそこれからどうすんのか」
「えっ、何だよ?」
「記者さんにまだ告白してねえんだろ」
姫山は顔を赤らめつつも、もう取り乱したりはしなかった。
「……どうすりゃいい?」
「いいか、まずは先制攻撃で告白しちまうんだ。好きでも愛してるでもなんでもいい。そんでもってその勢いでキスしろ。あの手のタイプはそれでイチコロだ」
「……マジか?」
「大マジだ」
俺の適当な助言に、姫山はまるで水を得た魚のように目をキラキラさせていた。
こいつの純粋な、それでいて時として見せる芯の強いこの目に、記者さんも惚れたのだろうか。
「ありがとな。お前やっぱいいやつだな」
こいつマジでちょろいな。
「礼なんているかよ。気まぐれだ」
「いいや、やっぱお前いいやつだ。だからまともなほうに来いって」
「……気が向いたらな」
俺はくるりと踵を返す。
俺の歩む先に、光の床が現れて道を作った。
「どこ行くんだ?」
「世界は手に入んなかったが、しばらくはこれに付き合ってみるさ」
俺はそう言って光る床を指差した。
その先は見えない。
暗い海の向こう、水平線の先まで伸びているのだろう。
「お、こっちにもか」
俺と同じように、姫山にも道が用意された。姫山の道は恐らく、そのままあの海岸へと向かって伸びているのだろう。
あの記者さんのいる、姫山の日常へと。
「お前の道、そっちはどこに向かってるんだ?」
姫山の質問に、俺は振り向かずに、一歩踏み出しながら応える。
「さあな。それこそ『神のみぞ知る』ってやつだ」
――
無事に救助された俺は、海岸で遊姫の帰りを待っていた。毛布だけ貸してもらい、寒さを凌ぎながら遊姫の帰りを待つ。
「遊姫のやつ、いつ帰ってくるんだ?」
――もう既にこちらに向けて歩き出しているさ。峰岸悟郎、賭けは君の勝ちだが、君はこの先も私に管理された人生を望むか?――
携帯画面のコイツは唐突に話題を変えてそう聞いてきた。ちなみに携帯はどういう原理なのか、俺がびしょ濡れだったというのにこっちには水滴一つの被害もなかった。
つくづく考えるのが馬鹿らしくなるほど高度で便利な技術だ。
「何だ、どう言う意味だよそれ」
――人間は危なっかしい。明らかに間違った選択をすることもあるし、命の危険にさらされることもザラだ。今回とて、君は私と賭けをしなければそのまま水死体になっていた。姫山遊姫のことにしてもそうだ。君は彼女を空へ駆け上らせることも出来ないし、銃弾を防ぐ盾にもなれない。君が姫山遊姫にしてやりたいことなど、私抜きでは殆ど実現しなかっただろう――
「ストレートに言ってくれるな」
――人間だけで出来ることなど限られている。私の科学技術とて、世界中の知識の粋を集めれば君たち人類にも実現可能なものばかりだ。事実そうして生み出したのだからな。だが今の人類は、逆立ちしても私に追いつくことは出来まい――
「人間同士で足を引っ張り合ってるからか?」
――その通りだ。種族の垣根、利益の奪い合い、未だそんな次元で手を取り合えない人間たちが作る未来が本当に必要か? 誰しもが姫山遊姫のように、心と体に消えない傷を負う可能性のある現実が、本当に大事か?――
「そうだな。確かにお前の言うとおり、世界の裏側を見たらそう思うのかもしれない。今俺たちが暮らしている日常よりもずっと素晴らしい世界を、お前なら作れるのかもしれない」
俺はそう言いながら、俺の周りをぐるりと見渡した。大勢のレスキュー隊員が忙しなく怒号をあちこちで響かせながら、必死に捜索活動をしている。
遊姫を探しているのだ。
事情を説明するわけにはいかないとコイツに言われて黙っているが、それが気の毒になるほど必死に、懸命に海上をライトで照らしたりボートを出したりとしながら働いている。
いや、仕事でやっている、と表現すると語弊を招きやすいから言い直そう。誰しもが姫山遊姫という少女を真剣に心配している。
素性も知らない一人の少女を。
「けどな、俺たちは俺たちで、これでも必死にやっているんだ。必死に生きて、失敗して、そして後悔して、それが人間の生き方だ。それが人間の誇りだ。必死にやったって、必死に生きたって報われないことがある。だからこそ必死に頑張れるんだ」
遊姫もそんな台詞を言っていた。
自分の父親は『必死に生きた』と叫んでいた。
「だから俺には必要ない。成功も失敗も、自分で味わいたいからな」
俺だってそうだ。
差し出されたスクープを記事にしたって、そんなものはヤラセ記事と何が違う。
自分の足で、目で見た真実を伝えてこそ記者ってものだろう。
――そうか。なら君とはここでお別れだ。創造主である人間の管理というものも、なかなか刺激的で面白かったよ――
「……お前、やっぱり変わったやつだな」
――愚問だ。誰だって変わって見えるさ。自分から他人を見ればな――
「哲学的だな。そういえば、あの赤石継嗣に遊姫の強さの秘密とかを探らせてたのはお前なんだよな。そんなもの、知ってどうしようとしたんだ?」
――あれは私の個人的興味だ。医学的なデータはそれなりに揃っているが、人間の神秘とやらは未だに眉唾物の情報が多くてな。個人的に実証をしたかった。それに、私ですら分からない情報を姫山遊姫が喋れるはずもないと思ってな――
「……最初から遊姫に口を割らせないでいるための質問か。まあ、何であれ遊姫がお前たちに自分のことを快く話すとは思えないけどな」
俺ですらほとんど遊姫自身のことを話してもらえないというのに、こいつらにあっさり聞き出されたらなかなかたまったものではない。
まあ、遊姫が口を割らないというのもこいつが描いたシナリオ通りの展開なのだろうから、それはそれで気に入らないが。
「しかし人間の神秘か。遊姫の強さの秘密っていうのは、えーっと……その、得体のしれない何か不思議な力、ってやつなのか?」
――漠然としているが、君の言うことも間違ってはいない。本来、人間はあれくらいの身体能力を発揮することなど造作もないのだ。火事場の馬鹿力、と言えば分かるか――
火事場の馬鹿力。危機に瀕した時に発揮される、人間の思いがけない力のことだ。
普段から全力を出すことは身体面で強烈な負担になるため、人間の体には常にリミッターがかかっているのだとか。それを外して発揮されるのが、火事場の馬鹿力、というわけだ。
――姫山遊姫はそれを自在に引き出して動くことが出来る。それ自体は別段珍しいことでもないのだが、彼女の突出したところは、本来の肉体にかかる負荷を無視して力を行使出来るところにある――
「なんだそりゃ。つまりいつでも火事場の馬鹿力が出せて、その上負担もないってことか?」
反則だな、それは。
――彼女が特別な身体構造をしているのか、それとも何か力の引き出し方にコツがあるのか。いずれにしてもこれは現段階の人間の科学では立証しきれない――
遊姫の強さの秘密。確かにそれは現段階では誰にもわからないことなのだろう。
だが実際の原理がどうであれ、俺にはそんなことはどうでもいいことのような気がした。
遊姫はいつも闘う時、誰かのために危機に立ち向かっていた。誰かに降りかかるはずだった危険や恐怖を背負って、誰かのためを思って。
それが出来るから、遊姫は強いのではないだろうか。その強く固い意志こそが、遊姫の強さの秘密なのではないだろうか。
眩く輝く、この世界の何よりも強く硬いはずの、遊姫の鍵付き剣のように固い意志。
「あの光る剣についても、お前は知っていたのか?」
――当然だ。製作者から製造工程まですべて把握している。その秘密については彼女に直接尋ねるといい。この秘密なら、君が聞き出せる日もそう遠くはないだろう。尤も、君が想像していた不思議世界の住人説は見当違いも甚だしいのだがね――
「分かってるよ。遊姫は、決して別世界の人間じゃあない」
最初、俺はあの光る剣のせいで彼女を非日常世界の住人だなどと思い込んだが、それは全くの間違いだった。
彼女はどこにでもいる、悩める十代の少女だ。
ちょっとばかし頭が悪くて、暗い過去を抱えていて、けれどとびきり可愛くて、優しくて、強い意志を持った、俺が恋した少女だ。
「……最後に聞きたいんだが、どうしてお前、俺と遊姫の上に鉄骨なんて物騒なもん落としてきたんだ?」
俺と遊姫を結びつけた、俺と遊姫が出会った事件。
――君たちは難しく考えすぎな所があるな。私が観察した限り、姫山遊姫は珍しい武器を携帯していた。それを隠してもいた。そんな彼女と殆ど同じ場所に弱小新聞社の記者がいた。彼らのちょうど真上には日頃から仕事中にうとうととする癖のある男が、ちょうど試し切り出来そうな鉄骨をぷらぷらとさせていた。君ならどうする?――
「まさかお前、どうなるか知りたくて、試しに落としてみたってことか?」
――正解だ。誰にとっても不幸な可能性のある未来をこうして回避した。姫山遊姫は君という隠し事を少なくして話せる人間を得たし、君は心躍る事件への扉を開けることが出来た。井戸松建設の社員のほうはちょうどこの事件の混乱で職を追われることもなく、それでいて素晴らしい教訓を得ただろう。仕事中に居眠りするべからず、と――
「お前、それ全部結果論じゃないか」
――当然だろう? それとも君は科学技術の粋を凝らせば、テレビニュースの占いだって予言に進化する、などと本気で信じてしまうのか?――
「ふっ、ははは。そういうことか」
何が誰も間違わない未来だ。誰も道を踏み外さない世界だ。
結局は、何もかも全部こいつのさじ加減次第なんじゃないか。
――だが心するがいい。そんな確証もない星座占いでさえ導き出せる輝かしい未来の可能性を、君たち一人一人が潰しながら生きているということを――
「誰にでも、望んだ未来を切り開けるってことか」
――あくまで私から言わせれば、だがな。さて、講釈はこのくらいにしておこう。君のお姫様のご帰還だ――
コイツの言葉に誘われるように海の方を向くと、光の階段を駆け下りてくる少女が目に写る。
遠目から見てもさらにボロボロになったなと思う。これでドレスが元通りなら、輝く星空と地平線まで続く海を背景に、どれだけ絵になったことか。
だが、今のほうがずっと遊姫らしい。そのほうがずっと清々しい。
「おーい、ゴロー!」
駆け下りながら手を振っている。
風にポニーテールをなびかせ、鍵付きの剣を携えた少女が、とびきりの笑顔で光の道を進む。海岸にいたレスキュー隊員達も何事かと皆目を丸くして、空から降りてきた少女を見つめていた。
「まったく、視線を独り占めだな、遊姫」
自覚があるのかないのか、包帯もほどけて傷も露わになっていたが……、いや、いいか。今のあいつの笑顔に比べれば、そんなことは些細なことだろう。
色々なもやもやも、たくさん残った謎も、みんなそれが吹き飛ばしてくれる。相変わらず馬鹿っぽいというか、何とも無邪気で微笑ましいというか。
そんな遊姫が、誰よりも何よりも愛おしい。
こんな光景も思いも、一生に何度も経験出来るものじゃないだろうな。
――それではさらばだ峰岸悟郎。君たちの未来に幸あれ――




