第50話 これからも、君と…
王城の門をくぐり抜けた瞬間、空気が少しだけ軽くなった。
胸の奥に溜まっていたものが、ゆっくりと抜けていくのが分かった。重たい話は終わったはずなのに、完全に楽になったわけではない。胃の辺りには、まだ微かな違和感が残っている。それでも、あの部屋にいた時の張りつめた感覚とは違った。
私は無意識のうちに、深く息を吐いていた。――終わったんだ。少なくとも、今は。
――私はあの後、陛下に頼まれた“証言”をすることになった。
次々と問いが飛んでくるのかと思いきや、陛下は隣に立ち、一つ一つ、分かりやすい形で問いを整理してくれた。おかげで、私は気負うことなく、見たままを答えることができた。
私が礼を言うと、
『こちらが依頼したのだから、これくらいはやらせてもらわないとな』
そう言って、陛下は優しく笑った。
背後には、高い壁と、重たい話と、どうしようもない現実がある。けれど振り返らない。私は前を向き、いつもの街へと足を踏み出した。人通りの多い通り。行き交う人々の声。露店の呼び声と、どこかで焼かれている肉の匂い。
仕事帰りらしい人々が足早に通り過ぎ、笑い声を上げる子どもたちが露店の前で立ち止まっている。商人が値段を叫び、客がそれに応える。誰も、私のことを気にしていない。
それが、少しだけ可笑しくて、そして安心だった。王城で交わされた言葉の重さなど、ここには欠片もない。ただ、今日を生きる人たちの営みが、いつも通りに続いている。
――ああ、戻ってきた。
肩の上では、いつものように猫が丸くなっている。特別扱いもされず、英雄として見られることもなく、ただ街に溶け込む。
「……誠意って、大事だったんだな」
ぽつりと、独り言が漏れた。力を誇示するでもなく、相手を叩き伏せるでもなく。話して、待って、譲って、譲られて。人でなくても、猫でも、ドラゴンでも――同じだった。
私は歩きながら、ふと思う。私、スキルをMAXにする必要……無かったのでは? 数値を極めなくても、最強にならなくても。
この世界の“最強”と、分かり合えたのだから。
「……やっぱりさ」
私は、少しだけ笑った。
「何をするにも、誠意は大事だよね。人でなくても」
猫は返事をしない。ただ、尻尾を一度だけ揺らした。歩調を合わせるように、肩の上の重みがわずかに揺れる。言葉は要らなかった。何かを確認する必要も、答えを求める理由もない。
この重みが、ここにある。それだけで十分だった。私は前を向く。もう、迷わない。肩に猫を乗せたまま、人混みに紛れ、街の中へと歩いていく。
――この世界で、これからも生きていくために。
★★★
エピローグ
「ところでさ」
歩きながら、私は肩の上を見上げた。
「……君」
一瞬、言いかけてから、首を振る。
「いや、閣下」
猫は何も言わない。だが、その沈黙は否定ではなかった。
「名前のことなんだけど」
少し間を置いて、閣下が淡々と言った。
「わたくしは猫である」
「うん」
「名前は、まだ無い」
「……え?」
私は思わず足を止めて、肩に乗る猫を覗き込んだ。
「え!? 名前、無かったんだ?」
「呼ばれる必要が、無かっただけだ」
「ああ……」
私は納得する。
「だから、ずっと“閣下”って呼ばれていたんだね」
尻尾が、一度だけ揺れた。私は歩き出しながら、ふと思いついて聞く。
「ねえ。陛下の猫、ミューラの名前って……誰が決めたんだろう?」
「コーイチ陛下だ」
即答だった。
「そっか、彼が……」
少しだけ、胸の奥が温かくなる。
「……じゃあさ」
私は、ほんの少しだけ間を置いてから言う。
「私が、決めていいの?」
「呼びたければ、決めればよい」
「強制じゃない?」
「名とは、呼ばれるものだ」
淡々とした声。
「貴殿が呼ばぬなら、それまで」
私は前を向き直した。
「じゃあ、もう少し一緒に歩いてから考えるよ」
「――好きにするといい」
肩の上の重みは、変わらない。
――二人で並び、街の中へと溶け込んでいく。
〜おしまい〜
最後までお読みくださり、ありがとうございました♪
どんどん新作も書いて行きますので、今後もよろしくお願いします♪




